第17話 悪い魔女は誰

 ご丁寧に風刺画までついている。

 マーガレットらしき女が地面に横たわる棺に足をかけ、ひもじい男から貨幣を奪い取る様子であった。

 とりあげられた貨幣は棺の中にぼろぼろと落とされている。


 アリスは憤慨している。

「なにも知らずに、言いたいこと言ってくれるじゃない。表にいるやつら、どいつでもいいから手あたり次第ひっぱたいてやりたい」


 シーガンの葬儀は一般的な王族の葬儀よりも費用を削減したはずだ。

 事実無根の中傷である。

 なにもかもヴィア家の血につなげて、国民が悪感情を抱くように誘導されている。

 あわただしく甲冑を鳴らす音が響いた。


「女王陛下! 至急お伝えしたいことが――」

「言いなさい」


 どうせろくなものではない。

 マーガレットの予想は的中した。


「ライオネル・グレイが兵をあげました。王位の譲渡を要求しております!」


 マーガレットは、ビラをくしゃりとにぎりしめる。


「そんな気がしていたわ」


 ライオネルにとってはまたとない好機である。

 ヴィア家の治世で国が荒れるならば、自分の役割を果たすまでだ――。

 私が結婚を断ったとき、彼はそう言った。


(国を荒らしているのは私とライオネル、いったいどちらか……。それは後の世の人間が決めること)


 各地で反乱が起き、何者かがヴィア家を憎むように扇動し、宝剣は消えた。

 そのすべてがライオネルと無関係であるとするには無理がある。


 だが、彼を信じたいと想う気持ちがどこかにある。

 彼こそが正しい王の血を継ぐ者だと、わかっていたからこそ。

 ライオネルには、神が愛する男であってほしいというひとりよがりな願いだ。


 しかし、女王となったからには他者を「王」だと認めることはあってはならない。

 マーガレットは声をあげた。


「全軍に告ぐ。反乱軍を迎え撃つ。準備を整えよ!」

「は!」


 エドマンドは手袋をはめ、けわしい顔つきになった。


「各将軍と作戦を練ります。ライオネル・グレイはおそらく彼の領地である西部地域から王都へ向かうでしょう。まだわずかながら時間がある」

「作戦には私も参加します」


 アリスはマーガレットの手をぎゅっとにぎりしめた。


「……宝剣のことは、任せて。まだ王都にあると信じて、私と伯父さまで探してみるわ。あなたは必ず生き残って、玉座に座り続けるのよ」

「ありがとう、アリス」

「神のご加護を」


 アリスはマーガレットの手の甲にキスを落とすと、伯父と共に談話室を出て行った。

 反乱が起こった以上、のんきに宝剣を探しに行くわけにはいかない。

 すでにマーガレットが宝剣を失ったことは周知の事実となってしまった。

 こうなったら急いで探し出す必要もあるまい。

 そちらはアリスとトマスに任せるほかないだろう。


 騒ぎを聞きつけたマーガレット派の家臣たちが馬に鞭をくれて王宮へと駆け込んでくる。

 マーガレットはマントの裾をひるがえし、議会の間へと向かった。





 機は熟した。


 グレイ家の古城には、ライオネルを支持する貴族たちが集まっている。

 じきに「国王派」と呼ばれる彼らは、きたるべき戦を前にして周到に準備を整えていた。

 女王マーガレットを倒すためである。


 シーガン国王の治世は短く、成したことといえば税金の引き上げとわずかな治水工事のみであった。

 ヴィア王朝は国民の信頼がうすく、わずかな課税を行えば、じきに大がかりな増税の呼び水となるだろうと恐れられていた。 

 西部地域の教会は彼らの味方だった。

 たびかさなる説教ですっかりマーガレットに対し疑心暗鬼になった国民たちは、彼女を玉座から引きずり下ろすことを望んでいた。


 シーガンは病死したが、まだ若く健康なマーガレットはそうはいかない。

 愚王を何十年もリカーの玉座に留め置くのは許さない、と国民たちは声高に叫んだ。

 ライオネルは、動かないわけにはいかなかった。

(担ぎ上げられるかたちとはなったが、これは俺の意志でもある)



 王になりたい。



 物心ついて戦場に出てから、ライオネルの願いはそのひとつだけだ。



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