第14話 父王の死


「王女殿下、大変でございます。国王陛下が!」


 叫ぶようにして医務官がマーガレットを呼びにきたとき、すでに夜はとっぷりと更けていた。

 マーガレットはベッドに横たわり、うたた寝をしていた。

 昼間の議会のこと、ライオネルの求婚のこと――さまざまなことが頭をよぎり、眠れなかったのである。


 急いで夜着にガウンを羽織り、エドマンドと共に国王の私室へ向かった。

 重臣たちは揃って父の寝台のまわりで、おろおろとしている。


「どういうことなの?」

「反乱のことが精神的に負担をかけたのでしょう。持病の発作が出たようで」


 シーガンの顔は真っ青になり、高熱を出しているようだ。

 呼吸もままならず、ぜいぜいと苦しそうにあえいでいる。


「危篤の状態でございます」

「嘘でしょう」


 マーガレットは思わず立ちくらみがする。


「王女殿下を休ませろ、もたもたするな」


 エドマンドに支えられ、マーガレットのために長椅子が運ばれた。

 差し出された水をあおり、マーガレットは父の苦しそうな寝姿を見るともなく見ていた。

 しばらく父の看護を手伝ったが、咳き込む父の姿を見るたびに息苦しくなってきて、しばしの間医務官と交代をし、風にあたることとした。


(次から次へと……いろんなことがありすぎて……)


 冷たい風が吹きすさび、マーガレットが身震いをすると、エドマンドが「ショールを取って参りましょう」とめずらしく気を利かせてくれる。

 よく晴れて、群青色の空に雲ひとつなかった。

星々のまたたきにしばし目を奪われていたとき、肩にあたたかいものがかけられた。


「ありがとう、エドマンド……」


 マーガレットは目を見張った。

 そこにいたのは己の騎士ではなく、ライオネルであった。


「お前の侍女に頼まれた」


 確認すれば、たしかに自分のショールである。

 マチルダはなぜこの男に預けたのだろう。


「……どうもありがとう」

「――昼間のこと、考え直さないか」


 マーガレットは黙っている。

 ライオネルは静かに続けた。


「たしかにお前の言うとおり、グレイ家は偽王に手を貸した。恥ずべき行いだったと思っている。ヴィア家は共に偽王を倒そうと言っていたのだからな」

「……」

「そしてそのたくらみは失敗に終わり、王位についたのはヴィア家だった。俺は後悔したよ。なぜそのような作戦を容認し、実行してしまったのかを。まだしも正々堂々と戦いヴィア家に負けたほうがましだった。ヴィア家の男に命をとられ、戦を終わりにしてしまえばと」


 ライオネルの横顔を盗み見る。

 天をあおぐ彼の瞳には空と同じく、曇り一つなかった。


「卑怯な作戦に出たのは恥だ。俺はその恥を一生抱えて生きていかなくてはならなくなった。ヴィア家に表立って糾弾されなかったことで、自分で自分を責めるほかなくなった。神に選ばれた一族という自負があるなら、それにふさわしい行動をとるべきだったのだ。それができなかったのは、二十年をかけても勝てないほどシーガン国王があまりにも強すぎたこと、そして己の弱さゆえ」

「ライオネル……」


 たとえ卑怯であっても、そういった手立てを打たなければ勝てない。

 当時のオリヴァー・グレイとライオネルはそう判断した。


 マーガレットはただ夜空を見上げる。

 以前にも似たようなことを考えたことがあった。

 もし生まれる家がほんの少しだけ違っていて、私がグレイ家に生まれていたら。

 男であったら。

 戦士であったら。

 ほんの少し状況が違っていたら――同じ手を使わないとは言えないのではないか。


 ライオネルは切羽詰まったような声をあげた。


「また――これはけして俺の差し金ではないと信じてもらいたいが――国は揺れている。そして多分、この騒ぎが大きくなれば、俺は担ぎ上げられることになるだろう。王位継承者のひとりとして」


 ライオネルは、マーガレットに視線を向けた。


「争いをなくすための唯一の手段だ、マーガレット。俺を夫にしろ。……それができないのなら、次に会うときはおそらく敵同士になる。今回のようなことがあっては、ヴィア家の家臣たちはけして俺を受け入れないだろう。そして俺のもとにも、少なくない数の貴族たちが集まっている。このままでは、国が割れる」

「ライオネル」

「グレイ家の夫を得れば、すべてがおさまる」


 マーガレットは、声を詰まらせた。


 父はすでに意識がなく、摂政たちはおそらく反対するであろう。

 ヴィア家とグレイ家。

 けして相容れないふたつの家。

 どんなに時が経ってもアナベラ・ヴィアはおぞましき娼婦であり、そして王冠はマーガレットをけして認めない。


「――私は、決めたの。二十年間王はいなかった。なにかの因果でこうして私たちヴィア家に王冠が認められた。その因果を信じ、すがることは、私の中で失われかけていた信仰を取り戻すことだと」

「マーガレット」

「あなたにほんのわずかでも疑いがある以上、あなたの手を取ることはできない。私は私の信じる男を夫にする。それがこの国を守るということよ」


 マーガレットは、ライオネルをまっすぐに見つめた。


 この反乱が作為的なことはわかっている。

 国を背負う者として、屈してはならない。

 曇った目のままで、大きな決定をくだすことはできない。

 すべての疑いを晴らし、己の指先がなにをつかむのかを理解するまで。


「……わかった」


 ライオネルは静かに言った。


「残念だ、マーガレット。どのみち俺は、家臣を信用しない王に仕えることはない。ヴィア家の治世で国が荒れるならば、自分の役割を果たすまでだ」

「――マーガレット殿下!」


 医務官の声に、マーガレットは顔をあげた。


「国王陛下が……!」


 ライオネルに一瞥をくれてから、マーガレットは寝台へとかけだす。

 握りしめた父の手は、氷のように冷たかった。



 別れのときであった。

 命の灯火が消えゆく瞬間が、マーガレットにはいやでもわかった。

 内乱が終わり、ようやく再会できたというのに……ろくに親子らしい時間を過ごせなかった。



 まもなくシーガンが息をひきとると、王の寝台によりかかったままのマーガレットに、家臣たちはひざまずいた。


「国王崩御! マーガレット女王、万歳!」


 マーガレットは涙ながらに家臣をながめた。

 ライオネルの姿は、どこにもなかった。


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