第2話 光も差さないような地下で

 ポツリ、ポツリと雫が水面に落ちる音が聞こえる。


 鼻をつくような臭いで、僕は意識を取り戻した。


「ここは……?」


 確か僕はルシウスに体を掴まれ、ダンジョンに空いた穴につき落とされて……そこまで考えた時、鼻に流れこむ強烈きょうれつ悪臭あくしゅうが気になった。


 自分の周りを見回してみると、辺りには生ごみが散乱していた。そうだ。僕はルシウスに突き落とされて、ここにたどり着いたんだ。


 どうやらあの穴はゴミ捨て場として使われていたらしく、僕の体の下には生ごみが高く積み上げられている。このゴミたちが、空中で意識いしきを失った僕の体のクッションになってくれたらしい。幸い、僕は少し痛みを感じる程度で済んでいる。


 とにかく臭い。そして汚い。僕は体についたゴミを取り払い、異臭いしゅうを放つ山からよろよろと歩き出す。


 ここはどこなんだろう。光は一寸も差してこないし、辺りは湿しめった岩の壁に囲まれているので、ダンジョンの中であることはわかる。問題なのはここが何層なのかだ。


 ダンジョンはいくつかの層になっていて、地下に進めば進むほどモンスターは強くなっていく。体感的にはかなり奥深くまで来てしまったような気がする。当然だが、実力がない僕が勝てるようなモンスターはいないだろう。一瞬でなぶり殺しだ。


 パーティーの『追放者』としてはおあつらえ向きな場所だと思う。光は射してこない、ゴミだらけの地下。こんなところにいるのはドブネズミくらいだ。あと少し打ち所が悪かったら死んでいただろう。生きているか死んでいるのかすらわからない、そんな状態だ。


 まさかルシウスが僕を殺そうとするなんて。彼や、他のパーティーのメンバーから邪魔だと思われているのはわかっていた。それでも、自分から脱退を申し出ればわかってくれると思ったのが……それは甘かったようだ。


 彼の言葉を思い出す。『いいか、俺たちは世界一の冒険者パーティーを目指しているんだ。そのためにもお前の存在は邪魔だ。才能のないやつが生きている資格なんてないんだよ』。


 才能がないから生きる資格がない? ふざけた意見だ。思い出したら、物凄く腹が立ってきた。


 ……しかし、ここからじゃそれを説明することなんてできない。怒りは予想以上にスッと収まり、今度はむなしさが襲って来た。


 こんな真っ暗な場所で死んでいくのか。せめて、大好きな武器や防具たちが近くにあればなあ。有り余るほどの財宝や、人から羨ましがられるような能力はいらない。ただ、もう少しだけ装備品たちにたずさわっていたい人生だった。


 そんな後ろ向きなことを考えながら歩いていると、ゴミの中に一本、片手剣が放り捨てられているのが見えた。僕はそれに歩み寄り、拾い上げる。


 ボロボロで、ところどころびている。だけど形は綺麗だし、どこか心惹かれるものがある。何よりこんなゴミ捨て場に置かれているのがよかった。自分もこの剣も、この世界から必要とされない存在だ。なんだか親近感が湧いてしまう。


『ねえ、あなた!』


 ボロボロの剣を持って、歩きだそうとすると。どこからともなく女性の声が聞こえてきた。


「だ、誰っ!?」


 ビックリして辺りを見渡すが、自分以外に人はいない。聞き間違えじゃなかったぞ。まさか、人の言葉を喋るモンスター!?


『あなた、もしかして私の声が聞こえるんですか!?』


「聞こえるよ! どこにいるの!?」


 返事をするが、誰が喋っているのかはわからない。まさか、この剣が喋ってるとか……? いや、そんなわけ――


 途端とたん、僕が持つボロボロの剣が白い光を放つ。


「うわっ!?」


 暗いところでいきなり発光が起きたものだから、僕は驚いて剣を離してしまった。


「いてててて……もう、いきなり投げるなんてひどいですよ……」


 数秒して光が収まると。さっきのボロボロの剣があった場所に、一人の少女が尻餅しりもちをついていた。


 サラサラとした金色のポニーテール。ミルクのように、きめこまかで真っ白な肌。少女は空のように透き通った瞳でこちらを見ている。洞窟どうくつに射しこんだ一筋の光のような、美しい少女だった。


「え……君、どこから出てきたの!?」


「どこって、あなたがこんなことしたんじゃないんですか? まさか私が人間の姿になってしまうなんて、ミラクル起こっちゃってますよ!」


 ……ミラクル? 待って待って。全然話がかみ合わない。突然の出来事に、思わず口をポカンと開けてしまった。金髪の少女は小首をかしげてきょとんとしている。


「もしかして、君はさっきの剣……なの?」


 自分でも何を言っているのかわからないが、それ以外に答えはない。だって剣が消えて女の子が現れたんだもん。


「はい。そうですよ! 私は『聖剣エルリーシャ』と申します」


 少女は快活かいかつな笑顔を浮かべながら、さも当たり前のように答える。


「僕はルカ・ルミエールって言うんだ。えーっと、よろしくお願いします?」


「はい。光の聖剣せいけんエルリーシャです! よろしくお願いします!」


 困惑する僕に、光の聖剣エルリーシャさんはペコリと恭しく頭を下げた。


「ルカさん。私が人間の姿になったのは、あなたのスキルか何かなんですか?」


「僕のスキルは<アーマー・コミュニケーション>って言って、武器の気持ちがわかるっていうか……そんな感じなんだよね。だから武器が人間になるなんてことはないはずなんだけど」


「なんだか無関係には思えないスキルですね。武器の気持ちがわかるなんて」


「とは言っても、そんな大したスキルじゃないんだ。どこが壊れやすくなっているとか、どこを修理しゅうりしてほしいとか……」


 <アーマー・コミュニケーション>は、剣がいきなり人間になって喋り出すなんて便利なスキルじゃない。武器と会話が出来る、と言ってもぼんやりとだし、彼女のように剣が話しかけてきたのは初めてだ。それは10歳のころにスキルが目覚めてからの6年間でよく理解している。


「逆に聞きたいんだけど、さっき言ってた『聖剣エルリーシャ』ってどういう意味?」


「そのままの意味ですよ。私は神器級ゴッズアイテム、聖剣エルリーシャです。さっきまでの私の姿を見たでしょう?」


――この世界の装備品は、いくつかに階級分けされている。


 一般的に流通している装備品である『天使級エンジェル』から階級が上がっていき、『大天使級アークエンジェル』、『権天使級アルケー』などの階級を経て、最高ランクの『熾天使級セラフィム』まで九段階がある。『神器級ゴッズ』はさらにその上。


 下から3番目の『権天使級アルケー』の装備ですら、一流の冒険者が持っているようなものだ。『神器級ゴッズ』なんて言ったら、神話の時代に用いられていたようなアイテムなはずなんだけど。


「君は『神器級ゴッズ』の聖剣で、女の子で、このダンジョンの地下にいて……?」


 目を輝かせながら『信じて!』とでも言うようにコクコクと頷くエルリーシャの顔を数秒見つめて。


「嘘だあ。信じられないよ」


「ひどいですよっ!! なんでそういうこと言うんですか!! ガウッ!!」


 ふくれっ面で怒るエルリーシャ。頬をプクっと膨らせてジト目でこちらを見てくるのも可愛い。そういう人間臭いしぐさがますます信じられないんだよなあ。僕が必死で謝ると、彼女はゴホンと咳ばらいをして。


「しかし、信じられないと言っても仕方ありません。私も初めてのことなので理解できていないのですが……こう考えるのはどうでしょうか?」


 エルリーシャは人差し指をピンと立てて。


「ルカさんのスキルが『真の実力』を発揮はっきしたということです!」


「真の実力?」


「はい。<アーマー・コミュニケーション>には、『神器級ゴッズ』アイテムを人間にする能力がある……とかですね」


 確かにそれならつじつまが合わなくもないけど……いきなりそんなこと言われても、色々飲み込めないよなあ。


 こうして、光も差さないようなダンジョンで、僕と聖剣エルリーシャは出会ったのだった。

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