第6話 星空の下で夢を語る

『ルカさん! 光です! 光が見えますよ!』


 地上に近づくにつれ、リーシャのテンションは少しずつ高くなっていった。ダンジョンの一層に到着し、ダンジョンの入り口から漏れる淡い光を見ると、とうとう彼女が声を上げた。


 リーシャは早く外の世界を見たいだろうし、ダンジョンから出よう……と、その前に。僕には確認したいものがあった。


『ルカさん? 何を見ているんですか?』


「穴だよ。僕はこの穴から下に落ちたんだ」


 ルシウスに突き落とされた穴だ。相変わらず底は見えないほどの、吸い込まれるような深さ。


 ここから落ちた時はさすがに死んだと思ったけど、なんとか生きて帰ったぞ。数時間ぶりの帰還きかんだけど、なんだか久しぶりに感じて泣きそうだ。


「よいしょっ!」


 しみじみとしていると、僕が持っていたリーシャが突如とつじょ光りはじめ、人間の姿になった。


「もう自由に剣になったり人間になったりできるんだね」


「切り替わりも自在ですよ! って、そんなことより。遅いですよルカさん! 私、早く外の世界が見てみたいです!」


 リーシャはもう待ちきれないみたいで、僕の袖をクイクイと引いて出口の方へ行きたがる。


 そうだよね。こんな穴なんか見ていても仕方ない。僕はリーシャと一緒に出口へと歩いていく。


 ダンジョンの出入り口は洞窟の穴のようになっていて、そこから外に出ると、もう夜になっていた。


 雲一つないような綺麗な星空で、小さな星々がまばゆく輝いていた。


「すごい……綺麗ですよルカさん……」


 リーシャは星を見上げ、空と同じくらいキラキラと瞳を輝かせている。


「夜空を見るのは初めて?」


「いいえ、ずっと前に見たことがあるような気がします。ですが、今日までダンジョンの底にいましたから……」


 そっか、リーシャは僕に出会うまではあのゴミ捨て場にいたんだもんね。


「これが空気、温度、そして風……人間じゃないとわからないですね、これは」


 リーシャはそう言って、手のひらを空に向け始めた。


「私、こうやって夜空に向かって手を伸ばすのが夢だったんです。頑張ればあの星にも手が届くような気がして。ルカさんもそう思いませんか?」


「今は思わないけど……昔はそんな気がしてたな」


「ええーっ!? 今は思わないんですか!? どうして!?」


 小さい頃はなんでも出来ると思っていた。恥ずかしいけど、幼馴染のセシルのことはずっと守るって言ってたし。


 でも、少しずつ自分の才能のなさに気付いて、出来ることが限られているとわかった。少しずつ、手を伸ばすことをあきらめていた。


 だけど今は違う。リーシャに出会って、この数時間でかなり強くなった。今までとは比べ物にならないほど、自分の中に力があふれているのを感じる。僕一人だったらあの暗い地下でモンスターに食い殺されていただろう。


「いや……今でもなんか行ける気がするよ」


 僕は強くなった。だからこの力は誰かのために使ってみたい。そう思ったらなんだかすごくワクワクしてきた。


「もー、どっちですか? 言ってる意味がわかりませんよ!」


「ごめんごめん。ところで気になってたんだけど、リーシャはどれくらいあのゴミ捨て場にいたの?」


 リーシャの表情は腕を組み、うーんと唸ると。


「覚えてないんです。昔のことはぼんやりと頭の中にあるだけで、間がぽっかりと空いて……気付いたらあのダンジョンのゴミ捨て場です」


 リーシャもわからないのか。神器級ゴッズって言うからには神様が作った武器には間違いないし、かなり昔からの存在だとは思うんだけど。


「リーシャはこれからどうするの?」


「どうするって、何がですか?」


「ほら、晴れて人間の姿になれたわけだし、わざわざ僕と一緒にいる必要はないでしょ? これからはリーシャが自由に生きていいんだよ」


 たまたまダンジョンの中で出会って、たまたまそこから抜け出したというだけだ。僕がこれからも彼女と一緒にいる必要はない。最初のうちは生活の補助をして、しばらくしたら彼女が自分の好きな場所で好きな仕事をすればいい。


「ルカさんは、どうなんですか?」


「僕?」


「ルカさんは、私にどうしてほしいですか?」


 リーシャが真面目な顔をして僕に問いかける。もしかしてこれは真剣に答えなくちゃいけないやつなんだろうか。


そりゃあ、彼女が自由に生きてくれればいい。だけど。


「リーシャとこれからも冒険出来たら嬉しいな、って思うよ」


 僕が観念かんねんして答えると、リーシャはこらえきれないとばかりに吹き出す。


「ぷふっ……! あはははは!」


「な、なんだよ!」


「ごめんなさい、ちょっとおかしかったから……」


 ひとしきり笑った後、ゴホンと咳ばらいをして。


「ルカさん。私はルカさんにこの姿を貰ったんです。あなたがいなければ息を吸うことも、この地面を踏みしめることも、そしてこの星空を見ることもできませんでした。ルカさんが起こしたミラクルなんです。だからこれからも……ルカさんと一緒にこの世界を見たいです」


「そ、それってつまり……?」


「もう! 全部言わせないでくださいよ!」


 リーシャが顔を真っ赤にして僕の体をポコポコと叩き始めた。一緒にいてくれるってことだよね……多分。


 今思うと、なんか告白したみたいになってないか? そんなことない? リーシャもリーシャで普通にしてくれればいいのに、さっきからなんだかモジモジしてるし。


「と、とりあえずお腹空いたから何か食べに行こうか! あと多分ゴミの臭いがすごいからお風呂にも入ろう」


「そ、そうですね! 私もルカさんと同じものが食べたいです! どんな味がするのか楽しみです!」


 何時間も何も食べずにダンジョン攻略をしていたから、お腹が空いてきたぞ。気を取り直して、僕とリーシャの二人は街へと歩き出した。

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