第27話 黒鎧のルーク

 間に合った。いや、間に合ってるのか? 僕は広間を見渡し、状況を把握する。


 敵のアンデッドモンスターは、玉座の男の背後でうめき声を上げながら、立ち並んでいる。おそらくセシルの前にいる男がリーダーで、動かないように命令しているんだろう。


 そして、この部屋にいる人間は緋色の不死鳥スカーレット・フェニックス灰色の熊グレイベアーの冒険者たち。なぜかリーダーであるルシウスとヴェルディの二人はいないが、それ以外はちゃんと生きてるみたいだ。セシルも間一髪で助かっている。


「お前は何者だ? こいつらの仲間か?」


「仲間などではない。俺はれ合うつもりはないんでな」


『ぷぷぷぷ……ルカさん、その一人称は無理がありますって……』


 うるさいぞリーシャ。僕は他の冒険者たちに正体がバレないように、一人称を俺に変えて、リーダー格の男の問いに答えた。慣れない口調だからキャラづくりが大変だ。



 街に出る前、僕たちはギルド職員のお姉さんに絡まれていたわけだけど……作戦会議でメイカがこう言ったのだ。


「ルカさん、漆黒の烏ブラック・レイヴンって知ってますか?」


「あ、掲示板でちょっと見た気がする。でも詳細は知らないや」


「最近現れたS級冒険者パーティの名前なんですが、まだパーティメンバーが姿を見せていないらしいんですにゃ。そこでですね……」


 メイカは自信満々な表情で。


「ルカさんが漆黒の烏ブラック・レイヴンのリーダーになりすますんですにゃ!」


「ええっ、そんなことしてバレたら大変なことになるよ!」


「大丈夫ですって! なにやらそこのリーダーは黒い格好をしていると噂で聞きますから、レティさんに黒い鎧になってもらって、顔を隠せばいいんですにゃよ!」


『それなら出来そうね』


 確かになりすますことはできるかもしれないけど……バレたら怒られそうだなあ。最悪、冒険者を辞めさせられるんじゃないか。でも緊急事態だしなあ……うーん。



 というわけで、僕は漆黒の烏ブラック・レイヴンのリーダーになりすましてこの現場にやってくることができたわけだ! あとでバレたら謝ろうっと! もうやっちゃったからむしろ清々すがすがしい気分だッ!!


「今、この女をグールにするところなんだが……邪魔するならばお前の相手もしてやろうか?」


「ああ、それでは遠慮えんりょなく、邪魔させてもらおうか!」


 リーシャを手に持ち、一気に間合まあいを詰める。剣を振り下ろすと、男は杖を横向きにし、僕の攻撃を防いだ。


 しかし、僕たちの方が力は上だ。男は杖で衝撃を殺しきることができず、地面を思いきり蹴って横に回避することで威力を殺した。


 この瞬間、男はセシルから離れている。僕は急いでセシルを抱え、緋色の不死鳥スカーレット・フェニックスのメンバーの一人に彼女を渡す。


「この少女を連れて逃げろ。上のモンスターは全て俺が倒しておいた。上に行けば他のパーティと合流できるはずだ」


「は、はい! わかりました!」


 かつてのパーティメンバーたちは、さんざん馬鹿にしてきた僕に敬語けいごを使い、広間から去っていった。


 リーシャによる攻撃を受け止め、かわした男は真っ白な目で不思議そうに僕を見つめる。ローブのフードで表情はよく見えないけど、なにやら驚いているようだ。


「貴様……何者だ? 余に力で押し勝つとは……」


 手のひらを開閉し、男は再びこちらに向き直る。


「我が名はエルドレイン。かつて王だった者だ」


「俺の名は………………ルークだ」


『プププッ……なんですかその間は!』


『リーシャ、笑っちゃ駄目』


『せっかくのカッコいいシーンが台無しじゃ。アホじゃの~』


 神器ーズうるさい! 僕だって頑張ってキャラづくりしてるんだから、もう少しお静かに!


「ルークか。覚えておこう、その名前を。余に一瞬でも不覚を取ったのは貴様が初めてだ」


「――いや。覚える必要はない。お前はここで死ぬ運命だ、過去の王よ」


『それはちょっとカッコいい。興味あるわ』


 僕が即興で考えた軽口を聞いて、エルドレインはクククと笑い始めた。


「面白い。貴様ならば余を楽しませてくれそうだ」


「エルドレイン。なぜアンデッドを人の世界に放つ?」


「大した理由ではない。この世界の王となる前に、我が宝物を少し試してみたくなってな」


 そう言って、エルドレインは手に持った杖をで始めた。


「これは召喚杖しょうかんじょうアンデッドクリエイション。我が魔力をかてとして、従者じゅうしゃを召喚するものだ。目覚めてから何度か、使っているのだがね……」


 あの杖がアンデッドを召喚していたのか、じゃあ街が大変なことになった原因は、やっぱりアイツなんだ!


「エルドレイン。お前が人類の生活を脅かすならば、俺がそれを止める」


「威勢のいいことだ。だが……今の状況でそんなことが言えるのか?」


 エルドレインの後ろには、たくさんのアンデッドモンスター。まさに魑魅魍魎ちみもうりょうといった感じだ。数で言ったら、大小合わせて50は超えているだろう。


「こやつらはさっきまで人間だったわけだが、今ではすっかりグールとなっているぞ。そうだ、まずはこの二体と戦ってもらおう」


 エルドレインが指示を出すと、二体のグールが前へ出てきた。気になるのは、さっきまで人間だったという発言だ。


 そう言えば、さっき見た感じ、パーティメンバーの中にルシウスとヴェルディの二人がいなかったけど……まさか、この二体は、その二人なのか!?


 僕は慌てて<サンシャイン>を発動した。


▼▼▼

ルシウス・バルター(グール状態) レベル33

スキル

<速度上昇 特大>

自身の素早さを2倍にする。


ヴェルディ・アーマード(グール状態) レベル34

スキル

<攻撃力上昇 特大>

自身の攻撃力を2倍にする。

▼▼▼


 やっぱり……このグールたちはルシウスとヴェルディだ。


 決していい思い出がある二人ではない。特にルシウスは僕のことを殺そうとした張本人で、これまでも僕のことをさんざん嫌ってきた。


 でも……だからと言って殺すのは抵抗がある。こんな姿になってしまっても、同じ人間だからだ。


「ルシウス! ヴェルディ! 聞こえないのか!?」


「グオオオオオオオ……」


「ウゴオオオオオオオオオ!!」


 二人に声をかけるが、会話をできそうにない。グールとなった二人は僕に襲い掛かってくる。長い爪を振り回し、僕のことを切り裂こうとしている。


「どうした!? 人間同士で情が移ったか!?」


 エルドレインに言われ、僕は鎧の内側で下唇を噛んだ。図星ずぼしで悔しかったからだ。


『ルカさん、攻撃しないと!』


 わかっている。でも割り切れないんだ!


 攻撃を避けるのは容易い。二人とも、僕よりかなりレベルが低いからだ。――でも、僕にはどうしても反撃ができない!


「ウオオオオオオオオオ!!」


 心なしか、二体のグールの声が二人の泣き声に聞こえてくる。自分の感情をどう表していいのかわからない、異形いぎょう怪物かいぶつ慟哭どうこく。どうしてもそれが耐えられなかった。


『ルカさん!』


 その時、リーシャが声を上げた。


『グールになってしまった人間は、もう元には戻りません。そして、あの叫び声は彼らが苦しんでいる声なんです! ルカさんが彼らを倒さないと、二人だけじゃなく、これからもっとたくさんの人が苦しむことになるんですよ!?』


 僕が二人を倒さず、エルドレインを見過ごせば、もっとたくさんの人がグール化して苦しむかもしれない……それは嫌だ。


「……すまない、ルシウス、ヴェルディ」


 僕は剣を横一閃し、二人の胴体を切り裂く。一瞬で真っ二つになった二人の裂け目は浄化され、じわじわと崩れて灰になった。


「……絶対、この一瞬を忘れない」


 僕は剣の切っ先をエルドレインに向けた。


「俺はお前を許さないぞ、エルドレイン!!」

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