第34話 ミカインの殺人鬼
「申し遅れました。わたくし、先ほど潰された馬車の
御者のおじさんは深々と頭を下げた。彼の背後にいる乗客たちもそれに続いた。
「今すぐにでもお礼がしたいのですが、ご覧のとおり馬車がこんなありさまで……本当に申し訳ないのですが、その……」
「構いませんよ。別にお礼が欲しくて助けたわけじゃありません」
僕がそう伝えると、御者さんは目を丸くして。
「なんと心が広いお方だ……命を助けてもらって、それでいて何のお礼もできないわたくしをここまで……」
そう言って御者さんは涙を流し始めた。感動しているようだ。
「しかし……馬車がつぶれちゃいましたね。ここから
「ええ、それでもいいのです。命が助かっただけ、貰い物ですから……」
その時、メイカが僕の肩をポンと叩き、ウインク。
「どうやら、メイカが活躍するときが来たようですにゃ!」
メイカのもう片方の手には、巾着袋――なんでも入る、ストックバッグが握られていた。
「メイカのスキルを使えば、馬車の修理も出来ますにゃ! 修理キットもここに入ってるので、今から取り掛かれますにゃ!」
メイカのスキル、<ヘファイストス>はアイテムの修理方法がわかるものだっけ。確かに彼女ならそれが可能だ。
「メイカ、お願いできる? 御者さんたち、困ってるみたいなんだ」
「ルカさんの頼みなら何でも聞きますにゃ! メイカにお任せ!」
メイカによる馬車の修理が始まった。
メイカはじっと目を凝らし、ぺしゃんこに潰された馬車を見つめる。きっと彼女の目には、この馬車に関する情報が見えているのだろう。
「どう? 直りそう?」
「はい。これくらいだったらすぐですにゃ! だいたい30分ってところですかにゃ」
馬車は、まるで落としてしまったホールのケーキのようにつぶれてしまっているが、それでも思ったより早く直るらしい。
「何か僕に手伝えることはある?」
「ルカさんは休んでもらって大丈夫ですにゃ! その代わり……ミリアさんに手伝ってもらいますにゃ!」
「む、わらわか?」
そうか、ミリアのスキル<
「ミリアさん。メイカに力を貸してほしいんですにゃ」
「やめとけやめとけ。素人がわらわのことを扱おうとすれば、その体がもたないのじゃ」
「それは残念ですにゃあ。ミリアさんが手伝ってくれたら、きっとみんなから感謝されるでしょうけど……」
「……わらわにできぬことなどない! メイカよ、15分じゃ。15分でこの馬車を直すのじゃ!!」
ミリアは急に前のめりになり、赤い光とともにハンマーの姿になる。目立てると聞いて、やる気を出したな。どうやらメイカはミリアの使い方を
『ルカよ。メイカに伝えるのじゃ。トンカチの要領で優しく使うのじゃと。そうすれば反動も少なくて済むのじゃ。くれぐれも振り下ろしちゃ駄目なのじゃ!』
お前はトンカチ扱いでいいのか……と言いたくなったが、せっかくやる気になっているようなので黙ってメイカにそのことを伝えた。
さて、二人が頑張ってくれるようなので、僕は少し座って
「ちょっとよろしいでしょうか?」
岩場で座っていると、さっきの御者のおじさんが僕の前にやってきた。
「先ほどはありがとうございました。助けていただいた上に何から何まで……」
「いいですよ。さっきも言いましたが、見返りが欲しくてやったわけじゃないので」
「このご恩は一生忘れません。……お隣よろしいですか?」
御者のおじさんは僕の隣の岩に座り、大きな体の重みを全て預ける。運動した様子もないのに、ふう、と大きく息をついた。
「申し遅れました。わたくし、パウロと申します。馬車の御者をしております」
パウロさんは名を名乗り、にっこりと笑いかけた。
「ルカ様でしたね。あのテンペストライオンを一撃で倒すとは、きっと
パウロさんは褒めてくれるが、そうでもない。僕はF級冒険者で、ギルドのカーストでは最低ランクだ。
「……この世界では、テンペストライオンに
「あいつ、そんなに強いんですか?」
「ええ。それはそれは。もっとも、ルカ様にとっては大した敵ではないかもしれませんがね」
知らなかった。戦った感じからして、レベル25くらいのモンスターかな。エルドレイン戦のせいで感覚がマヒしているけど、確かに強いのかも。
「ルカ様ほどお強い方なら、あれだけたくさんの女性を連れて旅をしても心配ないんでしょうな。『殺人鬼』が出ても、守ることができますから」
「殺人鬼、ですか?」
「ご存じないですか? 最近ミカインで噂になっているのです」
パウロさんが言うには、こういうことだった。
ミカインの街に、夜な夜な『殺人鬼』が出てくるのだという。
最初に被害者が発見されたのが、一週間前。朝、パン屋の男が街を歩いていると、一人の男が路上に死体で倒れているのを見つけたらしい。
不可解なのが、その死体がまるで干からびているようだったということ。そんな変死体が次の日も、そのまた次の日も街で発見されたのだ。
事態を重く見たミカインの領主が、通常よりも
いよいよ夜の外出禁止令が出て、冒険者にも殺人鬼の討伐の依頼が出回った。果敢にもそれに立ち向かおうとクエストを受注するものが何人かいたが、一人として生きて帰った人間はいない。
それどころか、殺人鬼の正体は未だにわかっていないという。
「……というわけなんです」
怖い話だなあ。オカルト的な話かと思ったら、どうやら実際にある事件の話らしい。ミカインって美味しいものがたくさんあるイメージしかなかったけど、そんな噂が立っているのか。怖くて眠れなくなりそうだ。
「パウロさんはこれからミカインに行くんですよね? 気を付けてくださいね」
「ええ。どうやら夜に外で出歩かなかった人は被害にあっていないようなので、気を付けたいと思います」
「ルカさーん! 終わりましたにゃ!」
その時、メイカが向こうの方からこちらへ手を振っているのが見えた。その隣には、やや簡単ではあるが、車輪がしっかりとついた馬車が。
「ちょっと
「すごい……この短時間で馬車を直せるなんて!?」
パウロさんは信じられないと言った表情で声を上げた。実際に馬車を触ってみるが、しっかりと直っている。
「むふふふ。これはミリアの活躍があってこそなのじゃ。わらわを崇め奉るのじゃ!」
トンカチ――おっと、ミリアは胸を張って自信満々だ。
「ありがとうございます。ルカ様にその仲間の皆様。おかげさまで乗客の皆様をミカインの街までお運びすることができます。なんとお礼を言っていいのやら……」
「いいえ。お役に立ててよかったですよ。安全にお客さんを運んであげてください」
「このご恩は決して忘れません。ルカ様も、安全な旅を」
パウロさんは深々と頭を下げた後、馬車を走らせてミカインの方へ進んでいった。僕たちはそれを見送り、見えなくなるまで手を振ったのだった。
「……あ! よく考えたら、馬車に乗せてもらえばこれ以上歩く必要なかったですよね!?」
すべてが終わり、5分ほど歩いたところでリーシャが気付いて声を上げた。
「みんな!! 馬車に乗りましょう!! 今から走れば間に合うはず!!!」
「レティはもう少し歩きたい」
「わらわも別に疲れてはおらんのじゃ。アホみたいなこと言ってないで歩くのじゃ」
「そんなああああああああああああああああ!?」
神器二人に置いていかれ、涙目のリーシャだった。
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