第20話 彼は海賊

 エドマンドはぶつくさ文句を言いながらも男を砂浜へ引き上げた。

 顔に水をかけ、思いきり頬をはたく。

 本当に男には容赦がないのね、とマーガレットはあきれていた。


 しばらくして男は水を吐き出し、ぜえぜえと息を荒げた。


「……ってえな。ちょっと乱暴がすぎるんじゃないか。お、美人……」


 男はエドマンドを上から下までながめると、


「なんだ男か」


 とがっかりしたようにつぶやいた。

 マーガレットは噴き出した。


「同じことを言ってるわよ」

「静かにしてください」


 エドマンドは男の胸ぐらをつかんだ。


「何者だ。この武器はなんだ。お前、リカーの人間ではないな?」


 男はしばし息苦しそうにあえいでいたが、やがて口をひらいた。


「そう矢継ぎ早に質問するなよ。死にかけたんだぞ俺は。あばらだって何本かイっちまったしよ」

「質問に答えろ」

「俺が質問したいね。ここはどこだ? 俺の船はどこへいった?」


 殺気をこめたエドマンドにおびえることなく、ひょうひょうとかえしている。

 マーガレットは眉をよせた。

 ひょっとしたらこの男、ただ者ではないのではないか。


(普通の男ならエドマンドに任せて……街の病院へ連れて行ってもらうのだけれど)


 マーガレットは男の顔をまじまじと見た。

 見知らぬ土地に流れ着き、命の危機だったというのに混乱している様子もない。

 それに所持していた武器のことも気になる。


「怪我人は王宮へ運びなさい」

「しかし」


 エドマンドは抗議する。

 この荒れた情勢の中、身元怪しい男を王宮の中に引き入れるなどとんでもないと言いたいのだろう。


「罠かもしれない」

「心配なら武器は全部とりあげて、丸裸にして身体検査なさい」

「本当に連れて行く気ですか?」

「私の命令が聞けないの?」


 エドマンドは舌打ちをした。


「あなたはやめろと言われるとやりたがるんですからね、いつも」

「わかってるならさっさとやって」

「ご不快なものを目にするといけませんので、私の背に」

「おい。不快ってなんだよ。か弱いけが人に向かって、いってぇ」


 エドマンドは文句を言いながらも従った。

 水でずっしりと重くなった男の服をはぎ、すべてを取り上げてしまうと、なにも脅威がないことをたしかめた。


「この男はなにも持っていないようです」

「なら良いわ」

「人を真っ裸にして、あんたら血も涙もないのか」


 エドマンドの背に隠れたまま、マーガレットはたずねた。


「あなた、名前は? 素性をなにもかも教えてくれたら服を返してあげるわ」

「俺に裸でいろっていうのか、見知らぬ土地で?」

「教えてくれたら怪我の手当もするし、衣服も食事も与えてあげるわよ」

「なんて女だ」


 男が悪態をつくと、エドマンドが殴りつけた。

 マーガレットは「やめなさい」と彼を制する。


「わかった、わかった! なんでも教えてやるさ。服をかえしてくれ」


 男は観念したようである。

 いくら真夜中とはいえ、もたもたしていればじきに夜は明ける。

 なにも身につけていないままでは騒がれる。


「セシリオだ。苗字はない、流れ者だからな」

「職業は船乗り?」

「まあ、そんなところだ」


 エドマンドはしばしセシリオの顔をながめて、たしかめるように彼の前髪を乱暴にかきあげた。


「セシリオ・バールだろう」

「まあ、苗字はあったかもしれない。ずいぶんと使っていないから忘れたが」


 セシリオは途端に口をもごもごとさせる。


「知り合い?」

「国際指名手配されています。奴は海賊です」


 ――それで銃とナイフか。


 マーガレットは押収品に目をやった。

 海の上で場数を踏んでいたらしい。

 これまでの態度や所持品からして、納得がいった。


 指名手配犯を見つけたからには縄をかけておかなくてはならない。

 この男、街の病院では手に負えないだろう。


「服を返してやって。王宮へ連れて行きます」

「おい、人の名前聞いといて自分は名乗らないのかよ」


 もどかしげに下履きに足を入れながら、セシリオは叫ぶ。


「お高くとまりやがって。どこのお貴族さまだ」


 マーガレットは、すっかり服を着こんだセシリオを見た。


「教えてあげます。あなたがたどり着いたのはリカー王国、王都にほど近いナラダ海の海岸です。そして私はこの国の女王、マーガレット・ヴィア・リカー。あなたの命運は私が握っています」

「嘘だろ」


 セシリオはエドマンドにとらえられ、荷物のようにぞんざいに馬にのせられた。


「あばらに響く、やめろよ」

「ふりおとされたくなかったら、じっとしていてください」


 エドマンドは無視をして、そのまま馬にむちをくれてしまった。


 このセシリオとの出会いが今後の戦いに大きく影響を及ぼすことを、マーガレットはまだ知らなかった。

 

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