第3話 暗闇に差した光

「ふんっ! ふんっ! そりゃあ!」


 エルリーシャと出会ってから数分。彼女は何やらシャドーボクシングを始めた。


「……何やってるの?」


「いえ、この体の限界を調べようかと思いまして。神器級ゴッズの私が人間になったら、どれくらいの力なのかって、気になるじゃないですか!」


 そっか、これまでずっと剣の姿だったんだもんね。体を動かしてみたくなるのも納得できる。


「ルカさん! 私のパンチを手で受けてくれませんか!?」


 しゅっ、しゅっ、とジャブを打ちながら、エルリーシャが近づいてくる。僕はしぶしぶ手のひらを広げて彼女の前に出した。


「おらおらおらっ! どうですか! どれくらいの強さに感じますかっ!?」


 彼女のパンチは、ぺちぺちと音を立てて僕の手のひらに当たる。


「……普通の女の子くらいの強さだね」


「ええっ!? 普通の女の子ですか!? 私は神器級ゴッズですよ!? 超レアアイテムなんですよ!?」


 僕の一言に、ショックを受けるエルリーシャ。そんなこと言われても、本当に普通の女の子くらいの力なんだからどうしようもない。


「ふむ。ジャンプ力、パンチ力、キック力……どうやらこの姿の私は『普通の女の子級』って感じみたいですね」


 感慨深そうにうんうん、と頷くと。


「ルカさん。これからどうするんですか?」


「僕? これからどうするって?」


「いえ、ルカさんはなんでここに来たのかなと思いまして。何か目的があってこの地下にやってきたのでは?」


 そうか、エルリーシャは僕がここにいる理由を知らないんだった。そのことに気付いた僕は、ここまでの出来事を全て話した。冒険者パーティで荷物持ちをやっていたこと。パーティメンバーに嫌われていたこと。そしてルシウスに殺されそうになったことを。


「なるほど……危うく命を落としていたところを、このゴミのクッションに助けられ、私を見つけたと。完全にミラクルですね」


「物は言いようだね。だから、これからどうするかなんて決まってないんだ」


 僕はこれからどうするべきなのか、自分でもよくわかっていない。地上に戻りたいのか? いや、戻ってどうする。悔しいけど、ルシウスが言っていた、『才能のないものに生きる資格はない』ということが忘れられずにいた。向こうに戻れても、僕はまたセシルの邪魔になるかもしれない。


「……私は人間になったら、自分の足で歩いてみたいと思っていました。自分の足で自由に歩いて、好きな場所で生きて、好きな景色を毎日見るんです。それって、素敵なことでしょう?」


 答えられずにいると、エルリーシャが上を見上げて、なにやら語り始めた。


「ルカさんは自分の足があるのに、どうしてそんなに不自由そうなんですか?」


 ハッとした。今まで考えてこなかったが、確かに彼女の言う通りだ。


 しかし、心の中に湧いた希望は一瞬で霧散むさんした。


「でも、駄目なんだ。向こうに戻ったら、また皆の邪魔をするかもしれない……」


「いいえ。才能がない人間に生きる資格がないなんて、そんなことはないと思いますよ」


 エルリーシャはニッコリと笑い、僕の頭をポンポンとなでた。


「ルカさんは、こんなボロボロの私を拾ってくれたじゃないですか。私の声を聞いて、一緒に話してくれた。時間は短いけど、ルカさんが優しいことはわかりました。あなたが生きていけない世の中なんて、そんなものは間違っています」


 いつぶりだろう。そんなふうに言われたのは。


 こんなに弱くて、ぐずぐずしている僕のことを認めてくれる人に出会ったのは。


「こんな僕でも、生きている意味ってあるのかな?」


「絶対にあります。だから見返してやりましょう。相手が提示ていじしたルールで上回って、黙らせてやるべきです!」


 相手が提示したルール。つまりルシウスよりも強くなれということだろう。


「よし、わかったよ。ありがとう、エルリーシャ」


「リーシャでいいですよ。さあ、ルカさん。地上に戻りましょうか!」


 なんだか自信が出てきた。エルリーシャ改めリーシャは、『ミラクル!』と叫んで、元気よく地上の方を指さす。


「でもさあ、強さは僕もリーシャも一般人くらいなんだよね? ダンジョンにはモンスターがいるんだよ。生きて帰れる気がしないんだけど」


 ましてや、自分たちが今、どれくらい地下深くにいるかもわからない。自分たちよりはるかに強いモンスターがゾロゾロいるのは間違いないだろう。


「大丈夫ですよルカさん。私を使えばいいんです!」


「私を使う?」


 リーシャがそう言った瞬間、彼女の体が光を放って、元の片手剣の姿にに変わる。つかが彼女の髪と同じ金色の、何度見ても美しい剣だ。今はボロボロだけど、綺麗にしたら芸術品の域だろう。


『忘れたんですか? 私は神器級ゴッズの『聖剣エルリーシャ』ですよ? 私を使って戦うんです!』


 そうか! 聖剣になったリーシャの力があれば、強いモンスターでも太刀打ちできるかもしれないぞ。僕はリーシャの柄を握ってみる。


「それにしても綺麗きれいな形だよなあ……もう少しよく見てもいい?」


『そ、そんなにジロジロ見られると恥ずかしいですよ……! チ、チラ見でお願いしますっ!』


 これから戦うときもチラ見じゃないといけないの?


『それに、のんびりお喋りをしている場合ではなさそうですよ!』


 リーシャに言われて気が付く。前方からこちらに向かって、巨大なクマのようなモンスターが接近してきている。体長三メートルを超えそうな巨体。一本一本が大剣のような太い爪。一口で飲み込まれてしまいそうな大きな口からはよだれが垂れている。


 もちろんだが、格上の相手だ。『緋色の不死鳥スカーレット・フェニックス』が到達したのは23層まで。今までに僕が見たことがないモンスターということは、ここは23よりも下の層ということだ。


「なにより……まずはこいつを倒さないと帰れないってことだよね!」


『ルカさん、気を付けて! いきなり私を全力で振ると、体がもたないかもしれません! まずは慎重しんちょうに!』


 リーシャが忠告ちゅうこくをする。よし、わかったぞ。まずはこいつの腕にダメージを与える感じで!


「グオオオオ!!」


 熊のモンスターはたけびを上げ、右の前足の鋭い爪で僕を引きこうと振り下ろしてきた。


「くらえっ!」


 上手くタイミングを合わせ、僕は軽くリーシャを横に振りはらう。


「うわっ!?」


 剣を振った瞬間、一気に体が持っていかれる。なんだかとてつもなく長くて重いものを振り回したようだ。あまりの衝撃に、僕は尻餅しりもちをついた。


 しまった。こんなところで転んでいたらモンスターの攻撃を食らってしまう! 慌てて顔を上げて確認すると。


「グオオオ……オオ」


 え?


 すると、クマのモンスターが力のない声を漏らし、バタリと倒れる。絶命ぜつめいしたようだ。


 近づいて確認してみると、胴体に一本の傷跡がある。それはまるで、剣でぶった斬ったような……。


「これ、僕がやったの?」


『そうです。ルカさんが私を使って斬ったんですよ。この程度の敵なら楽勝みたいですね!』


 嘘だろ。僕みたいな雑魚が、S級冒険者パーティが総出も勝てないようなモンスターを一撃で……? リーシャ、強すぎない?


『このままキラッと行っちゃいましょう!』


「よし、わかっ……擬音ぎおん間違ってない?」


 モンスターたちのうなり声が響く洞窟の中を、僕たちは進む。

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