第38話 真っ赤な怒りと黒の助け

「ちょちょちょ、待って!? なんでいきなり攻撃を!?」


「うるさい! さっき言っただろ、神器を手に入れるためには手段を選ぶつもりはないと!」


 アルベールは僕の背丈ほどもある大きな剣を振り回し、僕のことを攻撃してくる。ぶん回してくるから、避けるのが精いっぱいだ!


「落ち着いてって! まずはいったん話そうよ!」


「大人しく俺にやられて気絶してろ!」


 駄目だ、全く話を聞いてくれそうにない。彼も本気だ、うかうかしていたらこっちがやられてしまう!


『ルカ。落ち着いて。避ける必要はないわ』


「レティ!? 何言ってるの!?」


『大丈夫。私の言うことを信じて。このくらいの攻撃だったら受けきれるわ』


 でも、相手は剣を振り回してるし……本当にレティなら防ぎきれる?


「一人でベラベラと、喋ってるんじゃねええええええ!!」


 ああ、もう! 悩んでも仕方ない! 一か八かだ!


「せいっ!」


 僕は背筋をピンと伸ばし、一本の棒のようになって立ち止まる。ガン! と音が鳴って、僕の胴体にアルベールの大剣がぶつかった。


 いや、正確には僕の胴体とアルベールの剣との間にはレティがいる。見えないだけで、彼女が僕を守ってくれているのだ。


 そして……痛くない! レティが言う通り、しっかり攻撃を受けきってくれた!


「お、お前なんで剣の攻撃を生身で受けてダメージがないんだ!?」


「生身じゃないんだよ……頼れる鎧がいるんだ」


「嘘つくんじゃねえ! 見えない鎧なんか、あってたまるか!!」


 アルベールは激しく激高し、再び大剣を振り回し始める。何度も何度も僕の体に剣がぶつかるが、金属音を立てて弾かれてしまう。全然痛くない。


「ねえレティ。僕、さっきから攻撃されてるんだけどさ、なんで反動が来ないのかな? ダメージはないとはいえ、吹っ飛ばされてもおかしくないと思うんだけど」


『それは、私が上手く形を調整して反動を軽減しているからよ。この程度の攻撃なら無反動で受けきることができるわ』


 さすが変幻自在の鎧。死角がない上に反動までないとか最強かな?


「はあ、はあ、はあ……なんでだ……なんで俺の攻撃が通じない!?」


「だから、鎧を着てるからだよ。ちょっと落ち着こうよ」


「黙れ! 俺は、強くならなきゃ、いけないんだ!!」


 ぜえぜえと肩で息をしながら、僕の体を斬りまくるアルベール。もはや攻撃のスピードも落ち始めているし、ダメージが入ることはないだろう。


「な、ぜ、だ……」


 とうとう、アルベールはひざをついた。ようやく落ち着いてくれたか。


「ねえ、話そうよ。いきなり潰しあうなんておかしいよ」


「……うるさい!」


『駄目です、全然話が通じませんよこの人。もうサクッと倒して終わりでいいんじゃないですね?』


「倒すと言っても、相手は人間だしな……リーシャで攻撃したらさすがに死んじゃうよ」


『えー。なんかこう、みねうち! って感じにはなりませんか?』


「無茶言わないでよ。人の命なんだから、失敗したら大変なんだから……」


 どうしたものか……この人、無視しようにも攻撃してくるからな……かと言って攻撃もできないし……。


『もし、そこのお方』


 その時、神器ーズとアルベール以外の声が聞こえた。大人の女性の声だ。おかしいな、僕たち以外に人なんかいないはずなんだけど……?


『ルカさん! 剣です! あの大剣が喋っています!』


 リーシャの指摘で理解した。喋っているのは、アルベールが持っている、うるしのように黒い大剣だ。僕に向かって声をかけてきているのだ。


「聞こえてますよ! なんですか!」


『戦っている相手に頼むのもおかしな話だと承知しておりますが……私とアルベール様を隔離かくりして、閉じ込めてしまうのがいいと愚考ぐこうしますわ。剣がなければ、彼は力を発揮できませんもの』


 なるほど、アルベールだけを単体で閉じ込めてしまえばいいのか! そうすれば時間稼ぎになる。そして、その方法ならあるぞ!


「ミリア、行くよ!」


『うむ! 派手に舞うぞ!』


 僕はリーシャからミリアに持ち変え、地面を思いきり叩く。


 途端、スキル<地殻変動>によって、地面がゴゴゴゴ、と唸り始め、アルベールの周りの地面が隆起し始め、厚い壁が出来上がる。まさに文字通り地殻変動だ。


 結果的に、アルベールは巨大な土壁の牢獄ろうごくによって閉じ込められることになった。これはいくらなんでも出るのに時間がかかるだろう。


「おい! 何をした! ここから出せ!!」


 バンバンバン、と壁を叩く音がする。内側からアルベールが出ようとしているのだ。かなりの怪力らしく、叩くたびに壁が揺れている。とても人間業ではない。


『うむぅ、しっかり壁を作り出したつもりだったんじゃがな……こいつはゴリラなのか?』


 少なくとも、僕はこんな壁を叩いて壊そうなんて思わないなあ。だからミリアのその表現はある意味では的確かもしれない。


 さて、僕たちの隣には、アルベールの大剣が地面に刺さっている。さっき声をかけてくれた、真っ黒い大剣だ。


『私の作戦を聞き入れてくださり、ありがとうございました。感謝痛み入ります』


「いえ、むしろいいアイデアをくれてありがとうございます。助かりました」


 まるでメイドさんのように丁寧な喋り方。僕にはその剣がまるでお辞儀をしているように見えた。


『この剣は人間にならないんですね?』


『ええ。私はあなた様がたのような神器級ゴッズのクラスではありませんので。熾天使級セラフィムと呼ばれています』


 熾天使級セラフィムというと、エルドレインが持っていたような、神器級ゴッズを除けば武器のランクでは最上位のレアアイテムだ。彼女は謙遜しているようだが、それでもなかなかレアアイテムで、国宝にもなりうるレベルだぞ?


 僕の<アーマー・コミュニケーション>は武器が経た年月によって効果が変わる。リーシャたちのような神器なら人間の姿になれるけど、彼女では会話ができるだけということなんだろう。


『私の名前はヴァンパイアスレイヤー。レイとお呼びください』


「レイだね。よろしく」


 主人と違って、凄く礼儀正しい武器だ。思わず頭を下げてしまう。


『いきなりで申し訳ないのですが……アルベール様はあと数分もすればこの壁を破ることができるでしょう。ですから、今のうちに急いで城へと向かってほしいのです』


 えっ、この壁を数分で!? 厚さ3メートルは超えてるんだけど!?


「わかった! 急ぐよ! ……でも、いいの?」


『何がです?』


「レイはアルベールの剣なんだよね? だったら、主人に神器が渡った方が嬉しいんじゃない?」


『……そうでもないのです。アルベール様は、神器を求めているようで、神器のことは見ていません。だから、手に入れる必要はないのです』


 レイはなぞなぞのようなことを言い始めた。僕にはちんぷんかんぷんだ。


「なにゴチャゴチャ喋ってる!!」


 その時、アルベールの怒号が聞こえてきた。


『さ、早く行ってくださいませ』


「わかった! ありがとう!」


 レイに言われ、僕たちは急いで城の方へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る