第19話 海辺のすてきな拾いもの?
マーガレットは、海岸沿いを歩いていた。
遠くからエドマンドがついてくる。
馬を駆け、海のそばにたどりつくと、がんじがらめになった運命から解き放たれ、自由になったような気がした。
目立たない乗馬服に袖を通し、髪もまとめて帽子の中に押し込んでいるので、暗闇の中では女にも見えないであろう。
マーガレットは女にしては長身なので、こういったときは便利であった。
民衆の反乱は、一応はけりがついた。
聖職者たちの協力もあり、マーガレットは彼らの代表者と話す機会を設けた。
マーガレットが歩み寄ったことで炎のように燃え上がった民衆の感情は一時沈静化し、彼らはそれぞれの家へ帰っていった。
マーガレットは彼らの疑問のひとつひとつに答えた。
これ以上税を課すつもりはないこと。
シーガンの葬儀はごく一般的な王族よりも費用が押さえられたものであったこと。
国民たちがヴィア家の王に不満があるのは理解していること。
ビラの情報の多くはでたらめであること。
宝剣がなくなったことは――もう周知の事実ではあったが、現在調査をすすめている、という言い方にとどめた。
マーガレットもまだ全容を把握しきれているわけではないからだ。
「私に直訴をしにきたのでしょう。あなたがたが私に伝えたいことを、教えてください」
マーガレットの言葉に、代表者として現れた男はとうとうと話し出した。
苦しい生活ゆえに将来に不安があること。
彼の息子は税金を払えずに逮捕され、投獄されたこと。
税金の滞納者は家を奪われ、住む場所もない浮浪者が町中に転がっていること。
子どもたちが働きにだされていること――。
税金滞納者を一時釈放する旨、そして支援物資を配布する旨を約束し、家のない者はしばらく教会に寝泊まりできるように要請を出すことにした。
(しかしこれは一時しのぎにすぎない)
ライオネルの軍も差し迫っている。
どうあっても軍事に費用をかけることになってしまう。
素直にライオネルに王冠を渡せば――という心の声が何度浮かび上がってきたことか。
しかし、この反乱は明らかに仕組まれたものである。
ライオネルに王位を譲ったところで、リカーは良い国になるとはかぎらない。
なにより、卑怯な手立てで王冠を奪われることが我慢ならない。
「お前など女王にふさわしくない、引っ込んでいろ」と言われれば言われるほど、マーガレットの玉座への執着が増した。
素直でない性格が災いとなるかそれとも祝福となるかは、現状ではわからなかった。
あてどもなく歩き、波音に耳を澄ませる。
靴が汚れるのもかまわずにやわらかい砂を踏み、彼女は目を閉じた。
――戦うほかないわ。私を信じてついてきてくれる家臣がまだいるのだもの。
エドマンドは話しかけて来ない。
しばらくひとりになりたいという彼女の願いを聞き入れてくれたのだった。
身を危険にさらしているのは理解しているが、王宮の中は息がつまる。
ここには、覚悟を決めるためにきた。
広大な海の前では女王でもヴィア家の娘でもなく、ひとりの人間でいられる気がした。
今思えば修道女であったときも、似たような感覚だったのかもしれない。
神の前ではマーガレットも等しく人の子であった。
(いえ……最初から、私は人の子でしかない)
人の子になにができるか。
苦しむ人に手を差し伸べることはできるか。
戦いを、被害を最小限におさえた上で終わらせるには――。
しばし思考にふけっていると、エドマンドが神経質な声をあげた。
「女王陛下。お下がりください」
「どうしたの?」
「波打ち際に誰かが倒れています」
マーガレットを背後に押しやると、エドマンドは注意深く浜辺に打ち上げられた黒い塊に近寄っていった。
波にさらされ、ずぶぬれになった人が横たわっている。
「まさか人魚?」
「男です」
エドマンドが転がっていた枯れ枝でつつくと、男は野太いうめき声をあげる。
生きているようだ。
長い髪が首や頬にからまっていたのでてっきり女かと思ったが、がっしりとした体躯の男であった。
エドマンドは興味を失ったようで、枯れ枝をぽいと捨てた。
「男の人魚なら用はないです」
「足があるわよ、人間でしょう」
「人間の男なんて最も用事がないですよ。女なら大歓迎ですが」
「奥さんがいるくせに」
「武器を所持していますね。水が入って使い物になりそうにないですが」
ベルトに固定してあるのは小型の銃だ。
大陸で流通している最新式である。
エドマンドが軍の装備に取り入れたいとねだってきたのと、そっくり同じ型だ。
それにナイフが数本。
「早く助けてやってちょうだい。武器はとりあげて」
「やれやれ。女王陛下が「ひとりになりたいの」なんて乙女ぶったことを言うから。部下がいないときにこんな面倒に出くわすとは」
「乙女ぶってて悪かったわね」
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