第50話 黒鎧の再来

「まったく……散々な目にあいましたにゃ!」


「本当、災難だったね。少しどこかで休憩しようか……」


 まさか会長のルドルフにあんな風にボロクソに言われるとは思わなかった。


 『Fラン』という蔑称べっしょうは、パーティメンバーからよく使われていたけど、それを冒険者の会長自身が使うなんて。それに、ダンテさんについても何か知っている様子だし、まだあの冒険者協会に思うことはたくさんある。


 とはいえ、出禁にされてしまったわけだからどうすることもできない。諦めて他にダンテさんのことを知っている人を探すか……。



「ねえルカ。あれを見て」


 入った喫茶店でアイスを食べていると、レティがお店の壁を指さした。


「ん……? 『英雄闘技会』?」



 英雄闘技会、開催!!


 壁に貼られているのは、一枚のポスター。席から近づき、近づいて見てみる。


 全国のギルドのナンバーワン冒険者パーティがぶつかり合う! 最強と最強の戦いをその目に焼き付けろ!


 勝者はあの『神器級ゴッズ』装備を手に入れることができるぞ!


 参加条件:冒険者ギルド各支部のランキング1位のパーティ


 参加エントリーは冒険者協会一階のフロントまで!



 と、書かれている。


「ここ、神器級ゴッズって書いてありますにゃ!」


「本物なのかなあ。いや、こんな大規模な大会で偽物なんか出さないか……」


 全国からギルドのナンバーワンたちが集まるらしい。きっとすごい戦いが繰り広げられるだろう。もちろん、全員が一流の冒険者たちだ。


 カシクマも神器を持つ人間を選定しているって言っていたし、もしかしたらこれも試練の一環いっかんなのかもしれない。


「開催は明日か……見に行ってもいいかもね。僕たちにはあんまり関係ないけど」


「ルカ、これは利用するしかないわ」


「利用って、大会に参加するってこと? 僕はF級冒険者だけど――」


 そこまで言って、まさかと思った。レティはアイスをスプーンですくい、ぺろりと舐めて笑った。



「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」


「……英雄闘技会のエントリーをしたい」


 20分ぶりくらいだろうか。僕は再び、冒険者協会のカウンターに戻ってきた。黒い鎧を纏って。


 久しぶりの登場……というわけでもないか。漆黒の烏ブラック・レイヴンのルークになりすますことになってしまった!


 喫茶店きっさてんでどんな会話があったかというと。



「ルカ。ルークになりすますのよ」


「ええ、また!? さすがに駄目でしょ……」


 こうなったのは、レティのアイデアが発端だった。


「いいかしら。そもそもあのルドルフという男が何かを隠しているのは確定した事実。しかも神器まで手に入るのよ? やらない手はないわ」


「でもなりすましはよくないって」


「エルドレインを倒したのはあなたよ。それに、もう私の興味は止められないわ」


 そう言うと、レティは僕の手を掴み、ずるずると引っ張って協会本部へと歩き出した。


「いたたたたた!! わかったから!! 引っ張らないで!!」



 ……というわけで、僕はレティに引っ張られてルークとしてここにいるわけだ。


「英雄闘技会へのエントリーですね。こちらは各ギルドの支部のS級冒険者パーティ1位の代表者のみが参加できるものですが、お間違いないですか?」


 受付の女性に聞かれ、一瞬答えるのをためらった。しかしレティが鎧の形を変えてわき腹を小突いてくるので、僕は仕方なくうなずく。


「……ああ、構わない」


「かしこまりました。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「ルークだ。クノッサスの冒険者ギルドで1位になっている」


「ルーク様ですね。かしこまりました」


 受付の女性はカウンターの下からファイルを取り出し、パラパラとページをめくる。そのうちの一ページを開いて、顔をしかめた。


「……あれ? ルーク様は三日ほど前に、既にご登録いただいているようなのですが……」


 えっ。


 あああああああああああああ!!


 そうだ! よく考えたら本物のルークが先に登録を済ませているに決まってるじゃないか!!


 英雄闘技会に優勝したものは、本物の強者としての栄光を勝ち取ることができる。それこそ金も名誉も全て手に入れることができるほどに。だからルシウスもあれだけ1番にこだわっていたわけで。


 本物のルークがそんな大会に参加しないわけがない! あとから僕がノコノコ来たって遅い!


「申し訳ございませんが、冒険者カードをご提示いただけますか?」


 ないです! だって偽物だから!


『ルカ。逃げるわよ』


 動揺を隠せずいると、レティが助言する声が聞こえる。


 うん。これは無理だ!


「すまない、どうやら私の勘違いだったようだ。失礼する」


「ル、ルークさん!?」


 僕はくるっとターンして、全力疾走で協会の玄関を開けて逃走した!!


 警備を振り切り、街の角に隠れたところで、僕はレティの装備を解除する。


「駄目だったわね。ルカ」


「ほんとだよ……エルドレインと戦った時より全力で走った気がする……」


 肩で息をして、僕は壁に寄りかかって座った。『まさかそこまでの速さを引き出すとは。恐ろしい男だ、ルカよ!』というエルドレインの声が脳内で再生された。


「ルカさん! 大丈夫でしたかにゃ!?」


 外で待機していたメイカがこちらへ走ってくる。僕は手を上げて彼女に場所を示す。


「駄目だったよ……本物のルークが先に登録してたみたい」


「そうですかにゃ……じゃあ、英雄闘技会は諦めるしかなさそうですにゃ」


 それに、ダンテさんの捜索もまた振り出しに戻ってしまった。かなり時間をかけて、期待もしていただけに、なんだか一気に疲れが襲ってくるような感覚をいだく。


「しかたない。諦めて冒険者ギルドに戻ろうか……」


「ルカ様でございますか?」


 その時、僕の名前を呼ぶ声がする。


 道の途中で足を止めていたのは、ミカインに来るときに馬車を修理してあげた御者、パウロさんだった。

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