第35話 森の賢者
「すんすんすんすんすん……近い、近いぞ! この辺りに探していた場所があるのじゃ!」
パウロさんと別れて1時間ほど歩くと、犬のように辺りを
「本当に? 僕には何もないように見えるけど」
さっきからずっと歩いているけど、この辺りは本当に何もない。見渡す限り地平線が続いていて、木がまばらに生えているだけだ。
天気がよくて雲一つない晴天が広がっていることも相まって、何か特徴的な建物があればすぐわかるような気がするんだけど。
「いや、確かにこの辺りなのじゃよ! 馬鹿にするではない!」
ミリアは鼻をすんすんと動かし、僕たちを引っ張るようにして歩いていく。
「もしかして、勇者がいた時代には何かあったけど、もうこの時代にはなくなっちゃったんじゃないの?」
「確かに、そういうこともありそうですよね! だからそろそろ馬車を捕まえま」
「リーシャ、そろそろ馬車は諦め――」
『諦めなよ』と続けようとしたその時のことだ。
視界が一気に暗くなったのを感じた。
「あれ? なんか急に天気が悪くなった?」
不思議に思って辺りを見回すと、そこは真っ暗な森の中になっていた。
「ルカさん! 私たち、いきなり森の中に入っちゃいましたよ!?」
メイカも神器ーズも、確かにそこにいる。だけど、晴れた空の下から
「なんだかじめじめしてますにゃ……この前トロールと戦った森と似ているような気がしますにゃ」
背の高い極相林が辺り一面を支配していて、うっすら寒いくらいだ。僕たちの声以外はまるで何も聞こえず、森の中のかなり深いところに入ってきてしまったようだ。
「私は静かでいい場所だと思うけど。灯りをともして本でも読むのがいいんじゃないかしら」
「だ、駄目ですレティ! 灯りを付けると虫が寄ってきますよ!」
おや、そういえばリーシャは人間の姿だけど、前のように虫にたかられていないぞ。この森には虫がいないのか?
「ルカ、見るのじゃ!」
ミリアが声を上げて、前方を指さす。その先には、ランタンのような優しい灯りを放っているログハウスがあった。
「こんな森の奥に、建物……?」
「変ですけど、迷い込んじゃった以上、行ってみるしかないですにゃ!」
ミリアの言う通り、いきなり森の中に入ってしまった上に、出口が見当たらない。ここは入ってみるしかないのかな……?
僕たちはおそるおそる、ログハウスの方へと歩いて近づく。扉の
「お邪魔しまーす、誰かいますか……?」
ログハウスの扉を開き、中を覗いてみると。
部屋の中はリビングになっていた。木造のテーブルや椅子、ベッドなどの家具が一通りそろっていて、ランタンが部屋の中を照らしている。中には誰もいないようだ。
「……誰もいないね」
「これはミラクル! せっかくですし、私たちの家にしちゃいましょう!」
リーシャはノリノリで置いてあったベッドにダイブ。持ち主が帰ってきたらどうするつもりなんだまったく……。
「あ、ルカさん! 見てくださいこれ! クマのぬいぐるみですにゃ! 可愛いですにゃ!」
次に、メイカが机の上に置いてあった茶色いクマのぬいぐるみを抱きかかえて見せてきた。何故か眼鏡をかけている、かわいらしいクマちゃんだ。
「クマさん、君はなんて名前なんですにゃ?」
「ボクはカシクマだクマ。よく覚えておくクマ」
「うんうん、カシクマさんなんだにゃ! よく覚えて……」
その瞬間、メイカの顔面が空のように
「えっ……ええええええ!? クマのぬいぐるみが喋ったにゃ!?」
「そりゃクマのぬいぐるみだって喋ったり、走ったりするクマ。ボクのことを見くびらないでほしいクマよ」
クマのぬいぐるみが口を動かして喋っている。メイカの腕を蹴ってジャンプをすると、机の上に着地し、片手を上げた。
「ボクの名前はカシクマ。『賢いクマ』でカシクマ。以後よろしくクマ」
本当にクマのぬいぐるみが喋っている……。誰かが糸で操っているのかと思ったが、糸は見えない。
「どうしてこのぬいぐるみは動いているの? 興味あるわ」
「ボクの体はぬいぐるみじゃなくて魔道具クマ。魔道具に魂を移して動かしているクマ」
カシクマは、自分のことをかじりつくように見ている僕たちに、そう言って手を振った。
「意識を魔道具に込めるってことは、カシクマはもしかして人間なの?」
「せいかーい。ボクは二千年前、勇者アレン・カーディオと共に戦った『賢者』ワイゼル・ウィズディエルの子孫クマ!」
勇者アレン……その名前は、ミリアを見つけた常闇の洞窟の最深部で、僕たちに女神同士の戦いについて話してくれた人物の名前だ。
「つまり、勇者の仲間の子孫ってことですにゃ?」
「その理解で正しいクマ。どれくらい子孫なのかは秘密クマよ」
カシクマは人差し指を口の前で立ててしーっ、とするように、手を前に出した。人間臭いぬいぐるみだな。
「僕の名前はルカ。ルカ・ルミエール。あの、僕たちこの森に迷い込んでしまったんだけど、何か知らない?」
「知らないもなにも、この空間を作り出したのはボクだクマ。この森は、神器を持つ資格がある人間しか入ることができないクマ。だから、お前らは神器を持つ資格がある人間クマ」
なるほど、そういうことか。
ミリアが『何かあるような気がする』と言っていたのは、この空間のことだったんだ。おそらくミリアが言っていた場所にたどり着くと、森に飛ばされる。
神器を持っている僕たちは、この森に入ることができた……というわけだ。
「僕は神器を持ってるよ。カシクマ、家に乗り込んで悪いんだけど、君の目的は何?」
「フ、フフフフ……ああ、教えてやるクマ。お前たちをこの家に招いた理由を……」
僕がそう言うと、カシクマは一気に表情を暗くして、笑い出した。僕は緊張して生唾を飲む。
「……って、え? お前もう神器を持ってるクマか?」
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