第13話 急転直下
緊急に開かれた議会で、各地の領主が集まった。
シーガンは怒気をはらんでたずねた。
「西部地域の現状は知っているな。こうなった経緯を説明せよ」
反乱の発足地は、リカーの西部地域、コーズである。
コーズをおさめるホレー伯は青い顔をして、もごもごと口を動かした。
「我が領地の民がこのような行動を起こしたこと、まことに申し訳なく……。しかしながら、国王陛下。コーズの名産品はご存じの通り、葡萄でございまして。その……誠に申し訳なくは思っているのですが……」
「葡萄の圧搾機に税金をかけたことが原因ですか?」
マーガレットが言うと、コーズ伯が恐縮しきったようにうなずいた。
シーガンはこぶしでテーブルを叩く。
「葡萄の圧搾機で、まだ済んでいるのだぞ。これがわからないか。本来ならばパン焼き釜や水車小屋にすら税をかけなければならないところを、しばらくこれで様子見をすることにしたではないか」
「その、様子見が問題なのです陛下」
コーズ伯はうろたえながらも続ける。
「どうやら民は、葡萄の圧搾機の次はパン焼き釜、パン焼き釜の次は水車小屋、次々と税を課されるであろうということを「なぜか」知っており、このままではまずいと先手を打って行動に出たのでございます」
「パン焼き釜や水車小屋はもう少し国が安定してからの計画だったはずよ。十年後、二十年後には「いずれそうせざるをえないかもしれない」というだけで、まだ確定はしていないわ」
課税はしたが、それを無駄遣いしているわけではない。
葡萄の圧搾機から取った税金は、コーズ市内の建物の修繕に使う予定だ。
まだ税を取り上げただけで、工事に着手はしていないが。
「これがコーズ市内で配られたビラです」
エドマンドがそれをシーガンに提出する。
西部地域へ慈善活動の旅へ出ていたファウル女子修道院のシスターたちから、これを転送してもらったのである。
「アナベラ・ヴィアの子孫は王座にふさわしくない。湯水のように税金を使い、毎日のように王宮で夜会を開催。勝利の美酒に酔うためなら国民をふみつけることも辞さない、恐怖のあばずれ女の末裔たち……」
マーガレットはビラから目を背けた。
あまりにも汚らわしい。
かつての修道院の仲間がどんな気持ちでこれを封筒に入れたのか、想像するだけでおかしくなりそうだ。
「お前はこれを放っておいたのか、コーズ伯よ」
「断じて違います陛下。課税項目が増えることは、よくよく市や村の代表者と話し合い、理解をいただいたはずです。ですが教会側からは難色をしめされており――」
「教会?」
「一番大きな圧搾機は、町の教会にあるのです陛下。ご存じの通り公共資産は安全のためにも教会へ置いておくのが通例でございまして――」
パン焼き釜や葡萄の圧搾機、織物機などは高価であり、個人で購入することが難しい。そのため村や市の教会へ置き、共同で使用している。
「そんなわかりきった説明はよい」
「申し訳ございません。葡萄の圧搾機に税金をかけるということは、葡萄酒自体もそれによって値上がりするということであり、教会としてそれは困ると――。職人たちは葡萄酒を教会へ安価で提供していたのです。それが課税によってできなくなると。教会はその葡萄酒を日曜市場で売ったり奉仕活動に使ったり他の教区へ物々交換をして収益を得ていたのでして……」
「それでお前はどうしたのだ」
「もちろん、これは一時的な措置であり、内乱で壊れた建物を修復するためだと何度も伝えました、陛下。ですが教会側も断固として譲らず、結局課税は強行することになったのでして――」
それゆえの反乱である。
「すぐに、我が兵士たちが鎮圧いたしました。もう二度とこのようなことがないように注視いたしますが、なにぶん教会が相手となると、非常にやりづらく――ここはリカー国教会からの勧告も必要であるかと……」
教会は領主に従うわけではない。彼らには彼らの組織がある。王ですら、戴冠の際は大聖堂で王冠を授けられるのだ。教会の権威は強く、特にリカー王国では権力闘争でしょっちゅう領主が交代するため、民の信頼は領主よりも教会におかれていた。
「――このビラでは、次の王にライオネル・グレイ公を指定されているようですが」
エドマンドはビラを扇のようにあおってみせる。
「反乱が起こっているのは西部地域だけではない。調べによると、あちこちで小規模な反乱やデモ行為が起きているようだ。不思議なことに、どの土地ももともとグレイ家を指示していた領主たちの膝元である。お心当たりはありませんかな?」
ライオネルは不愉快そうに顔をゆがめた。
「何が言いたいのだ、ラドクリフ大尉。俺がその反乱を先導しているとでも?」
「さあ、まったく関与されていないとでもおっしゃりたいのか? ここにはっきりと、あなたを次の王に指名しているではないですか」
「そのようなくだらぬビラ、信じる方がどうかしている。貴殿は、お仕えする王が「あばずれ女の末裔」だとお思いか?」
「おお、これは一本とられたな」
ライオネルはだらしなく笑った。
議会の間に、はりつめるような緊張が走る。
「……ここで争っても仕方がありません」
マーガレットは仕方なく割って入った。
「コーズ伯。反乱を起こしてまで私たちに訴えかけるということは、西部地域ではそれほど貧しい人々が集中しているということです。もう一度彼らの生活水準を調べ上げ、私に報告してください。圧搾機に税をかけると言い出したのは私ですから、私が責任を持ちます」
「王女殿下」
「生活に苦しんでいるようでしたら課税の時期を改めますし、支援物資を送りましょう。早急に対応してください」
「かしこまりました」
恐縮しきったように頭を下げ、コーズ伯は小間使いを呼び、急いで自分の部下に伝令を伝えさせる。
シーガンはあらためて命じた。
「反乱が起きている各地の状況をとりまとめ報告せよ。どんなに小さな反乱でも見逃すな。民の主張や首謀者の情報――そして、教会との関係を洗い出せ。ビラはただちに回収し焼却処分をせよ」
「御意に」
「それでは急ぎとりかかれ。私は大司教と話をする」
シーガンが席を立つと、みながせわしなく動き出した。
あのビラの内容が目に焼き付いて離れない。議会の内容をとりまとめようとしたが、指先がまったく動いてくれず、ペン先がみにくいシミを作っている。
「王女殿下。少し良いか。ふたりだけで話がしたい」
マーガレットは驚き、顔を上げた。
ライオネルがそばに立っている。
この局面で、ふたりだけで話を――。
背筋に緊張が走った。
そばにいたエドマンドが、うかがうような視線を向けている。
「……エドマンド、席を外して」
「かしこまりました」
エドマンドはライオネルをひとにらみしてから、議会の間を出て行った。
だだっぴろい部屋で、ライオネルとマーガレットはたったふたりきりとなる。
「反乱は、俺が仕組んだことではない」
ライオネルはそう言った。
だが、状況はライオネルに追い風だ。
反乱は鎮圧できているものの、民の悪感情は確実に根付いている。
これからなにか政策を打つがごとに、ヴィア家が反感を買うのは必至だ。
「そんなことを言うために人払いを?」
「……いや……そうなんだが……」
ライオネルははっきりとしない。
マーガレットはいらだった。
「申し訳ないけれど、忙しいの。教会にも事情を聞かないといけないわ。それに報告を待っているだけじゃ対応が遅れる。事前策を講じておかないと」
マーガレットは立ち上がり、書類をまとめた。
ライオネルは言いつのる。
「このまま放っておけば、シーガン国王陛下は王ではいられなくなるぞ。父親が手にした王冠をみすみす逃したいのか」
「何が言いたいの!」
思い切ったようにライオネルは言った。
「俺と結婚しろ」
マーガレットは思わず口をつぐんだ。
「そうすれば反乱はおさまる。ヴィア家とグレイ家がひとつになれば」
彼の顔は真剣そのものである。
ライオネルが今までふざけて物を言ったことなど一度もない。
同じ顔立ち。同じ青の瞳。
鏡と向き合っているようなのに、いつもマーガレットにないものを持っていた。
マーガレットは、彼のまなざしに気圧されて後ずさる。
ライオネルはそんな彼女の腕をつかんだ。
「二十年も争って……いまさらそんなかたちをとれというの」
マーガレット一人ではけして解決できないということを、彼はしめした。
ヴィア家では国民の信頼を集められない。
国民にとって、父やマーガレットはどこまでいっても簒奪者でしかないのかもしれない。
ライオネルのその存在自体が、ヴィア家の現状をマーガレットに再認識させる。
「ヴィア家の出自が問題なら、グレイ家の血を利用しろ」
その言葉が、マーガレットの胸につきささる。
彼女はライオネルの手を振り払った。
「あばずれ女の末裔だから?」
「王女殿下」
「「王女殿下」ね。その呼び名も、私にふさわしくないと思っているのでしょう」
あのビラの文句がちらついた。グレイ家や彼らに与するものにそう言われるのは仕方がないと思っていた。なぜなら彼らは二十年も争った敵同士なのだ。
けれど、国民までそう思っているのなら……どんなに彼らを想って努力していたとしても……そう思われているのだとしたら。
私は王位継承者だ。
だが神は私を認めていない。
国民たちでさえも――。
「そうじゃない。俺は国王陛下に忠誠を誓った身だ」
「でも、みんながあなたを王にしたがっている!」
「冷静になれ。一連の反乱は作為的すぎる。「みんな」などと大きくとらえるな」
「「みんな」がこう思ってる。あなたがワースの地に遅れてこなかったら。……偽王に手を貸していなかったら?」
ライオネルははっとしたような顔をした。
偽王とグレイ家の関与にかんしては、明るみにはしなかった。
けれど証拠はつかんでいる。
グレイ家はあまりにも大きくなりすぎた。
だから徹底的に排除することはできなかったのだ。
そうして今も、マーガレットを苦しめ続けている。
「全部知っているの。到底あなたを信じられないわ。一時は……こんな時代でもなかったら、あなたを兄のように思えたかもしれないと思っていた、それでも無理よ」
「王女殿下、それにかんして説明がしたい。俺の話を」
「エドマンド!」
マーガレットが彼を呼ぶと、すぐさまエドマンドは部屋に入ってきた。
マーガレットの手をとり、きびすをかえす。
「王女殿下、俺の話は終わっていない」
「あなたの話など聞きたくないわ。ごきげんよう、グレイ公」
マーガレットは彼の方を見なかった。
色々なことがあって、動揺していた。
「大丈夫ですか?」
エドマンドに声をかけられ、マーガレットは気丈に前を向いた。
「問題ないわ」
「そうは見えないが」
「とにかく早く部屋に戻りたいの」
「かしこまりました」
歩幅を大きくする。
エドマンドはなにも言わない。
いつも通りへらへらとしてくれれば良いのに。
部屋に戻ると、マチルダがかけよってきてあれこれと世話を焼こうとしたが、うっとうしくなって追いだしてしまった。
後のことはエドマンドに任せよう。
グレイ家の血を利用しろ――。
彼の言葉が、頭の中で反芻している。
ずるずると長椅子にもたれ、マーガレットはしばしの間、目を閉じた。
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