第16話 ヴェルディ、返り討ち!

 トロールを倒し、灰色の熊グレイベアーのメンバーが全員生きていることを確認した僕たちは、彼らを背負って街まで帰ってきた。


 クエスト完了の報告をして、リーシャとレティと雑談していると、メイカが申し訳なさそうな顔でこっちにやってきて。


「ルカさん、ごめんなさいにゃ……」


「あー、やっぱり駄目そうだった?」


「はい……トロールを倒したのは灰色の熊グレイベアーってことになりそうですにゃ……」


 というのも、トロールを倒したのは僕だが、報酬は僕のもとに入ってこないらしいのだ。


 トロール討伐はS級冒険者パーティしか受けられないクエスト。F級の僕が受注することはできない。だから受注できないクエストはクリアもできないというわけだ。代わりに、クエストを受けた灰色の熊が報酬をもらうらしい。


「そんなのおかしいですよ! トロールを倒したのはルカさんです! 私、文句言ってきます!」


「落ち着いてよリーシャ。問題を起こしたら僕が冒険者を追放されるだけだよ」


「ぐぬぬぬぬ……だって、ルカさんが、ルカさんがぁ……」


 リーシャはなんだか泣きそうだ。お前が泣いてどうする。


「ヴェルディさんが『トロールを倒したのは俺たちだ』って言いだしたのも原因の一つなんですにゃ。メイカの力ではどうにも……」


 それに、F級冒険者が強いモンスターを倒したなんてことが広まれば、ギルドのランク付けのシステムに疑問を持つ声が大きくなるだろう。そういう面を考慮こうりょしても、僕に報酬がこないのは理解が出来る話だ。


 だからメイカに気にしなくていいことを伝えようとすると。


「お前らか!? 俺たちの手柄てがらを横取りしようとしてるのは!?」


 僕たちが座っている席を取り囲むように、わらわらと男たちが群がってきた。


 僕ににらみを利かせているのは、灰色の熊グレイベアーのリーダー、ヴェルディだ。さっきまでトロールにやられて伸びていたのに、回復したからすっかり元気だ。


「ヴェルディさん。怪我けがはありませんでしたか?」


「ありませんでしたか、じゃねーよ! お前、トロールは自分が倒したって吹聴ふいちょうしてるらしいな!」


 別に言いふらしてなんかないけど……僕が反論するより先に、彼は鬼のような形相で。


「確かにとどめを刺したのはお前かもな。でもトロールを弱らせたのは、先に戦っていた俺たちだ! お前みたいなハイエナ野郎が報酬を横取りしようなんて権利ねえんだよ!」


 トロールって弱ってたっけ? 結構ピンピンしてた気がするけど。彼らが言うならまあそうかもしれないな。


 ただ、僕は別に報酬のお金が欲しいわけじゃない。だからそれをちゃちゃっと説明しちゃえば、話は終わりなんだよね。


「おかしいですにゃよ! トロールを倒したのはルカさんでしたにゃ!」


 そんな僕の気持ちも知らず、彼女は意見を曲げようとしない。


「てめえ、荷物持ちの分際ぶんざいで俺に口答えなんかしてんじゃねえ! あとでどうなるかわかってんだろうな!?」


「ヒッ!?」


 ヴェルディはメイカに対して脅迫きょうはくめいた言葉を吐く。あまりの強面っぷりに、メイカが青ざめている。


「てめえ、調子乗ってるな? そもそも、お前が迷子にならなきゃトロールなんざ楽勝だったんだよ!!」


「……馬鹿馬鹿しい話ね。この子が荷物持ちであることと、口答えをしてはいけないことの論理性が皆無かいむよ」


 その時、紅茶で満たされたティーカップを持ちながら、レティが言った。


「あ? なんだガキ。文句あんのか?」


「別に。あなたたちの話に興味はないわ。ただ、馬鹿馬鹿しいと思っただけ」


「なめたこと言ってんじゃねえぞ!」


 レティがティーカップに口を付けようとした途端、ヴェルディがティーカップを手で払い、カップが床に落ちる。割れてしまったカップからは香りのいい紅茶がこぼれ、床が濡れてしまった。


「いいかガキ。この世界で俺に歯向かうってことはすなわち死だぜ。涼しい顔してられるのも今のうちだと思っておけよ」


「……いいわ。私にとってはどうでもいいことだけど、少しだけ、興味が湧いてきた。――表に出なさい」



 そう言ってレティはギルドの外へ出る。街の外へ行き、人気のない、広いところへと進む。ヴェルディや僕たちもついて行く。


「さて。いきなりだけど、あれだけの大口を叩いて、よほど自信があるのね?」


 レティの問いかけに、ヴェルディは。


「当たり前だろ。俺はS級冒険者、剛腕ごうわんのヴェルディだ。俺に壊せないものなんてねえんだよ!」


「面白いこと言うじゃない。だったら、この荷物持ちの子を傷つけられないなんてことはないわよね?」


 レティはポン、とメイカの背中を押した。メイカは驚いて、『え、ここで!?』と声を上げた。


「は? 当たり前だろ。荷物持ちなんざ、一瞬でなぶり殺しだぜ?」


「だったら、あなたたちパーティでこの子を攻撃してみなさい。絶対にダメージを与えることはできないわ」


 レティの言葉を聞いて、ヴェルディたちパーティは大声で笑いだした。


「冗談はよせよ! 俺が一発でも殴ろうもんなら即死だっつーの!」


「へえ。もしかして怖いの?」


 その瞬間、ヴェルディの表情が怒りに変わった。


「おちょくりやがって……! お前みたいな底辺が、俺を侮辱ぶじょくしていいわけがねえんだよ!!」


 ヴェルディの拳が迫る。メイカは咄嗟とっさに目を瞑った。


 が、次に目を開くと。


「ああああああああああああああああ!?」


 ヴェルディの拳から、大量の出血が。


「え……なんで?」


 メイカはいきなりのことに、目を丸くした。


 レティがメイカに装備されたのだ。幻影の鎧である彼女は実体を持たない。だから、おそらく透明でとげのある鎧の形にでもなったんだろう。


「お前! 何か小細工をしやがったな!」


 血がダラダラと流れる腕を抑えて、ヴェルディは声を荒げた。


「おい! 魔法だ! 魔法を撃て!」


 パーティメンバーに指示を出すと、彼の後ろに立っていた魔導士ウィザードの男が魔法で火球を出し、一直線にメイカに向かって放つ。


 ――が。


 火球はメイカの体に――正確には、メイカの体を守る、レティに――ぶつかった途端、彼らの下へと跳ね返っていく。


「ぐああああああああ!?」


『私に魔法は効かないわ』


「馬鹿野郎が! 何やってるんだよ!」


 魔導士ウィザードの男は火球を直に食らって、かなりダメージを受けている。すぐに癒術士ヒーラーが慌てて回復に入った。


「な、なんで攻撃が効かねえんだ!?」


 メイカに傷が一切ついていないのを見て、ヴェルディは恐怖に顔を歪める。そりゃそうだ。今までバカにしてきた相手に圧倒されているんだから。


「だったら――てめえをやりゃいいんだよな!!」


 ヴェルディは怪我していない方の手を強く握り、今度は僕の方へ走ってきた。なるほど、メイカが駄目だったら僕のところに来るってわけか。


「どうせさっきの女が荷物持ちのほうに小細工をしてるに違いねえ! だったら先にてめえをぶっ殺す! 俺にたて突くやつはな、全員殺してやるんだよ!!」


 やれやれ。まさか本日二回目になるとはな。


 ヴェルディのストレートをかわし、カウンターで腹部を殴打する。……相手は大人数だからリーシャを使ってもいいかと思ったけど、わかってもらうには十分だろう。


「な…………え?」


 ヴェルディは小さくそう呟いて、気絶した。周りの連中が黙っているので、バタリ、と彼が地面に倒れる音がよく聞こえた。


「す、すいませんでしたーーーーー!!!」


 ヴェルディのパーティメンバーたちは勝てないと見るや、ヴェルディを抱えてそそくさと退散した。いい判断だと思う。


 そうだ、と思い、僕は彼らに後ろ姿を見つめて、ステータスを確認してみることにした。


▼▼▼

ヴェルディ・アーマルド レベル:20

スキル

<攻撃力上昇 特大>

自身の攻撃力を2倍にする。

▼▼▼


 ヴェルディって……僕の半分のレベルくらいなんだ。思ったよりレベル差があったんだね。

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