第18話 正統なる反逆者

 自分がリカー王国を変えてみせる。


 若く勇ましい男たちはライオネルに忠誠を誓い、陣営に加わった。

 ライオネルはその顔ぶれに満足そうにうなずくと、ひとりの男を紹介した。


「心強い味方を得た。シラナ国のアシア王子だ。みなも知っての通り、俺と同じグレイ家の血を継ぐお方である。アシア王子、こちらへ」


 アシアは続き部屋からゆっくりと入ってきた。

 すらりと背の高い、灰色の髪の美丈夫である。

 彼は水のように薄まった青い瞳で周囲を見渡した。


「リカーの国民がライオネルを王にと望んでいる。私としては、それを手助けしないわけにはいかない。ライオネルは私の親戚、兄弟のようなものだ」


 彼は気安くライオネルの肩を抱いた。

 シラナ国は大陸に位置する大国のひとつで、アシア王子は王位継承権第三位。

 ここでリカーに恩を売っておけば、彼の立ち位置も変わるかもしれない。

 シラナ王国は、長子に王位を継がせる必要はなく、国のためにもっとも貢献した者が次の王になる。いわば実力順なのである。


(利害の一致だ)


 承知の上だった。

 親戚同士助け合うことが目的なら、この二十年の間にいくらでも手助けをする機会はあったはずだ。

 だがアシア王子やシラナ国側はこれを無視し続けたのである。


 当時はグレイ家とヴィア家の内輪もめに担ぎ出されて兵や財を失ってはたまらない、と考えていたに違いない。

 しかしシーガンが亡くなり、いまは経験の浅い女王がひとり。

 弱った王宮ならば攻める価値があるとしたのだろう。

 ライオネルにとってはいけ好かない考えではあるが、戦略としては間違っていない。


「リカーの玉座は神聖なるもの。けして、娼婦の子孫などに継がせるべきではない!」


 熱っぽく言うアシアに、次々と同意の声があがる。

 ライオネルはなにも言わなかった。

 彼は一度ヴィア家の王に忠誠を誓っている。

 一度誓ったものを覆すのは、彼にとっては気が進まないことであった。


 こうなってなお、こだわりを捨てきれない己を自嘲する。

 自分のしていることはすでに反逆行為だというのに。


「決戦の地はおそらくワースの地になるだろう」


 リカー王国の中心地。

 西から攻めるライオネルたちを止めるにはここが一番である。

 女王軍はワースの地で足止めをするはずだ。


「ヴィア王朝に味方する者はすべて殺せ」

「万が一、マーガレット自身がワースの地へやってきたらどうします?」

「マーガレットは女だ。女王の代わりに前線に出るのは騎兵大尉のエドマンド・ラドクリフだろう」


 ――俺の手を振り払い、ひとりで玉座に座ったマーガレット。

 殺気だった国民と衝突すれば殺されてしまう。


 その前に自分が兵をあげる。

 そして彼女をとらえる。

 今度こそ、正々堂々と。


「女王は殺すべきでは」

「殺すな。血筋では俺が有利、俺が玉座に座ればマーガレットなどなにも脅威ではない。まだ利用価値はあるはずだ」


 マーガレットはライオネルに似すぎている。

 これ以上、同じ顔が死ぬのは見たくはない。


(マーガレット。お前に女王は荷が重すぎたのだ)


 その荷物、俺が代わりに背負ってやろう。

 ライオネルが険しい顔をしていると、側近のひとりが発言した。


「マーガレットは宝剣を失った様子。やはり神が選んだ王はライオネル陛下ということで間違いないでしょう」


 仲間たちはそうそうにライオネルを「陛下」と呼んでいた。

 本当の意味で「陛下」と呼ばれるには、戴冠式が必要である。


「宝剣を?」

「はい。さきほど早馬がきて、私に知らせてくれました。大聖堂から宝剣が消えたそうです。おかげでマーガレットは戴冠式もできず、まだ正式に王ではない。都合が良いではないですか」


 都合が良すぎる。

 ライオネルは周囲を見渡した。

 反乱のことも、宝剣のことも、ライオネルは一切関与していない。

 なにもかもが自分にとっての追い風だった。


 だが、あまりにも強い風だ。

 マーガレットはおそらくすべてライオネルが仕組んだことだと思っているだろう。


「確認しておく。――この中で、宝剣を盗んだ者はいないな?」


 家臣たちは顔を見合わせる。

 その表情からは何も読み取れない。


「宝剣は大聖堂に納められるべき国宝だ。勝手な持ち出しは許されない。宝剣がなくなるのはいくらなんでもできすぎている。俺の陣営の誰かがやったと思いたくはないが――もしそれが事実であった場合、恥ずべきことだ」

「仲間を疑うなんてやめておけよ、ライオネル」


 アシアはおどけたように言った。


「これもすべて神の采配だ。マーガレットは女王にふさわしくない。宝剣がなくなったことはその証左だろう?」

「俺は神を信じているが、神が宝剣を忽然と消すような奇跡を起こすとは思えない」

「宝剣がなくなったら君だって戴冠できないんだぞ。なにも君にばかり有利ということではない」

「それはそうだが」


 釈然としない。

 アシア王子のように楽観的には、とてもじゃないが考えられない。


「君がマーガレットを討ち取ったあと、ひょっこりと宝剣が出てくるようなことがあれば、それは本当の奇跡なんだろうけどね」


 アシア王子の瞳が意地悪く細められる。

 そんなできすぎた奇跡、いくらなんでも体裁が悪い。

 盗みを疑われるではないか。


「せっかく士気が高まっているというのに、今の発言はいただけないね。ライオネル。運だって実力のうちだ。ともかくマーガレットは戴冠できない。君だって戴冠できない。これは君にとって千載一遇のチャンスだ。それならばその手で王冠をつかみ取るだけさ。戦場での経験がないマーガレットなど恐るるに足らず! せっかく神が整えてくれた勝利への道、進まない手はあるかい?」


 アシア王子は薄く笑った。


「……どのみち、君はもう後戻りなんてできないんだからさ」


 ライオネルはカーテンを開けて、露台へ出た。

 アシア王子の引き連れた軍が赤いマントをはためかせ、ずらりと並び立っている。


「もうすぐ船で援軍が到着する。そうすればリカーの国王軍の数などゆうに超えるさ。勝利は君のものだ、ライオネル」

「……ああ」


 ライオネルは深く息をつき、家臣の方へ振り返った。


「まずは港町へ。アシア王子の援軍と合流し、ワースを目指す」


 後戻りはできない。

 これは自分の意思で進んだ道であるはずだ……。


 だが、この胸騒ぎはなんだ?


 ライオネルの顔をのぞき込み、アシア王子は口をぱくぱくと動かす。

 「士気が下がるぞ」。


 戦の前に気持ちが揺らぐことは、ときたまあることだ。

 今までも父のやり方とそぐわずそういったことがあったではないか。

 忘れもしない、偽王に密かに協力することになった、ワースの戦いのときも。


(今度の総指揮官は俺だ。なのになぜ、こんな気持ちになる)


 父が引退した今、誰にもおもねる必要はない。

 俺は俺の戦をするだけだ。



「ヴィア王朝を倒し、マーガレットをとらえよ」



 ライオネルの言葉に、家臣たちは力強く応えた。

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