第26話 グール化の魔法
「ア、アンデッドになるだと……!?」
「い、嫌だ。やめろ、やめてくれ……!!」
二人は苦しみ、涙を流しながら助けを請う。しかしグール化の進行は止まることなく、目の色が濁り始めている。
「あと5分ほどで完全にグールになるだろう。どうだ? 少しずつ体が変わり出しているだろう?」
ルシウスは自分の手を確認する。手は真っ赤に変色し、まるで蒸気のような白い煙を放っている。火傷のような痛みが彼を襲う。
グールとは、人間の死体を好んで食べるモンスターである。人間に近い形をしているが、知能は激しく欠如し、異形の化け物であることは間違いない。当然だが、ルシウスたちが求めていた栄光の道からは激しく外れている。
「お願いだ、頼む! すまなかった、墓を荒らすようなことをして!!」
ルシウスは自分が犯してしまった罪の重さに気付き、痛みに苦しみながらもエルドレインの足に縋りついた。
「ほう。ちなみにお前はどうなんだ?」
「お、俺もグールになるのは嫌だ!! 申し訳なかった!! 助けてくれ!!」
ヴェルディは地べたに這いつくばり、土下座をする。
「お、お願いします!! どんな命令にだって従います、もうこんなことは二度としません! だから……」
「そうか、余の命令をなんでも聞くのか。であれば、そのままグールになることを以って忠義となそう」
「あ、あああ……あああああああああああああああああ!!!」
叫び声を上げた二人は、もはや人間の姿をしていなかった。指先の爪は長く伸び、目はぎらぎらとした黄色。口からはだらしなく舌が伸びており、全身が生肉のようなピンク色をしている。
「二人とも……」
セシルは小さく呟いた。目の前で起きている出来事が信じられず、彼女の細く白い足は小刻みに震えている。
「どうしたそこの女。何か余に言いたいことがあるのか?」
「……あなたは一体、何者なの、何が目的……?」
震えた声で問いかける。彼女の目には既に涙がたまっている。
「質問は一度に一つまで、と習わなかったのか? ……まあいい。答えてやる」
エルドレインは再び祭壇を昇り、玉座に座る。後ろでは、先ほど彼が召喚したモンスターたちが王に従う兵士のように立ち並ぶ。
「我が名はエルドレイン・アインザックⅡ世。かつてこの世界の半分を支配した王である。
高らかに宣言した彼の言葉に、誰もが恐れをなした。セシルは平静を取り繕うが、額の冷や汗が止まらない。
「……まあ、ワンド・オブ・サヴァイヴが途中で抜き取られたせいで復活に少し時間がかかったのだがな。それもまた一興であろう」
エルドレインは足を組み、玉座に肘をつく。
「人間の姿というのは不便なものでな。世界の全てを手に入れるのには、寿命が短すぎた。だがようやく、アンデッドとしてこの世界に君臨することができそうだ」
何ということだろう。冒険者たちの目の前にいる男は、一度死んだ身でありながら、
「どうして、ルシウスとヴェルディをアンデッドにしたの?」
「足元を這いまわるアリを踏みつぶすことに、理由がいるのか?」
もはや、話は通じない。エルドレインの答えは、セシルをぞっとさせるには十分すぎた。
「セ、セシル……」
その時、地べたに這いつくばるルシウス――と言っても、既にほとんどグールと成り果てているが――が、セシルの名前を呼ぶ。
「不思議なんだけどよ、さっきまで痛くて苦しくて仕方なかったのに、今は気分がよくて仕方ないんだ……」
ルシウスはそう言って、ひきつったような笑みを浮かべる。
「おかしいだろ!? でも、本当なんだ……痛みが少しずつ快楽に変わっていって……ヒヒッ、今は楽しくて楽しくて……ヒヒヒッ、グールになるのって、悪いことじゃないのかもしれないぜ?」
よだれを口からダラダラと流し、目は飛び出しそうなほど膨張している。セシルは全身が泡立つのを感じる。
ルシウスの言葉を聞き入れてはいけない。もし真に受けてしまえば、自分もあちら側に引き込まれる。セシルは目の前の怪物を見て心に決めた。
「うあああああ……うがああああああああああ!!!」
途端、ルシウスとヴェルディが声を上げる。完全に、グールに成り果ててしまったのだろう。
「ふむ……少し時間がかかったな。まあいい。……で、貴様はかかってこないのか?」
ルシウスとヴェルディの二人がアンデッドと化すと、今度はセシルに矛先が向く。
「嫌……! 来ないで!」
「そもそも攻撃する気力すらなし、か」
セシルは腰を抜かしており、床に座り込んでしまっている。その目は真っすぐエルドレインを見つめているが、今にも涙が流れてしまいそうだ。
「なあ、知っているか? よい魔法適性を持っている女はまれに、グール化するとグールズ・クイーンという上位種に変化することがあるのだ。貴様は興味ないか?」
「やだ……アンデッドになんかなりたくない……」
「まあそう言うな。アンデッドというのも悪くない。それに、痛いのは一瞬だ」
エルドレインが少しずつ近づいてくる。セシルはその恐怖に顔をゆがめた。
「助けて! 誰か……誰かあ!!」
「それでは、試してみるとするか」
エルドレインがセシルの目の前に立ち、杖を振りかざそうとした瞬間。
「待てっ!!」
エルドレインの動きがピタリと止まる。広間の入り口から声がしたのだ。
そこに立っていたのは、黒い鎧で全身を包んだ騎士であった。
セシルはその人物の姿を見た瞬間、恐怖心が限界を超えて気を失った。
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