第29話 人間の想い

「面白い……ならばやってみよ!!」


 エルドレインが持った剣は魔法陣まほうじんに吸い込まれて消えていき、代わりに一本の杖が現れる。モンスターを召喚していたものとは別物だ。


 ヒノキのような木材で作られた黒い杖は、彼の手のひらにピッタリと収まり、僕の方へ向けられた。


雷杖らいじょうダーククラウド……闇に染まった雷を受けるがいい!」


 杖を振りかざすと、僕の上に小さなサイズの暗雲が立ち込め、落雷らくらいが一直線に僕の方へ向かってくる!


『ルカ。あの雷は私の反魔法効果でははじくことはできないみたい』


「わかった!」


 まるで弓矢のような速さで降ってくる雷。転がって回避するが、次から次へと、僕の真上に雲が現れる。きりがない!


『ルカ、回避してるだけじゃジリ貧じゃぞ!』


「わかってる! だったら……雷を切り裂くだけだ!」


 敵を斬り上げる要領ようりょうで、下から雷に向かって光の斬撃を放つ。すると、まるで海が裂けるようにして、雷は真ん中から二つに分かれ、床に火花が弾け散った。


「雷を断ち斬っただと!?」


『さすがです、ルカさん! ルカさんなら出来ると思いましたよ!』


 エルドレインの驚嘆きょうたんと、リーシャの称賛しょうさんの声が入り混じる。瞬間、僕は思いきり床を蹴ってエルドレインに向かって肉薄にくはくした。


「くっ……!」


 すでに、僕のスピードは雷を凌駕りょうがしている。エルドレインは寸前すんぜんで僕の剣戟けんげきを止めるが、腕にはかなり力が入っていて、杖が震えているのが見えた。


 命拾いのちびろいをしたように見えるが、僕とリーシャの二人のパワーに勝てるわけがない。思いきり力を込めて一歩前に踏み出すと、エルドレインは衝撃で後ろに吹っ飛ばされ、壁に衝突した。


「ガハッ!!」


 背中から壁にぶつかり、まるで隕石いんせきが落下したように、エルドレインを中心にクレーターができる。


「雷を斬るほどの速度と、余を吹き飛ばすほどの力をそなえるとは……貴様は次元ですら断ち斬れるのではないか?」


「どうだろうな。斬ったことがないからわからない。……だが、目の前に立ちふさがれば、何がなんでも斬る!」


 エルドレインを逃がすつもりはない! 今、奴は壁にめり込んで逃げ場がない! チャンスだ!


 僕はエルドレインの方へ突進し、剣を思いきり振り上げた。


「させるか! 冥盾めいじょうディストピア!!」


 剣を振り下ろした瞬間、目の前に、エルドレインの体を覆うほどの大きな半透明の盾が現れる。剣と盾がぶつかり合い、ガガガガガ、と激しい音が立つ。しばらく拮抗きっこうするが、さすがはレアアイテム、僕はり負けてジャンプで後退こうたいした。


「駄目だ、盾を破れなかった!」


『いや、そうでもないですよ! 見てください!』


 リーシャに言われて見てみると、さっき弾かれた冥盾にヒビが入り、バラバラと崩れてしまった。たまごからのように細かく砕かれた盾は、エルドレインの足元に散らばり、力なく床に横たわる。


「かつてこの盾に傷を付けられた人間はいなかったんだが……まさか破壊されてしまうとは。生身で今の攻撃を受けていれば、もはや体がいくつあっても足りなかっただろうな」


 そう言ったエルドレインの肩は激しく揺れ、ぜえぜえと荒い呼吸をしている。アンデッドの身である彼も、どうやら疲弊ひへいすることはあるらしい。


「ルークよ。そこまで強いのなら、貴様もアンデッドになってはどうだ?」


「そんな誘いに乗ると思うか?」


「人間は弱い。体はもろく、軟弱なんじゃく精神せいしんは自身の成長を妨げるどころか、他者に危害を加えることだってある。アンデッドにはそんなものはない。どうだ?」


 もっともな意見だ。人間は脆く、弱い。ルシウスは自分の功名心のために僕を手にかけ、殺そうとした。アンデッドに比べれば弱い生き物なのかもしれない。


 でも、それだけじゃないのが人間だ。


「……だが、人間には『想い』の力がある! 心を通わせ、手を取り合うことができる! アンデッドのその手では、誰と手をつなぐこともできないだろう!」


 僕の答えを聞いて、エルドレインはニヤリと笑った。そうこなくては、という表情だ。


「……面白い。愉快ゆかいだ。余は実に愉快だルーク! 余は貴様に『全力』を出したくなった!!」


 エルドレインが両手を大きく広げると、彼の頭上から何本もの杖、剣、槍などの武器が現れ、ゆっくりと降りてくる。おそらく、どれも人間では手に入れられないようなとても強い武器だろう。


『力比べなら、わらわに任せてもらおうかの』


 僕はストックバッグを使ってリーシャからミリアに持ち変える。相手の方も武器は出そろったようだ。その数は百にも近いだろう。無数の一級品たちが、エルドレインの後ろで、まるで兵隊のように整列している。


「どうだ? 圧巻あっかんだろう。一本一本が、人間が一生かけても手に入れられないような代物しろものだぞ」


「……ああ、いい武器だ。今から粉々にしなければいけないのが残念なくらいに」


 元々、武器が好きだった僕にとって、どれも心が躍るような逸品いっぴんだ。本当なら手に取りたいくらいだけど……覚悟しなければいけない。


「ミリア、レティ。心の準備はいいか?」


『うむ、同じアホなら踊らにゃ損じゃ。ここはせいぜい踊り狂わせてもらおうかの!』


『ええ。この戦いには興味がないわ。――だって、結果はわかりきってることだもの』


 僕は二人の返事を聞き、ミリアを思いきり振り上げた。


「これで終わりだ! <蒐集された宝物による大災害カタストロフィ>!!」


 エルドレインの背後に並んだ武器たちが、一斉に先を僕に向けて、風を切って突っ込んでくる!


「<獄炎破壊演舞ごくえんはかいえんぶ>!!」


 ミリアを力いっぱい振り下ろすと、炎でできた巨大な拳が出現する。


前方から僕を貫こうと飛んでくる剣や槍と、炎の拳とがぶつかりあう。凄い熱量だ!


立っているだけで皮膚ひふを焼かれてしまいそうな熱気。ミリアから放たれた炎の拳は、次から次へとエルドレインの武器たちを飲み込んでいく。


威力でもスケールでも、百を超えるエルドレインの武器たちに負けていない! 両者はしばらく拮抗した後、熱風を放って爆発した。


 建物がグラグラと揺れ始め、風で天井が吹きとばされる。まるで嵐の中に巻き込まれている衝撃だ。だが、エルドレインも僕も、互いにまばたきひとつせず、睨みあっている。


「「うおおおおおおおおお!!」」


炎の拳の中で渦巻いたエルドレインたちの武器は、まるで砂の城が崩れるようにして粉々になっていく。そして、あれだけたくさんあったエルドレインの武器たちは、ひとつ残らず消滅した。


『飛んで火にいるなんとやら、じゃの』


 炎の拳によって、エルドレインの武器は全てもみ消されて、粉々にされてしまった。百を超えるような武器たちが、一つも僕に届くことなく消えたのだ。


 代わりに、まるでちょう鱗粉りんぷんのようにして、エルドレインの武器たちだったもののちりが空中で舞い、輝く。


「馬鹿な!? ありえない……!! 我が宝物が、1000年間の全てが!!」


『ラストは任せたのじゃ! リーシャ!』


『わかりました! ミラクル起こしちゃいますよ!!』


 ミリアからリーシャに武器を持ち変え、僕はエルドレインの方へと走り出す。


「そんなことはあり得ない!! 余は王だぞ!? この世で最も強く、決して死なないアンデッドの王であるぞ!?」


「教えてやる、エルドレイン! これが仲間との絆の強さ、そして――人間の想いだ!!」


 床を思いきり蹴り上げ、リーシャを上に掲げる。


『キラっと決めちゃいますよ! ミラクルな一撃を!!』


「『<セイクリッド・ストライク>!!』」


 僕が放った剣による一閃は、エルドレインの体を真っ二つに切り裂いた。


「これが人間の……想いだと……?」


 エルドレインの体が、床に倒れた。

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