第2話 グレイ家のお家事情
「偽王?」
ライオネルがたずねると、父のオリヴァーはゆっくりとうなずいた。
グレイ家の持つ古い城のひとつ――最近はもっぱらライオネルの根城になりつつあったその古城にオリヴァーが急ぎやってきたのは、年の暮れであった。
父と息子ではあるものの、ライオネルとオリヴァーは離れて暮らしていた。貴族の子息は自立を促すために物心ついたころから親元から離されることが一般的ではあるが、理由はもうひとつある。
当主と跡取りが共にいて、なにかの「事故」が起こったときに同時に落命すれば、グレイ家が途絶えてしまうからだ。それだけ身辺に気を配らなければならないときが、もう何年も続いている。
父と相まみえるのは戦場だけ。十四歳のときから、血と硝煙の匂いがたちこめる戦場に身を投じてきた。ヴィア家との戦争は、おそろしく長く続いている。
実にうんざりするほどだ。
暗殺者におびえ、裏切り者におびえ、城や屋敷を転々とし……。ライオネルが安息の日々を過ごしたことは一度もない。
あれほど慎重な父が使者に暗号入りの手紙をもたせることもたまらずに、こうして直接城をたずねてきたとあっては、ただならぬことだ。
ライオネルは人払いをし、もっとも壁の厚い談話室を選んで父を招き入れたのだった。
父が口にしたのは、思いもよらぬ情報であった。
「偽王とは……ヴィア家のシーガンではなく?」
「ヴィア家は格下の家だが、ケネス国王の血は引いている。シーガンの青い瞳を見ろ、私ともお前とも、そっくり同じだ」
いまいましそうに、オリヴァーは言う。
ケネス国王の愛人、アナベラ・ヴィアが繋いだ家柄。
娼婦であった彼女の出自に、後々までヴィア家は中傷され続けている。
彼女をあしざまに言うのは、もちろんグレイ家に与する者たちだ。
アナベラの血を継ぐ者に継承権は認められないはずだった。……前国王エリオット・ウッドとその王妃に、グレイ家が嫌われるまでは。
「ウッド家の子孫を名乗る者が現れた。どうせ偽物だろうが、はっきりと偽物と証明する証拠もない」
ケネス国王――彼がリカーの国王を名乗る前は、ケネス・ウッドと呼ばれていた。本来ならばウッド家の子どもたちが王国を継ぐところ、ウッド家最後の国王エリオットが子を残さず、その王冠は臣籍降下した公爵家、ヴィア家とグレイ家のどちらかのものとなるはずであった。
ライオネルは乾いたくちびるを動かした。
「本物だったら話は違ってくる」
前国王とはっきり言えるのはエリオット・ウッドのみだ。その後ヴィア家とグレイ家、それぞれの当主が王を名乗ったがどちらも王権を手にすることはできなかった。
無政府状態が続いて二十年。二つの家に引き裂かれ、リカー王国が疲弊しきったこのときをねらいすますかのように現れたウッド家の青年――。
「偽物だ。エリオット国王は種なしだからな」
ライオネルは眉を寄せた。
「そのようなこと、どこで……」
「お前が生まれる前のこと。国王の医者は、グレイ家が用立てたのだ。医者には金を握らせて秘密を吐かせた、間違いない。子どもなどできようがない」
オリヴァーは自信たっぷりな様子だ。
エリオット国王はグレイ家から多額の財産を取り上げたあげく、今まで日陰の身であったヴィア家に王位継承権を与えた。
自分に子ができないのは、グレイ家がおかしな医者をよこしたからだと言うのだ。
跡取りに恵まれないあせりから、エリオット国王は次の王位継承者、つまりグレイ家へ猜疑心を抱いたのである。
「港町ブラムスから上陸した青年が、エリオット・ウッドの息子を名乗っている。ブラムスではキングなどとのたまっているようだ」
「偽王なのでしょう、脅威にはならないのでは」
「だが、我が陣営にもヴィア家の陣営にもなびかなかった中立の者たちが、この偽王のもとに集まりつつある」
その力はふくらみ、いまや疲弊したヴィア家、グレイ家それぞれの陣営にとって無視できない存在になりつつあった。
オリヴァーは力強く言った。
「好機だ」
ライオネルはけげんな顔をする。
「好機? 偽物の王が?」
「奴を倒した者が、本物の王だと世の中に認めさせることができる。もしくは……偽物の王に倒された者は、この継承戦争から消える」
オリヴァーが上着のポケットから取り出したのは、一通の手紙であった。ヴィア家の象徴、ジギタリスの花をかたどった封蝋がおしてある。
「それは」
「決戦の地は、おそらくワースになるだろう。ヴィア家が極秘に送ってきた手紙だ。共に手を取り合い、偽王を倒そうと。冗談ではない。そこまでおめでたくはない」
「……どうするおつもりなのです」
「我が家の兵と資金を、偽物に投資するさ。もちろん兵たちには偽ウッド家の甲冑を着せる。ヴィア家を絶やすのだ。それから我々は浮かれきった偽ウッド家を、国王を騙った咎で罰する。どうだ、邪魔者がいちどきにいなくなる」
偽ウッド家を泳がせ、ヴィア家を始末させたら背後から斬り捨てようと言うのだ。
それはあまりに卑怯では――と言いたいところを、こらえた。
お前は甘い、そんなことでは王冠は取れない。国王とは時にずるがしこくあらねばならない。清廉潔白さが求められるのは修道士だけだ。
血筋にあぐらをかいていては、娼婦の家柄の者に蹴落とされてしまうぞ。
何度そう言い聞かされてきただろう。戦場で敵の尊厳を守ろうとするたびに。苦しむ男をせめてひと思いに殺してやろうと銃を向ければ、「無駄な弾を使うな」と怒鳴られた。
似た顔の者がぶざまに死んでゆくのに、父は何も感じないようだった。あの青い瞳が、あの白い肌が、自分そっくりに塗り変わってゆくようなまぼろしを、何度も見た。
(王とは――穢れなき存在であらねばならない。そうでなければなぜ血筋にこだわる必要がある。神に統治者として選ばれた一族だから、玉座に座れるのではないのか?)
まるで酔いしれたように作戦をかたる父を、おぞましく感じる。グレイ家は――もとはといえばウッド家は――神から選ばれたのだ。ならば神の使徒として恥ずかしくない行いをしなければならない。
姑息な手段など使わなくとも、王は王であることができる。
(王になるのは、俺だ)
ウッド家が絶えた今、「正しく」血を引いたケネス国王の子孫。その血を継ぐ家系はグレイ家だけなのだ。
父のやり方は気にくわないが……自分が補佐をすることで、その名に恥じないやり方で継承戦争を終わらせることができるはず。
「聞いていたか、ライオネル? ひとまずヴィア家の作戦に乗り気なふりだけでもしておかなくてはならない。私は病で倒れたことにし、不慣れなお前が指揮をとる、といった体にしておこう。そのすきに私は偽ウッド家に兵を送り込む。お前はのんびりと……できるだけ時間を稼いで、ワースの地へ向かえ」
「……わかりました、父上」
ライオネルは、きつくこぶしをにぎりしめた。
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