第56話 血霧狂乱(スタンピード)

「お前、そこの男の仲間か?」


「そうだ。お前が殺人鬼か」


 アルベールを襲っていたのは、ひょろひょろの男。顎の無精ひげをさすりながらこちらを見ている。特徴的なのが、その瞳が血のように赤く光っているということだ。


「殺人鬼か……正確には吸血鬼ヴァンパイアなんだが、まあいいさ」


「吸血鬼!?」


 目が真っ赤なのは、そういう理由か。こいつは人間のように見えて人間じゃない!


「どけ。ルカ・ルミエール!」


 吸血鬼のことを睨み据えていると、アルベールが後ろから僕を突き飛ばした。


「何するんだよ! ここは協力して戦おう――」


「協力なんてするか! あいつは俺の敵だ!」


「そんなこと言ってる場合じゃないよ! 仲間なんだから一緒に――」


「俺たちは仲間じゃない! 黙って引っ込んでいろ!!」


 アルベールと僕が口論をしていると、すぐ真横に吸血鬼の顔が近づいてきていた!


「俺にとっては、お前らが仲間だとかそうじゃないとか、どうでもいいことでさ……同族なんだから、狩らせてもらうぜ?」


 僕は素早く後退し、吸血鬼の爪による一裂きを回避した。


「……へえ。今のは仕留めたつもりだったんだけどさ。そっちの黒い方はやりごたえがあると見た」


「行くよ、リーシャ!」


『わかりました!』


 僕はバッグからリーシャを取り出し、犬のように手を地面につけてこちらを見る吸血鬼に切っ先を向けた。


「そっちの赤髪の方はどうでもよくてさ。まずはお前から仕留めさせてもらおうか」


 宣言したと同時に、地面を蹴って目にもとまらぬ速さで飛んでくる吸血鬼。脚力だけでこの速度を出してくるなんて、とても人間では不可能なことだ。


 とてつもなく速い。でも、追えないわけじゃない!


「今だっ!」


 吸血鬼が得物をとらえる猛獣のように腕を振り上げたその瞬間、僕は狙いを定めて剣を振るう。吸血鬼の右腕が吹っ飛び、彼の表情が苦痛に染まった。


「なにィ!?」


 自分の腕が斬られたことに気が付くと、吸血鬼は素早く地面を蹴り、一気に10メートルほど後退した。


「……あんた、何者なんだ? 今までに俺の攻撃を見切ったのなんざ、真祖のやつくらいでさ」


「ただの冒険者だよ。荷物持ちだった者さ」


「へえ……面白い冗談だ。今までほふってきた冒険者の中には、俺の目の前で自分の強さを喧伝するやつもいた。大した事なかったけどな。そんな連中より、ただの冒険者のアンタの方が強いってのはおかしな話でさ」


 次の瞬間、吸血鬼が抑えていた腕の根から、元の腕が再生する。さすが吸血鬼、さっきまでなかった腕は当たり前のように動いている。


「お前の目的はなんだ? なぜ人を襲う?」


「人間っていうのは、みんな同じことを聞くもんだね。真祖の命令でさ。俺は夜、この街の人間を相手しろって命令されてるわけでさ」


 その真祖ってやつが吸血鬼の親玉か。でも、こいつもかなり速いし、強者のオーラも感じる。


「ちょうどいい。名乗らせてもらおう。俺はヴェルゴ。吸血鬼の幹部みたいなもんで、速さだけなら真祖の次って感じでさ」


「そうか。僕はルカだ。悪いけど、お前はここで倒させてもらう!」


 再び剣の切っ先を向けると、ヴェルゴはニタリと口元をゆがめた。


「真祖のやつに命令された時はさ、なんでこんな面倒なことをやらなくちゃいけねえんだって思ったよ。でも、今は最高に高揚こうようしてるんだ。だって、俺の速さについてきた奴は久しぶりでさ」


 顎を触りながら話すヴェルゴの肌が、少しずつ赤くなっていく。まるで皮膚ひふが剥がれた後のように、青白かった肌がピンク色に変わる。


『な、なんですかあれは?』


 リーシャが驚いたように言う。ヴェルゴの様子を見ていると、彼の体から赤い煙が出ているのが分かった。いや、違う。あれは煙じゃなくて、赤い霧だ!


「気を付けろ! 血霧狂乱スタンピードだ!」


 壁にもたれかかって座りながら、アルベールが声を上げる。


「スタンピード?」


「吸血鬼族は、普段は人間の姿をすることでその力をセーブしてるもんでさ。制限を解除することもできるのさ」


 ヴェルゴの方に再び目をやると、彼の目が真っ赤になっている。猛獣の牙のように八重歯やえばが伸び、不気味な様相だ。


 きっと、アレが吸血鬼の本来の姿なんだろう。普段は人間の姿をして、全力を出せないようにしている。血霧狂乱スタンピードという状態になって初めて、本気になるってわけだ。


「この力を使うと、姿は醜くなるし、知性もなくなっちまうんだけどさ……アンタを倒すには、こうするしかなさそうでさ」


 ……となると、さっきまでのヴェルゴはまだ全力を出してなかったってことか!? あのアルベールを圧倒していたのに!?


 ヴェルゴの体から湯煙ゆけむりのように上がる霧の量は、少しずつ増えてきている。まだ1分も立っていないのに、さっきまでの彼の姿からは大きくかけ離れた、異形の存在になってしまった。


「ああ、ああ。気持ちいいぜ。普段は半分も力を出せないからな。お前を倒した後も、この街の人間をほとんど殺しちまうかもしれなくてさ」


 ヴェルゴの息が、少しずつ荒くなっていく。まるで獣が得物を前にして息巻いているようだ。ここまでくると、もはや人間らしさは全く感じなくなってくる。


「さあ、俺の理性もそろそろ限界だ。……ルカ。楽しませてクレヨ……!!!」


 次の瞬間、ヴェルゴは勢いよく地面を蹴ってこっちに突進してくる。


「ウオオオオオオオオオオオ!!」


 雄たけびを上げ、四足歩行で走るその姿はまるで狼のようだ。しかし、圧倒的に、自然界の動物よりも速い!


「ウガア!!」


 ヴェルゴの突進を剣ではじき返そうとしたが、体がぶつかった瞬間、逆に僕が後ろに飛ばされてしまった。イノシシに跳ね飛ばされた気分だ。僕は後方の壁にぶち当たってしまう。


『大丈夫ですか!? ルカさん!?』


「大丈夫! でも、こいつ結構強いぞ!」


 スピードばかり強調されていたけど、パワーも人間離れしている。獣のような荒々しさと、化け物じみたパワー。どちらも、人間の数十倍か、それを凌駕するほどのものだろう。


「ルカ・ルミエール! 死ぬぞ!!」


 アルベールの声が上がった。彼は既に、ヴェルゴの強さを体感している。今の彼は、その時の倍以上の強さだ。


 こんなに強いモンスターが暴れていたら、本当に、このままでは街が全て滅ぼされてしまうかもしれない。


 本当に、これはマズい!!


 吸血鬼がこんなに強いんじゃ、街が大変なことになってしまう!!



 ――僕がいなければ。



「ウガアアアアアアアアアアア!!」


 ヴェルゴは僕が壁にぶつかっている様子を見て、好機だと睨んだのか、さらにそのまま突進をしてくる。鋭利な爪が光る手を振り上げ、僕を切り裂こうとしている。


「もう、勝負はついてるよ」


 次の瞬間、僕は壁から抜け出し、ヴェルゴの背後に回り、彼に背を向けて立っていた。


 イスタのスキル、<スピード!>。これは、直線50メートルまでだったら0.01秒で移動できるという――いわゆる、瞬間移動スキルだ。


「ガッ!?」


 ヴェルゴは、僕が瞬間移動したことに驚き、こっちに振り返った。そして、僕が背を向けていることに気付いて、再び突進してこようとする。


「ガアアアアアアア!!」


「さっきも言っただろ? もう勝負はついてるよ」


 次の瞬間、数百の光の斬撃が彼の体を切り裂き、白い光を放って彼の全身をバラバラにする。


 瞬間移動の時、彼の体をリーシャで斬っておいた。


「ウガガ……ウガアアアアア!?!?」


 ヴェルゴは何が起こったかわからないという声を上げ、バラバラになって地面に倒れた。


 相手が高速・・で動いてこようが、音速・・で動いてこようが、光速・・で動けば問題ない。

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