第57話 霧が晴れた後で

 ヴェルゴの方を振り返ると、彼の体は百を超える部位に別れて地面に転がっていた。


「ハハハ……エッグいね、アンタ」


 ヴェルゴの顔が笑い、喋り出した。さすがはヴァンパイア、こんなにバラバラなのに喋ることができるらしい。


「……まさか、ここから再生とかしないよね?」


「できたらいいんだけど。さすがにその聖剣で斬られたら敵わないわけでさ」


 ヴェルゴは諦めたような様子でそう言って、ふうとため息をついた。


「俺は、自分より強いのは真祖だけだと思ってたんだがね。まさかアンタほどの人間が存在するとは思ってすらいなかったわけでさ」


 吸血鬼の中でも、きっと彼は強い部類なんだろう。あんなに強いモンスターと頻繁になんて戦いたくない。


「ヴェルゴ。さっきから真祖真祖って言ってるけど、そいつは何者なんだ?」


「俺たち吸血鬼のボスって感じさ。真祖だけが始祖しその血を受け継いだ真の吸血鬼、とでも言えばいいか?」


 真の吸血鬼とそうでないものがいるのか……? 話しぶりから察するに、ヴェルゴより圧倒的に強いようだ。


「ヴェルゴは、その真祖に命令されてこの街の人を襲ってるって言ってたよね?」


「いかにも。自分でも意外なんだが、上司の言うことはちゃんと聞くタイプでさ」


「なぜ、真祖はそんなことをするんだ? 血液が欲しいなら、ヴェルゴだけが人を襲うことはないはずだ」


 僕が問いかけると、ヴェルゴは再び、ふうと息をつく。


「……悪いね。それは教えられないな。面倒だけど、真祖の考えてることなんか俺にもよくわからないしさ」


 ヴェルゴはそう言った後、少しだけ真剣な表情をした。


「……ただ、これだけは言っておくぜ。この街からは逃げた方がいい」


「なぜだ?」


「明日、この街から世界は終わる。少しでも残りの人生を楽しんだ方がいいぜ」


「……それがどういう意味なのかは教えてくれないんだな?」


 普通に考えれば、その真祖という吸血鬼が関係していることだろう。


「俺としても、人間相手にこんなことを言う日が来るとは思わなかったさ。しかし、なんせあんなに楽しい戦いをさせてもらったからな。これはそのお礼みたいなものだ」


 ヴェルゴが僕を見て笑ったその時、アルベールがふらふらとした足取りでこっちへやってきた。


「アルベール! 大丈夫なの!?」


 心配になって聞くが、彼は僕には全く興味が内容で、ただ一点、ヴェルゴの方を見ている。


「……一つ聞いておく。明日、この場所に行けば真祖に会えるんだな?」


 アルベールの表情は真剣そのものだ。彼は真祖のことを知っているのか?


「……ハハハ、いいぜ。もう面倒だ、冥途めいどの土産に教えてやる」


ヴェルゴは愉快そうに眼を見開き、不気味な笑顔を浮かべる。


「真祖は来るぜ。この街の人間を殺し、世界中の人間を殺し、やがてこの世界を吸血鬼族のものとする。俺はあくまでその計画の末端に過ぎない」


 ヴェルゴの言葉を聞いて、思わず背筋がぞくっとするのを感じた。彼ほどの強いモンスターが末端まったんに過ぎない計画なんて。同時に、真祖と呼ばれる吸血鬼の存在の恐ろしさの片鱗を覗いてしまった気がした。


「……それだけわかればもういい。貴様は先に地獄で待ってろ!」


 次の瞬間、アルベールはレイを引き抜いた後、ヴェルゴの顔面に突き立てた!


ヴェルゴの顔に剣先が刺さった瞬間、大量の血液が噴き出し、ヴェルゴの体が砂の城のように崩れ始めた。


「ケッ。まあいい、俺の仕事は終わったも同然だからな。会えるといいな。お前から全てを奪った真祖に……」


 ヴェルゴは捨てゼリフを残し、跡形もなく消滅してしまった。僕たちはしばらく、その場から動くことができずにいた。


「……」


 アルベールはレイを持ち上げ、背中の鞘に納め、ボロボロの体を引きずるようにして歩き出した。


「ねえ、アルベール!」


 僕が呼び止めると、ようやく彼は止まってこっちを向いた。


「……さっき、ヴェルゴが言ってたこと。大事なものを奪った真祖って……」


 ずっと、違和感のようなものはあったんだ。レイの名前、『ヴァンパイアスレイヤー』と、彼が大事なものを失くしたということ。


 これはもしかして、別々のことに見えて、同じことなんじゃないのか。


 彼は、吸血鬼に大切なものを奪われたんじゃないのか、と。


「アルベール、教えてくれないか? 君と吸血鬼の真祖のことを。僕も何か力になれるかもしれない!」


「黙れ!!」


 アルベールの叫びが、僕の耳朶を打った。静かな街に声が反響する。


「最初から言っていたはずだ、これは俺の戦いだ。お前は首を突っ込むな!」


「でも、ヴェルゴが真祖は強いって言ってた。僕たちで協力をすれば倒せるかも――」


「そんなことはどうだっていい! 俺は奴を倒すために生きているんだ!!」


 アルベールは少しも僕の話を聞いてくれそうにない。そのまま、民家の一つのドアを開けて向こう側に行ってしまった。<ドア・トリップ>の効果を使って、カシクマの家に移動したんだろう。


『ルカさん……』


 僕が呆然と立っていると、リーシャが悲しそうな声を出した。


「ああ、ごめん。僕たちも帰ろうか」


『ルカさんは、これからどうするんですか?』


 リーシャに言われて、僕は少し戸惑った。


 明日、この街で何かが起きる。おそらく、真祖が絡んだ何かが。


 本当なら僕が真祖を迎え撃つべきなんだろうけど、アルベールは真祖のことを恨んでいて、邪魔をするなと言ってくる。


 アルベールのことも真祖のことも気になるけど……僕が関わるべきことではないのかもしれない。


『私にはわかりません。赤髪の人の気持ちもわからないでもないですけど……』


 きっと、アルベールは本当に大事なものを失ったんだろう。それこそ、人生の全てを復讐に費やしてしまうほど。


 ……でも、それはあまりにも悲しすぎるんじゃないだろうか。


 僕も、ルシウスに殺されかけて、復讐に生きてやろうと思ったこともあった。でも、グールになったルシウスが死んだ今でも、僕は気持ちが晴れたわけじゃない。


 アルベールは、僕と同じ道を進もうとしている。だからこそ、止めなくちゃいけない。


「……よし、決めたよ。僕はアルベールと話す」


『また、拒絶されるかもしれませんよ?』


「それでもいいよ。とりあえずは僕が納得するまで、アルベールと話し合おうと思う!」


『わかりました。ルカさんはやっぱり、そうじゃないとですね!』


 僕は民家のドアを開け、カシクマの家へと足を踏み入れた。アルベールを追う。

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