第10話 ルシウス、返り討ち!

「ルカさんルカさん。今日は何を食べましょうね! 私は親子丼ってやつが食べてみたいです!」


「うん……そうだね」


 リーシャは僕の横で歩きながら浮ついた様子で話しかけてくるが、対照的たいしょうてきに僕の気持ちは落ち込んでいた。


「どうかしたんですか? お金がない人みたいな顔をして」


「……お金がないんだよ」


 リーシャと出会って、既に二日が立とうとしていた。宿屋で一泊すると決め込んだのはよかったものの、疲れすぎて次の日の夕方まで寝てしまったのだ。


 リーシャが加わったことで、仕事はしていないのに食費と宿代は二倍。しかも、リーシャは見た目のわりに本当によく食べる。美味しそうにムシャムシャ食べるものだから、食べるなとも言いづらいし。


 結局、そのままもう一泊して朝を迎えてしまったというわけだ。元々手持ちがあまり多くない上に、パーティからも追放されている身としては焦るしかない。


「ルカさんは心配性ですねー! 少なくなったら稼げばいいんですよ!」


 リーシャはすごく楽観的らっかんてきに答えた。確かに彼女の言う通り、前と比べて強くなったわけだし、自分で稼げばいいだけの話なんだけどさ。


 それにしても、これまでは荷物持ちとしてだったけど、これからはリーシャと二人でクエストをこなすんだよなあ。できればゆくゆくは、僕もパーティを組んで、何人かでクエスト攻略にあたりたいところだ。


「……お前、ルカか!?」


 二人で歩いていたその時、僕の名前を呼ぶ声がした。


 急いでこちらに駆けよってきたのは、忘れもしない、ルシウスだった。


「ルシウス……!」


「えっ、ルシウスってあの? ルカさんが言ってた奴ですか?」


 リーシャには既に説明してある。僕を殺そうとした張本人、ルシウスだ。彼は紺色こんいろの瞳を鋭くし、僕のことを睨みつけている。


「お前……どうしてここにいる!?」


「どうしてって、抜けてきたからだよ。ダンジョンを」


「お前みたいな雑魚が常闇の洞窟を……!? そうか、あの穴は思ったより浅かったんだな。どうせ1層か2層あたりにつながっていて、せいぜいそこから走って逃げだしたんだろう!? 小便でも漏らしながらな!?」


 残念ながらそうではない。僕は35層から地上までたどり着いたんだ。しかもモンスターと戦って。そのことを言ってやろうとすると、リーシャが僕の前に立って。


「あなた!! ルカさんのことを馬鹿にするのはやめなさい!!」


「ああ? なんだお前。俺は今ルカと喋ってんだよ。部外者は引っ込んでろ」


「部外者とは失礼なっ! いいですか、ルカさんはあなたなんかより超絶ミラクル強いんですから! あなたこそ引っ込んでください!」


「こいつが強い? 冗談だろ、そんなこと言う奴はこの世にセシルだけだと思ったぜ」


 リーシャとルシウスは一歩も退くことなくバチバチと視線をぶつけあっている。このままじゃらちが明かない。


「とにかく、ここじゃ騒ぎになるから場所を変えよう」


「……ほう、ずいぶん強気じゃねえか? いいぜ、こっちだ」


 ルシウスの後について、僕たちは路地裏に移動した。



 たどり着いたのは、人が一人もいないような真っ暗な路地裏。いつも使っている道から一本外れるだけでだいぶ違うものだ。


「……お前、本当に馬鹿なんだな?」


 静かな路地裏で、ルシウスの声がポツリと聞こえる。


「なにが?」


「一度殺されかけた相手の後についてきて、こんな人気のないところに来るなんて、完全に馬鹿だろ! 頭おかしいのか!?」


 そう言うと、ルシウスは口元をニヤリとゆがめ、腰に携えた両手剣を引き抜いた。


「この前仕留しとめ損ねたなら、今度は確実に殺してやればいいってな! てめえの心臓をこの剣で貫いて、またあのゴミ捨て場に投げ入れてやるよ!」


「またか……どうしてそんなに僕のことを殺そうとするんだ? わざわざ自分の手を汚してまで」


「んなもん決まってんだろ! 俺はこの世界で繁栄のかぎりを尽くすんだよ! セシルの力を使い、世界一の冒険者になればそれはより確実なものになる! だからてめえが邪魔なんだよ!!」


 僕のことが嫌いなのは仕方ない。だって実際に雑魚だったし。だけど、セシルを自分の出世の道具にするのは許せない。それに、ダンジョンの中でリーシャと決めたんだ。


「ルカさん!」


「わかってる!」


 彼女の言いたいことはわかる。相手の提示したルールで上回り、見返す! 今がその時だ!


「ルカさん、私、剣になりますね!」


「ちょっと待って。リーシャが剣になったらルシウスを殺してしまうかもしれない……」


 リーシャの力はそれだけ強い。だからそれを振りかざしてしまえば、ルシウスと同じことをすることになってしまう。


「あばよルカ! 雑魚は雑魚らしく、俺の邪魔をしないで死ね!!」


 ルシウスは剣を振り上げて、声を上げながら走ってくる。


 このまま何もしなければ斬り殺されてしまうだろう。しかし……。


「僕は抵抗するぞ!!」


 ルシウスの太刀筋たちすじは、もはや止まって見える。ダンジョンの中の成長で、動体視力どうたいしりょくも上がったのだろう。派手なモーションで振り下ろされた剣筋を避けて、ふところに入り込む。


 ルシウスの動きを真似してわかった。彼の動きは無駄だらけだ。だから隙を狙えば倒すことができる!


「この拳で!!」


 思いきり反動を付けて、ルシウスの顔面にパンチを入れる。聞こえてはいけない音が響いて、顔の角度が120度くらい曲がった。勢いで後方へ吹っ飛ばされ、彼の剣は路地裏の地面に落ちてカランカランと金属音を立てた。


「ルシウス、君は間違っている! 弱い人間だって生きている価値はあるし、不要な人間かどうかを決める権利はお前にはない!」


 ルシウスは僕に殴られた顔面を抑え、よろよろと起き上がる。


「バカな……!? 俺があのルカに不覚を取っただと? ありえない!! 俺のスキルは<速度上昇・特大>だぞ!?」


金輪際こんりんざい、僕たちの前に姿を見せるな。僕たちはもう、自由に生きることにしたんだ。パーティの派閥はばつ争いにも、もう巻き込まないでくれ!」


 ルシウスは悔しそうにブツブツと何かを独り言ちた後。


「うるせぇ……うるせぇうるせぇ! これは何かの間違いだ! 荷物持ち野郎が俺に指図するんじゃねえ!」


 僕に暴言を吐いた後、剣を拾って走って逃げて行ってしまった。


「やりましたよルカさん! 目標達成じゃないですか!」


「うん。なんか逃げられちゃったけど……まあこれでよかったのかな」


 それにしても、あれだけ強かったルシウスに勝つことができたなんて。なんだか自分でも信じられないや。彼のスキル<速度上昇・特大>はセシルが持つ<魔法適性・特大>と並ぶような当たりスキルだ。彼のスピードは冒険者たちの中でも随一ずいいちって感じだけど……正直速くもなんともなかったな。それだけ僕が強くなっているということだろう。


「リーシャのおかげで強くなれたよ。ありがとう」


「だ、ダメですよルカさん……こんな人気のないところで熱い視線をぶつけてくるなんて……えっ、ちょっと! ルカさん! おいていかないでください!」


 付き合いきれないな、本当に……。

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