第8話 漆黒の烏(ブラック・レイヴン)

 ルカとリーシャの二人がダンジョン『常闇とこやみ洞窟どうくつ』からクノッサスの街へ戻った次の日。冒険者ギルドに衝撃が走った。


 昨晩、新米冒険者パーティがダンジョンに潜ったところ、なんと35層まで、モンスターが『全く』存在しなかったという報告があったのだ。


 ダンジョンにモンスターが現れる仕組みはまだ判明していない。一説いっせつではダンジョンに循環じゅんかんする魔力によって自動的に生成されるというものもあるほどだ。一度モンスターを倒しても、半日もすれば復活してしまう。


 しかし、その新米パーティがダンジョンに潜った時、モンスターはたったの一匹すら残っていなかったのだ。そのすべてが命を奪われ、素材の採取さいしゅも行われないまま放置されていたという。


 極めつけは、現在のギルドS級1位パーティの『金色の獅子ゴールデン・レオ』が到達した25層のフロアボス、バフォメットが討伐されていたことだ。


 金色の獅子ゴールデン・レオはバフォメットに関する一切の情報を、他のパーティに開示していない。ランキング争いで不利にならないためなど、理由は様々あるが何よりの理由が、このモンスターを討伐するのに『年単位』の期間がかかることを想定していたからだ。


 バフォメットはそれほどまでに強かった。その圧倒的な巨躯きょくから放たれる殴打おうだ足蹴あしげは、ケタ違いの固さを誇るパーティの戦士タンクの壁をいともあっさりと打ち破ったほどだ。また、体はまるで鋼鉄こうてつのように固く、物理攻撃・魔法攻撃ともにほとんどダメージを入れることができない。まさに要塞ようさいのような強さだ。


 これだけでも怪物級の強さだが……厄介なのが、バフォメットは攻撃だけが強さの理由ではないということだ。


 口から放たれる黒い瘴気しょうきをひとたび浴びれば、途端に全身が痺れ、治療が遅れて神経に毒が回れば、最悪の場合、命を落とす危険性もある。また、瘴気で視界が奪われれば、次のバフォメットの攻撃を予測することが出来ず、一方的に狩られることになる。


 これまでの攻略を順調に――と言っても、一階層あたり1か月程度の時間をかけているわけだが――進めてきた金色の獅子ゴールデン・レオも、今までとケタ違いの強さを誇るバフォメットの攻略に手を焼いていた。


 実際、パーティメンバーの一人が、バフォメットの瘴気を浴びて、数日ほど病床びょうしょうで苦しんだこともあった。


 そんな、神話に出てくる怪物のような圧倒的な強さを誇るバフォメットが死体で発見され、あろうことかそこは通過点だとでも言うように、35層まで一直線に攻略されていたのだった。


 この情報を聞いた金色の獅子たちは、あまりの衝撃に冷静さを欠き、激高げきこうのあまりギルド職員に掴みかかるほどだった。


 そして、それら報告の中で一番、聴者ちょうしゃたちを驚かせたものは、ダンジョンを実際に見た新米冒険者の証言だった。


「俺たちは見たんだ! 真っ黒の男と美しい女がダンジョンから出てきたのを!」


 なんと、新米冒険者たちは35層まで攻略した冒険者の姿を目撃したのだという。


 男の姿は、例えるならまるで『影』。全身が真っ黒で、何故か顔すら確認することができなかったという。黒ずくめの姿で、月の光を受けて威風堂々いふうどうどうとダンジョンの方から歩いてきた。


 そして、その男の横を歩く女。冒険者たちは彼女を見て、思わず息を飲む。絹のような金色の髪、陶器のように白くなめらかな肌、まるで全てを見透かすかのような碧眼へきがん。身体のどの特徴を取っても、美しい少女だった。そんな少女が、女神のような白い服を着て歩いていたのだ。


 特徴的な二人組だったが、何より目立ったのは臭いだった。


 その二人とすれ違った瞬間、鼻をつくような悪臭がしたというのだ。それは近いもので言えば生ごみのような、何かが腐っているような……形容しがたいものだったそうだ。



 冒険者ギルドは、新米冒険者パーティの報告を受け、金色の獅子を同伴どうはんして常闇の洞窟へ入り、実際にフロアボスが倒されていることを確認した。


 常闇の洞窟に限らず、ダンジョンに入る許可が出されているのは冒険者のみ。ましてや35層まで行くほどの強者は冒険者であると考えたギルド職員は、バフォメットを倒した黒ずくめの男と女神のように美しい少女を、暫定的ざんていてきにS級パーティにすることを決定した。


 本来、S級パーティまで上がるには、パーティに最低1名、S級冒険者がいなければならない。そしてその上で何百ものクエストをこなし、A級パーティと比べて圧倒的に実力があることが証明されなければならないのだが、ギルド職員としては高ランクのクエストをこなせる人間が少しでも多い方がありがたい。そんな事情もあって特例的にだ。


 何より、そういうことにしておかなければ、ランク付けシステムに否定的な意見が出てしまう。


 そのS級パーティを、黒ずくめで生ごみの臭いがするという特徴から『漆黒の烏ブラック・レイヴン』と名付け、S級パーティのランキング最下位に置いた。


 一晩のうちに常闇の洞窟のフロアボスが倒され、35層までの攻略が終わり、数少なく燦然さんぜんと輝くS級パーティがまた一つ増えた。報告を受けたA級以下、そしてS級のパーティは心穏やかではなかった。


 『何かが変わる』。話を聞いたすべての人間にそう感じさせる一件。噂はしばらくの間、ギルドの中だけでなく町中でもちきりになる勢いだ。


 ギルド職員たちは、漆黒の烏に該当する二人組がいるなら、すぐに名乗り出てほしいという言葉を最後に添えて、報告を終了した。


 もちろん、何時間もダンジョン攻略をして疲れ切ったルカと、新しい世界に心をときめかせるリーシャの二人は次の日の夕方まで宿屋でゆっくり休んだため、そんな話が耳に入ってくるはずもなかった。

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