第14話 森の王者

 木々をかき分け走って現場にけ付けると、状況はかなり悲惨なものだった。


 ヴェルディのパーティメンバーが倒れている。木の幹に倒れる形で気を失っている人、うつぶせで地面に倒れている人……。ただ事ではない。


「大丈夫ですにゃ!? 二人とも!」


 メイカは慌てて、倒れている二人の体を揺らすが、反応はない。見ると、ひとりは腕があらぬ方向に曲がってしまっている。とても痛々しい。


「そうだ、ヴェルディさんは!?」


 その時、森が大きく揺れる。木々がガサガサと音を立てて、幹が左右に動く。地震かと思ったがそうではない。


「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 森の奥から姿を現したのは、体長5メートルはゆうに超えているトロール。粗末そまつな腰布を巻き、僕の背丈よりずっと大きい棍棒こんぼうを軽々持っている。肌はゴブリンのような緑色で、腹にたっぷりついた贅肉ぜいにくは、森の王者の象徴しょうちょうだ。


 棍棒を持っていない方の手には、何かが握られている。見ると、ヴェルディが顔面を掴まれてぶらりと下げられているではないか!!


「ヴェルディさん!?」


 メイカが驚きの声を上げた。それもそのはず。S級冒険者であり、パワーには定評ていひょうがある彼がやられているんだ。


「ああああああ!! もう終わりですにゃ! ルカさん、みんなを抱えて逃げましょう!」


 メイカの判断は至極しごく正しいものだ。強敵を前にしたら、一目散いちもくさんに撤退する。これは冒険者としての常識で、彼女が卑怯なわけではない。冒険者はパーティの仲間を大事にする反面、最優先にするべきなの自分の命だ。


 でも、それは嫌だ。


「メイカ、下がってて。僕が相手をするよ」


「無理ですって! さっきのゴブリンとこのトロールじゃ話が全然違いますにゃ! S級冒険者パーティが壊滅かいめつしてるんですにゃよ!?」


「S級だろうとF級だろうと関係ない! 僕は全員のことを助けて見せる!」


「そうこなくっちゃです! ルカさん! 行きますよ!」


 リーシャは光を放って剣に姿を変える。僕は柄をグッと握り、剣先をトロールに向けた。


 まずは敵の情報を得なくては。リーシャのスキル<サンシャイン>を発動する。


▼▼▼

トロール レベル30

特徴:森の王者。圧倒的なパワーで相手を叩きつぶす。

▼▼▼


 わかってはいるが、ゴブリンや他のモンスターとはけた違いの強さだ。だからって臆してたまるものか。全身に力をこめる。


「ウオオオオオオ!!!」


 トロールが雄たけびを上げる。体が大きいから、声がとにかく大きくて耳が痛い。


『さあ、ミラクル起こしちゃいましょう!』


 リーシャの決め台詞とともに、走り出そうとした時。


『ルカさん! 危ない! 避けて!』


 リーシャに言われ、なんのことかわからずに後退すると。


 ザクザクザクザクッと音がして、地面に無数の何かが突き刺さる。よく目を凝らしてみると。


「なんだこれ!? 弓矢!?」


 弓矢が、僕が立っていた場所に飛んできたのだ。なんでこんなところにと思い、トロールの背後を見ると。


「ウゲウゲッ!」


 ゴブリンだ。大量のゴブリンが、木で作られた粗末な弓を持って、僕を射抜こうとしている。


「なんでゴブリンまで僕のことを狙ってるの!?」


「トロールは森の王ですにゃ! 兵士が王の戦いに手助けをするのは、当たり前の話ですにゃ!」


 なるほどな。こうも何本も弓矢を放たれては、近づこうにも近づけない。攻撃なんてもってのほかだ。ヴェルディさんたちがやられた意味が分かった。


「もう駄目ですにゃ! やっぱり逃げるべきですにゃ!」


 この世の終わりでも迎えたようにメイカが叫ぶ。確かに、彼女の目から見ても状況は絶望的だ。


『気を付けてください、さすがのルカさんでも弓矢が目に突き刺さったら失明しつめいしますよ!』


 厄介だ。トロールに加えてゴブリンの弓矢まで相手しないといけないなんて。いちいち顔面に弓矢が飛んでこないように管理するのなんて大変すぎる。


 改めて思い出す。ここはトロールにとっての『庭』であることを。ゴブリンたちの笑い声は、まるで王を称える賛歌さんかを歌っているようだ。


「グハハハハハ!!」


 トロールは手に持った棍棒を振り下ろし、攻撃してくる。図体がデカいから動きは遅くて、避けるのは楽勝だけど……ゴブリンたちの追撃が面倒だ。


「きっついな……!」


「……諦める?」


 その時、レティが僕の後ろに立ち、静かに呟いた。


「……諦めないよ、絶対に」


「どうして? この状況、あなたに勝ち目はないわ。じわじわと時間を稼がれて、そこで倒れている人間は手遅れになる。逃げるのが最善の手だと思うけど」


「それでも僕は諦めない! みんなのことを救うって、決めたんだ!」


 僕はそう言ってまた剣の切っ先をトロールに向ける。


「……不思議。諦めて逃げればいいのに。合理的じゃないわ」


 レティは僕のことを評価するようなことを言って。


「けどその思い……興味あるわ」


 僕を後ろからぎゅっと抱きしめてきた。女の子特有の柔らかさが、僕の背中を包む。


「ちょっ、レティ!? 何してるの!?」


「静かに。興味があるから、私の力を使わせてあげる」


 すると、レティが月のような優しい光を放つ。何が起こるのかと思ったら、消えてしまった。


「えっ……レティ?」


 予想外の展開に、僕もビックリ。


『私はここにいるわ』


「うわっ!? どこにいるか全然わからないけど、声は聞こえる!」


『ルカ。あなたは私のことを装備しているわ』


 レティはそう言うけど、鎧を装備している感覚はないし、まったく見ることもできない。


「私は『幻鎧げんがい』。最硬さいこうの鎧でありながら、姿は幻のように不確かなもの。形を自在に変えることだってできるわ。ほら」


 その瞬間、僕の服装がレティと同じ黒いゴスロリドレスに変化する。なるほど、これが幻ってことか。僕はレティを装備しているけど、鎧には実体がないから変化も自由自在。さっき鎧が見えなかったのは、透明に見せていたからってわけだ!


 ……って、この格好恥ずかしいからやめてくれないかなあ!?


『だから、気にすることなく戦いなさい。……まあ、あのモンスターには興味ないけど』


 レティがそう言った瞬間、ゴスロリドレスは、僕が元々着ていた服に戻ってくれた。レティが透明に変わったのだ。ほっ。


『ルカさん! 危ない!』


 息をついていたら、リーシャの声が。しまった、目の前に弓矢が飛んできているのに気づかなかった! このままじゃ顔面に突き刺さる!


 その時、弓矢は金属音を立てて僕の顔と間近で弾かれていった。


「えっ?」


 それはまるで鎧に弾かれたように。弓矢はべきりと折れて僕の足元に落ちた。


『言ったでしょう。私は『幻鎧』。姿は見えないかもしれないけど、あなたの全身を守っているわ』


「ええっ、僕の全体を覆ってるってこと!? 死角はないの!?」


『ないわ。鎧に隙間がないから、実体を持つ必要がない』


『じゃあ無敵ってこと!? すごいですレティ!』


『リーシャ。あなたのことも興味があるわ。色々聞きたいことがあるわけだけど、とりあえずまずは目の前の敵を倒すことからね』


 よーし、レティを装備したことで、鉄壁てっぺきの守りを手に入れたぞ! これならゴブリンの弓矢を突破できる!


「行くよ! リーシャ! レティ!」

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