第17話 猫耳少女の恩返し

 ヴェルディたちとの戦いが終わり、僕たちはギルドに戻ってきた。


「レティ、なんでいきなりあんなこと言い出したのさ」


 彼女の防御力があったからこそ何とかなったが、一歩間違えばメイカが火だるまになるところだった。危険な行動だったのには違いない。


「大丈夫だと思ったから。それだけよ。それに、ここの紅茶はなかなか美味しくて興味があったの」


「そんなこと言ったって……これからは他の人を危険に晒すようなことしちゃ駄目だよ」


「……わかったわ。ちゃんと勝算はあったのだけれど。今後は考慮するわ」


 それにしてもティーカップを破壊されて怒ったって、レティさん怖いなあ。ちなみに今は、僕が新しく注文した紅茶を飲んで、御満悦ごまんえつな模様。


「……この紅茶の香り、とてもいいわね。これは茶葉がいいのかしら? それともお湯の温度? 興味あるわ」


「あの、レティさん……でいいのかな。さっきは助けてくれてありがとうございますにゃ」


 ぶつぶつ呟くレティに、メイカはうやうやしく頭を下げた。


「気にすることはないわ。私は興味があることをやっただけ」


 まったくもって恩に着せるつもりはないらしい。出会ってから数時間だけど、レティは興味があることはとことんやって、興味がないことはさっぱり無関心なタイプみたいだな。今は紅茶に夢中みたい。


「それにしても……ヴェルディたちを倒したのはいいですけど、クエストクリアにはならないですにゃ。本当に申し訳ないですにゃ……」


「仕方ないよ。お金はまた稼げばいいだけの話だから。それに……」


 僕は巾着袋を机の上に置いた。中からじゃらっ、という景気のいい音が聞こえてくる。


「ゴブリンをたくさん倒したから、思ったより報酬がはずんだんだ! これだけあれば美味しいものがいっぱい食べられるよ!」


「美味しいものですか!? 私はシチューが食べてみたいです! あとはカレー、グラタン、ラーメン……」


「シチュー? それはなに?」


「レティ知らないんですか? シチューって言うのは人間の食べ物で、野菜がいっぱい入っていていい匂いがするんです! あれは完全にミラクルです!」


「へえ。それは少し興味あるわね」


「今晩はレティも仲間に加わった記念パーティーだからね! いっぱい食べよう!」


 美味しい食べ物の話で盛り上がる僕たちの様子を見て、メイカは唖然あぜんとした様子で。


「そ、そんなはした金でいいんですかにゃ!?」


「なにが?」


「なにがじゃないですにゃ! トロールを倒すほど強いのに、なんでそんなに少額で大喜びしてるんですか! おかしいですにゃよ!!」


 メイカは半ば怒っているようだ。なんで?


「そんなこと言われても……ちょっと前まで命がけでダンジョンに潜ってもこの10分の1くらいしか報酬を分けてもらえなかったんだよ? そりゃ喜ぶでしょ」


 僕がそう言うと、メイカはため息をついた後、懐から何かを取り出し、机の上に置いた。


 それは、僕が貰ってきたものの三倍の大きさはありそうな巾着袋だった。机に置かれたときの音もずしんと重く、僕の物とは比にならない。


「どうしたのそんな大金!?」


「手切れ金ですにゃ。今日を機に、メイカはパーティを辞めたんですにゃ」


 手切れ金ってそんなにもらえるの!? 僕なんかパーティ追放された上に殺されかけてるのに!?


「って、パーティを辞めたの!?」


「そうですにゃ。ずっと違和感はあったけど……今日をきっかけにやめることにしましたにゃ。さっきのレティさんの一件が起こる前に伝えておいたんですにゃ」


 すごい行動力だなあ……。パーティを辞めると宣言した後で倒しちゃうなんて。僕も似たようなことをしたような気もするけど、それは置いておこう。


 じゃあ今日から新しい人生の始まりだね! と言おうとした時、メイカが巾着袋をスッと僕の前へ押した。


「ルカさん。トロール討伐の報酬金には遠く及びませんが、このお金を受け取ってほしいんですにゃ」


「なんで? メイカのお金なんだから好きに使いなよ」


「そういうわけにはいかないんですにゃ! メイカはルカさんに命を助けてもらいました。それは他のメンバーもそうですにゃ。そんなおんあだで返すようなことを、メイカはしたくない!」


 確かにメイカが恩を感じるのはわかるし、それくらいのことを僕たちはしたと思う。


「だけど、受け取れないよ。メイカは新しい人生を歩むんだから、そのために使った方がいいよ」


「だったらせめて、メイカをルカさんの仲間に入れてほしいですにゃ!」


「僕たちの仲間に?」


「そうだにゃ。荷物持ちでもなんでもやりますから、お願いしますにゃ!」


 彼女が僕の仲間になって、荷物持ちをしてくれれば、できることが増えるのは確かだ。メイカ自身も望んでいることだし、本来なら喜んで受け入れるべきなんだろう。


「いいですねルカさん! 仲間は多い方が楽しいですよ!」


「……やっぱり駄目だ。メイカを仲間にはできない」


「「ええっ!?」」


 リーシャとメイカは目を丸くして声を上げた。レティは黙って紅茶を飲んでいる。


「メイカを仲間にしたら、僕はきっとメイカのことを雑用係にしてしまうと思う。だけど、それは成長につながらないし、才能を奪うことだから」


「そんなぁ! だったらメイカはこのご恩をどうやって返せばいいんですかにゃああああ!」


 連続で断ってしまって申し訳ないけど、別に僕が大したことをしたわけでもないしなあ。ましてやメイカが僕に迷惑をかけたわけでもない。


 どうせ恩返しをしてもらうんだったら、僕にとってもメイカにとってもメリットのある形で終わらせなければ、彼女が損するだけになってしまう。それはよくない。


「そうだなあ……メイカはパーティを脱退して、何をするつもりだったの?」


「そりゃルカさんの仲間に入れてもらう予定でしたにゃ。……でも、それが叶わなかったら、家業かぎょう鍛冶屋かじやを継ごうかな~、なんて」


「それだあああああああああああああ!!」


 僕たちにとってもメリットがあって、メイカの成長を邪魔しない『恩返し』。やっと見つかった!

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