第9話 セシルという少女

 セシル・リーベリアにとって、ルカ・ルミエールという少年は、まさしく生きる意味だった。


 彼女は今でこそS級冒険者として、パーティの要である魔導士ウィッチとして活躍し、他の冒険者たちから尊敬される立場であったが――幼少の頃は、内気な童女どうじょだった。


 彼女が長く伸ばした水色の髪と、水晶すいしょうのように澄んだ青色の瞳は、物語に出てくる魔女にそっくりで、歳が近い子供にそのことでからかわれることが多かった。


 『魔女は森に帰れ』などと揶揄やゆされた彼女は、最初こそ誰にでも笑顔を振りまく子供だったが、次第に笑うことが少なくなり、ついには親に対しても心を開かなくなった。


 6歳のある日、セシルはいつものように年上の子供たちにいじめられ、夕暮れの中、一人で泣きべそをかきながら帰路きろについていた。これはもはや彼女にとって日常茶飯事だ。


「君は、何で泣いてるの?」


 その時だった。優しい声が、幼いセシルの耳朶じだを打った。彼女の目の前には、黒髪の少年が立っていたのだ。


「べ、別に……なんでもない……」


「なんでもなかったら泣くはずないでしょ。ねえ、話聞かせてよ」


 これがセシルとルカの出会いだった。ルカは彼女の話を傾聴けいちょうして何度も頷いた。


 一番の驚きだったのは、ルカがセシルの話を一切バカにしなかったことだ。同級生たちに話を聞いてもらえなかったセシルは、初めての出来ごとを不思議に思った。


「……ねえ、ルカはどうして私の話を聞いても笑わないの?」


「魔女のこと? だって、魔女ってかっこいいよ。僕も魔法を使えるようになりたいな」


 ルカの不思議な点は、話を聞くことだけではなかった。彼自身が夢を語り始めたのだ。聞けば、ルカは世界で一番強い冒険者になりたいらしかった。


「僕は剣と魔法を使って、たくさんの人を助けるのが夢なんだ。だから魔女をカッコ悪いとは思わないし、セシルのことを笑ったりしないよ」


 その日から、セシルの人生は変わった。


 二人はよく一緒に遊ぶようになった。周りの誰に馬鹿にされたってかまわない。二人は誰よりも仲良しになり、セシルはよく笑い、誰とでも打ち解けられるようになった。


 そして、彼女にとって『目標』ができた。ルカが世界で一番の冒険者になるならば、自分はそんな彼にふさわしい冒険者になること。いつまでもルカの隣で、彼の夢を叶えるために共に走り続けられる人間でありたい。セシルはそう心に誓ったのだった。


 二人の出会いから四年の月日が流れ、神殿でスキルの神託しんたくを受けた日。


 ルカのスキルは<アーマー・コミュニケーション>という、今までに前例ぜんれいのないものであることが判明した。結局は外れスキルだと馬鹿にされることになるのだが……セシルはルカの可能性を信じて疑わなかった。


 だから、自分のスキルが<魔法適性・特大>という千人に一人の当たりスキルを手に入れても、激しく喜ぶことはなかった。


「これはまだ通過点。ルカの隣に立てるような、強い魔法使いにならなくっちゃ!」


 ルカの仲間になる『権利』獲得したと思った彼女は、それからというもの、毎日のように激しい訓練を積み、魔法の才能をさらに洗練させていった。自分の限界を超え続け、一切の妥協を許さない。そんな努力も実って、6年後の16歳になった時には、S級冒険者パーティの緋色の不死鳥スカーレット・フェニックスに勧誘の声がかかる。


 16歳の若さでS級冒険者パーティに勧誘されるということは、冒険者にとっては名誉なことだった。誰もが羨み、尊敬のまなざしで彼女を見る。セシルはこれから、一流の冒険者たちの中で仕事をするのだと、誰もが思っていた。


 しかしセシルは違った。S級冒険者パーティというのはあくまで通過点に過ぎない。彼女の目標は、『ルカとともに世界で一番の冒険者になること』だからだ。


 最初はルシウスの誘いを断ろうとしたセシルだったが、彼女の中である考えが浮かぶ。


『そうだ! このパーティにルカを入れて、世界一になればいいじゃん!』というものである。


 なんともふざけた考えだが、セシルはいたって真面目であった。ルカを荷物持ちとしてパーティに入れることを条件付け、緋色の不死鳥スカーレット・フェニックスに入団。エースとして活躍し、S級冒険者にまで昇り詰めてしまう。


「ルカ、あなたならきっと荷物持ちからでも一番になれる。私に生きる道をくれた、あなたなら!」



 そんな彼女は今、息を荒げながら街の中を走っていた。人とぶつかりながらも、懸命に辺りを見回す。


 ルカがいなくなったという報告をルシウスから聞いたのだ。パーティのメンバーがルカのことを嫌っているのは知っていた。だから彼らに捜索を任せていても見つかるはずがない。そう確信したセシルは、自分の足で探し回っているのだ。


「ルカ! ルカ!」


 もしかしたら、パーティの居心地が悪くてどこかへ去っていってしまったのかもしれない。あるいは、自分のことが嫌いになってしまった、なんてこともあり得る。セシルの背筋せすじ悪寒おかんが走る。そんな展開だけは絶対に嫌だ。


 あの日、自分はルカの夢を叶えるために強くなると決断したのだ。ルカを失ってしまうことはすなわち、自分が生きる目標を失くすことと同じ。それだけは絶対に避けたかった。


 ルカのことはなんとしてでも自分が見つけ出す。そして、今まで無理やりパーティにとどめてしまったことを謝るのだ。


 セシルは自分が思いつくかぎりの場所をあたり、ルカを探し続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る