第5話 フロアボス

 僕の目の前に姿を現したのは、体長10メートルくらいの二足歩行のヤギのようなモンスター。体はカラスのように真っ黒で、対照的たいしょうてきに、白目をむいているので、どこに焦点しょうてんがあるのかわからない。まるで悪魔みたいな見た目をしている。


「これってもしかして、フロアボス!?」


『フロアボスってなんですか?』


「ダンジョンを守る、他のモンスターよりも強いボスモンスターだよ! 他の冒険者パーティが交戦して、一度撤退いちどてったいしたって聞いた気がする!」


 ダンジョンの攻略情報はあまり他のパーティーには出回らない。どのパーティも自分たちが一番になれるようにしのぎを削っているからだ。だから僕も風のうわさ程度でしか聞いていなかった存在だけど、まさか本当にいるのかフロアボス!


「グゲゲッ!?」


 僕たちが急に背後から現れて驚いたのか、フロアボスはビックリしたような声を上げる。振り返り、僕たちのことを睨みつける。


「リーシャ、こいつは強いかもしれない! 気を引き締めていこう!」


『了解しました! ルカさん、ケガしないようにしてくださいね!』


 フロアボスはくるりとこちらに振り返り、勢いよく突進してくる。


「グゲェ!!」


 大きなひづめを打ち鳴らし、まるでグーで地面を叩き割るようにして拳を振り下ろしてくる。


 ドゴォン! と大きな音がして、地面にクレーターが出来る。ガレキが飛び、地面が激しく揺れた。


 それでも、僕の体幹たいかんはここまでの冒険でかなり強くなっているようで、その程度の振動じゃびくともしない。僕はダッシュで回避し、フロアボスの背後に入り込む。


「グガッ!!」


 斬りつけようとしたその時。ヤギが口から黒い煙を吐き出す。プシュー、という音と共に、黒い煙はモクモクと部屋の中に蔓延まんえんしていく。


「ゴホッ、ゴホッ! なんだこの煙!」


 息が苦しくて、目が痛い。涙が出てくる。何より煙のせいで周りが全く見えないので、どこにモンスターがいるのかわからない。


「まずい……このままだと!」


「グガガガッ!!」


 その時、僕の背後はいごで猿のような鳴き声が聞こえる。慌てて振り向くが、既に遅く。


『ルカさん!』


 50センチはありそうな大きなひづめが、僕の体を殴りつけた。いきなりのことに反応ができず、僕は後方へ吹っ飛ばされた。


「グゲガガガッ!!」


 起き上がろうとした瞬間、素早くフロアボスが僕の上にジャンプで飛び乗ってきた。足で下半身を踏みつけられているため、避けることができない。


 チャンスだと思われたのか、フロアボスは思いきりひづめを振り上げ、僕の体を押しつぶすようにパンチをする。一度だけではない。何度も何度も。僕は攻撃をモロに食らっていた。


「うわあああああ!?」


『ルカさん! ルカさん!』


 リーシャが僕の手の中から声を上げる。僕は何度も殴られながら、なんとか言葉を発する。


「リ、リーシャ……」


『ルカさん! 頑張ってください!』



「……これ、全然痛くないよ」



「え?」


 フロアボスは調子に乗って何度も僕の体を殴りつけてくるが、正直痛くもかゆくもない。音が派手で地面がボロボロ割れているから強そうに見えるけど、見た目の割に全然ダメージはないぞ。


 どうやら僕はこの短期間でかなり強くなってしまったらしい。前だったらこんなモンスターに押しつぶされていたら一瞬で死んでいただろう。でも、今は全然痛くない。なんていうか、逆に申し訳なくなってきたぞ!


「今度は……こっちの番だ!」


 何度も何度も殴られてうっとうしくなってきたので、そろそろ反撃させてもらうことにする。僕は自力でモンスターの足をどかし、立ち上がった。


「グガッ!?」


 自分の背丈よりはるかに小さい人間がいきなり拘束こうそくから逃げることができたから、さぞかし驚いているのだろう。だが本当の驚きはここからだ。


 僕は思いきり地面を蹴り上げ、フロアボスに接近する。ヤギの大きな顔面がさらに大きくなる。僕は思いきりリーシャを振り上げて。


「<セイクリッド・ストライク>!!」


 巨大なヤギの胴体どうたいを真っ二つにする。地面に着地すると、フロアボスはまるでまきのように左右に別れ、ばたりと倒れた。


 リーシャの圧倒的な火力があってこそできる技、<セイクリッド・ストライク>。技名はダンジョンを攻略しながら考えていた。リーシャの光のイメージを参考にした。


『ルカさん! やりましたね! ミラクル起こっちゃってますよ!』


 恥ずかしいから騒ぐのはやめてほしい。それに、僕が強いからあのモンスターを倒せたわけじゃない。リーシャのおかげだ。


「それにしても……ボスって言う割には大したことなかったね。最初に戦ったクマのモンスターの方がよっぽど怖かったな」


 それもそうか。だってこのフロアボスの階よりもかなり深層のモンスターだったんだもん。そこまで到達する人は当然、このヤギも倒してから進むだろう。


『苦戦するよりよかったですよ。何事も安全が第一ですから。それに、ルカさんも自分の実力を改めて認識できたんじゃないですか?』


 リーシャの言う通り、あのヤギの攻撃をくらったことで、自分がどれだけ強くなったのかを理解した。あの程度のモンスターでは、僕にダメージを与えることすらできない。下の階のモンスターを倒すだけでこんなに強くなるんだなあ。


 しみじみと思いながら、僕たちは広間に設置された昇りの階段を見つけ、さらに上層へと進んでいく。


「結局、ボスの間は何層だったんだろうね?」


『あそこがもし25層だとしたら、もう少しでルカさんが構造を知っている23層に到着しますよね。気長に行きましょう』


「そうだね。どのみちもうすぐわかるわけだし」


 もはや相手にならなくなったモンスターたちを倒し、ずんずん進んでいく。



 どうやら僕たちの予想通りボスの間は25階層だったらしく、次の階段を昇ったら、何度か来たことがある23階層にたどり着くことができた。


 そこからはもうゴールが見えている迷路のようなものだったので、楽勝で進んでいった。今までは恐ろしくて仕方がなかったモンスターたちが、目の前で瞬殺しゅんさつされていく。我ながらすごいことになってきたなあと感じる。


 フロアボスを倒してから1時間ほど経過して、僕たちはダンジョンの一階層……つまり、僕がルシウスに落とされた、地上の階まで到着したのだった。

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