第20.5話 レティの読書タイム

 食事が終わり、僕たちはメイカの家にやってきた。メイカとリーシャとのトランプが終わり、リビングに戻ると、レティが一人でなにやらソファに座っているのが見えた。


「レティ、何やってるの?」


「本を読んでるのよ。そこに置いてあったから」


 レティが指す方向には、大きな本棚が置かれている。メイカの家の共用の本棚だろうか。


「勝手に読んで大丈夫なの? 人の家の本なのに」


「それなら、先におばさまに許可を取ったわ。本は心置きなく楽しむものよ」


 おばさま、というのはメイカのお母さんのことだ。ちゃんと了承りょうしょうを得ているなら僕が文句を言う理由もない。


「ルカ。これは面白いわよ。モンスターの生態せいたいについて書いてあるの」


 レティが僕に見せてくれたページには、緑色の小人、ゴブリンのイラストが描かれている。


「あ、森で見たやつだ!」


「ええ。ゴブリンというのは、調べれば調べるほど興味が湧いてくるわ。ルカ、知ってるかしら? ゴブリンはどうやって繁殖はんしょくしているのかまだわかっていないのよ」


「えっ、そうなの!?」


 よく考えると、僕はゴブリンのことをよく知らない気がする。なんか緑色で気色悪いなあとは思っていたけど……。


「ゴブリンの繁殖方法にはいくつか説があるの。人間のように雌雄しゆうで繁殖するというのが一般的な考えだけど、説の一つに、雄のゴブリンが人間の女性をさらい、生殖せいしょく器官をあてがうことで精――」


「レティさん!? やめない!? その話やめない!?」


「なによ、今いいところじゃない。それからもう一つの説は、実はゴブリンには雌の個体がいて、群れの中で一番強い雄の個体が交尾の相手に選ばれるの。繁殖期になると雄と雌が交尾をして、交――」


「待って!! お願いだからやめてね!?」


 そういう恥ずかしい単語を涼しい表情で言うのはマズいって! 仮にも女の子の姿なんだから!!


 ……いや、でも待てよ。レティは神器であって、人間ではないからそういうことを言うのはセーフなのか?


「ゴブリンの生態は面白いわね。ゴブリンは繁殖期にならないと性別がわからないみたいだから、その時になったら性――」


 アウト! アウトだこれ!!


「……まあいいわ。この本が読み終わったらまた話すことにするわ」


 レティは再び本に視線を落とす。興味があることにはまっすぐなレティ。一気に深い集中に入り、ページをめくり始めた。


 そうだな……僕もたまには本を読んでみようかな。レティがいいなら、僕も少し本を借りてみてもいいよね。


 本棚の前に立つ。僕の背丈よりも大きな本棚ほんだなには、色とりどりの背表紙をした本たちがずらっと並んでいる。メイカの家は読書好きな一家なんだろうか。


 本のほとんどは武器や防具などの装備品に関するもので、おそらく家が鍛冶職人であることと関係しているんだろう。装備品を見るのは好きだけど、難しい本は理解できないからなあ……。


 お、気になる本のタイトルを見つけた。僕はその本に指をかけ、引き抜いてみる。


 『勇者アレンの冒険』。文庫サイズのその本は、表紙の右下に『メイカ・マイオニア』と名前が書かれている。おそらくメイカが小さいころに読んでいた本なのだろう。繰り返し読まれた跡がある。


 僕はソファに座り、本のページを開いた。



 今から二千年ほど前の話。アレン・カーディオという好青年が、街で静かに暮らしていた。


 アレンはとても優しい性格で、村の人たちから頼りにされていた。


 そんなある日。彼が暮らしていた村が魔族に襲われ、滅ぼされてしまう。ギリギリのところで生き延びたアレンは、洞窟の中で調和の女神の神託しんたくを受ける。


「復讐の女神が暴走し、魔王に祝福を授けた。魔王を倒さなくては、人類はあなたの村のように滅ぼされてしまうでしょう。そこで、あなたにこの剣を授けたいのです」


 調和の女神からそう言われ、アレンは一本の剣を授かった。その武器を手にし、アレンは魔族を倒し、人類を救う旅に出た。


 アレンは旅の途中で、魔導士や騎士、賢者などの様々な仲間を見つける。――これは、冒険者がパーティを組むときの役職として、今も引き継がれている。


 長い戦いの末、勇者たち一行は魔王を討伐し、世界は救われましたとさ。めでたしめでたし。



 ふう。普段本を読まないから、子供向けの本でも読むのに一苦労だ。


 でも、面白かった。小さい頃のメイカが何度も読みなおしたくなる気持ちがわかるな。冒険物語は、読んでいて心がワクワクするものだ。


 僕はソファから立ち上がって伸びをした後、本を棚に戻した。


 やっぱり勇者はかっこいいね。勧善懲悪かんぜんちょうあく! 弱きを助け、強きを挫く! って感じだ。僕もこんな風になれたらな……とあこがれる気持ちもある。


 それにしても、勇者アレンって実在の人物なのかな? 二千年も前の話だから本当に実在したかどうかも怪しいし、単なるキャラクターじゃないのかな、と思う。いたら嬉しいような気もするけど……まあどっちでもいいか。


「ルカさーん! 何してるんですか!?」


 メイカの部屋からリーシャが出てくる。


「本を読んでたんだ。普段あんまり本は読まないから、疲れたよ」


「そうなんですか? 横にいるレティはすごい集中力ですけど」


 言われて、思い出した。ソファに視線を戻すと、レティがさっきと同じ体勢で、黙って本を読んでいた。あれから1時間ほど経過したのに、すごい集中力だ。僕なんかちょっと読んだだけでクタクタなのに。


「あら、リーシャも来たのね」


「レティ! 何を読んでるんですか?」


「モンスターの図鑑ずかんを読んでるのよ。知ってる? キラーフライという虫のモンスターは、自分よりもはるかに大きな生命体に卵を産み付けて――」


「そのくだりもういいから! 微妙な気持ちになる解説はストップ!」


 それにしても……レティはすっかりモンスターについて詳しくなったな。今ではリーシャより知識があるんじゃなかろうか。


「レティ、ゴブリンの体長はどれくらい?」


「雄・雌ともに体長は70センチ程度ね。ゴブリンは繁殖期にならないと性差が現れないことが特徴のモンスターだから、体格差はほとんどないわ。ゴブリンの上位種であるホブゴブリンになると、背丈がもう少し伸びて90センチ程度になり、肌の色が薄い緑色に変わるわ」


「「すげー」」


 思わず、拍手をしてしまった。

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