第19話 焦りと不和

「冗談じゃないわ!」


 夕方のギルドの入り口付近で、一人の少女の怒りの声が上がる。


「ルシウス、私はルカを探しに行くの! 邪魔をしないで!」


「待て。今日のミーティングを行うのが先だ」


 水色の髪の少女、セシルはその青色の瞳をキッととがらせ、ルシウスを睨みつける。その威圧感いあつかんは、ルシウスを内心で震え上がらせるほどだった。


 ギルドの中から出たセシルを、ルシウスが止めに来たのだ。


「今日は朝からクエストを受けて、今帰ってきたと思ったらこの仕打ち? いつもはこんなに長時間モンスター討伐なんてしなかったし、ミーティングだって自由参加だった。どうして今日は強制参加きょうせいさんかなの!?」


 セシルは苛立いらだっていた。ルカを探そうとしているのに、ルシウスをはじめとしたパーティメンバーが頑なに――口ではそうだと言わないが――妨害ぼうがいしてくる。


「ルカを探されたら何か面倒なことでもあるの!?」


「そんなことはない。ただ、俺たちの今後の進退しんたいに関わる局面きょくめんなんだ」


 朝一番でルカに顔面を殴られた男、ルシウスは冷静な表情を取り繕っていた。彼がセシルの行動をしばっている理由は二つ。


 一つ。セシルの指摘通り、ルシウスはルカを発見されることを恐れている。彼が生きていること、そして街の中にいることも知っているからだ。だからセシルが彼を探せば、おそらく容易に発見することができるだろう。


 もしセシルがルカを見つけ、彼から事の経緯けいいを聞いてしまえば、緋色の不死鳥スカーレット・フェニックスは大きな戦力を失うだけではなく、殺人未遂さつじんみすいのことまで知れ渡ってしまう。それはなんとしても避けたかった。


 そしてもう一つの理由は、『漆黒の烏ブラック・レイヴン』の登場だった。


 S級冒険者パーティ『漆黒の烏ブラック・レイヴン』が突如現れ、フロアボスまで討伐したという。


このニュースはルシウスにとって衝撃的なものだった。S級パーティのランキング争いに新たなパーティが生まれたとなれば、心は穏やかではない。ましてや前人未到の35層までたどり着いたというならば。


 ルシウスとセシルが所属する緋色の不死鳥スカーレット・フェニックスはS級パーティランキング3位。なんとしてもベスト3の位置は維持したい。


 なんとしても、他のパーティに負けたくない。セシルを失うわけにはいかない。その気持ちが朝から夕方まで長時間のクエスト攻略につながり、セシルの時間を奪うことになったのだ。


「もう嫌。これ以上私の邪魔をしないで。私には私のやりたいことがあるの」


「待て。お前の目標は一番の冒険者パーティを作ることではないのか? 今が大事な時なんだ。そんなときにお前だけ勝手な行動をすれば……」


「勘違いしないで。私が一番の冒険者パーティを作りたかったのは、ルカがいたから。あなたのパーティになんか興味ないわ」


「お前……さっきから聞いていれば!!」


 セシルの発言に、今度はルシウスが逆上して声を上げた。


 ルシウスの目標は、ギルドで一番の冒険者パーティを作ること。――いや、正確には、自分がリーダーとなり、誰よりも富や名声を手に入れることだ。そんな彼にとって、緋色の不死鳥スカーレット・フェニックスは何よりも大事な道具ものだった。


「もういい。作戦なんてどうでもいいから、今日は私に関わらないで」


「そうはいくか! 何度も言ってるだろう!」


 ルシウスはセシルの手を掴み、行かせまいとする。あまりの力強さに、セシルは振り払うことができない。


「離して!」


 セシルの怒りが頂点に達した、その時だった。


「ルシウス!」


 ギルドの中から、パーティメンバーの一人が出てきた。


「なんだ。今忙しいんだよ」


「緊急クエストだ! 緊急のS級クエストが発表された!」


「なにっ!?」


 ルシウスは表情を変え、ギルドの中へ駆け込む。『緊急クエスト』という言葉を聞き、セシルも見に行くことにする。


 ギルドの掲示板の前には人だかりができていた。ルシウスは人をかき分け、クエストの内容を確認しに行く。


▼▼▼

緊急クエスト『王墓おうぼ調査ちょうさ 及びアンデッドの退治』

ランクS


クノッサス南東に位置している古代王エルドレインの王墓から、アンデッドモンスターの発生ペースがね上がっている。

S級パーティはアンデッドモンスターを討伐し、王墓の調査に依頼したい。

参加したパーティにはランキング順位を決定するポイントを加算する。

明朝みょうちょう8時にギルドに集合。

▼▼▼


 これだ、とルシウスは考え、下卑げびた笑いを浮かべた。

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