カクヨム限定番外・婚約編
1、汚嬢様、不穏な呼び出しを受ける!!
叔父と従兄を追い返した同日、ミアはオスカーに急かされて、父へ二人の意思を伝えることになった。報告を受けて目に涙を浮かべるほど喜んでくれた父に、ミアまでうるりときていたのだが、ハッピーエンドで話は終わらなかったのである。
父が青ざめた顔でミア達にある話を切り出したのは、それからわずか三日後のことであった。
その日、ミアは招待したオスカーと帰宅した父と客室でワインを開けながら、オスカーのご両親に挨拶に伺うタイミングや、婚姻について話をしていた。
ソファにくつろぎながら、三人で雑談を交えて会話を楽しんでいると、ばあやが慌てた様子でやってきたのである。そして、父に一通の手紙を差し出した。
父はオスカーに中座することを詫びて部屋を出て行き、なにごとかと顔をみあわせていた二人の元へとすぐに戻ってきた。
ソファに深く座り直した父は、強面に難しい表情を浮かべて口を重そうに開く。
「二人ともすまないが予定を変更してもらえないか? ミアの祖父、つまり私の父上が二人をお呼びでな。先にそちらへご挨拶に伺った方がいいと思うのだ」
「えっ!? おじい様が?」
思わず声を跳ね上げたミアは、自然とドレスを纏う背筋を伸ばして言葉尻を小さくする。そんな親子の重苦しい雰囲気を見て、隣に腰がけたオスカーが怪訝そうに眉をひそめた。
「ミアもエドモンド伯爵もどうしたというのです? 可愛い孫の婚姻相手ともなれば、顔を確認したくなるのは不思議でもないと思いますが?」
「違うのよ、オスカー。そんな理由で呼び出すような方ではないわ」
「気分が悪いのか、ミア? 顔色が真っ白だぞ?」
「体調はいたって良好よ……」
当然のことながら一人だけ状況を理解していないオスカーに、ミアは思わず虚ろな真顔を向けた。その目から光が消えていたのだろうか、オスカーはぎょっとした様子でミアの額に手を当てて顔を覗き込んでくる。
動悸が止まらない……っ! ミアは冷や汗が吹き出しそうな気分で思う。夕食後でよかったわ。これを先に聞かされていたら間違いなく食事が喉を通らなくなっていたもの!! おそらく同じ気持ちを味わっている父も、すっかり酔いの醒めた様子で歯切れ悪く言葉を繋げていく。
「ミアが婚約破棄したことも婚約をオスカーと結ぶこともご存じのようでな、伯爵家として間違いのない相手なのか見定めると私宛ての手紙にしたためられていた。おそらく顔を見せねば婚姻は認めぬだろう。本来ならば、父親である私が許しているのだ、なにも問題はないのだが……」
「ははぁ、思い出しました。エドモンド伯爵、それは避けた方がよろしいでしょう。ミアのおじい様と言えば、民衆から絶大な支持を得た方だったはず。その方に認めていただくことには大きな意味がある、ということだな、ミア?」
「ええ、そうなの。おじい様がかつて異常発生した害虫の前兆に誰よりも早く気づき、駆除の用意をしていたために、結果的に国を飢饉から救うことになった、なんていう物語みたいな事実を実際に行った功績者でしょ? この話を知る者は多いし、爵位をお父様に譲っておばあ様と隠居なされたとはいえ、未だにその発言には影響力があるわ」
「しかし、我が父は大変厳しい方でなぁ。ミアから報告を受けてから、弟夫婦へかなり厳しく叱責なさった上に縁切りまで告げて、住まわせていた屋敷を取り上げたと聞く。まぁ、ミディアに懸想していたのには私も呆れたが……私では屋敷を取り上げることまでは気が回らなかっただろう。そこに気づいたとしても、その判断を下せたかわからない。ミディアが私に伝えなかったということは兄弟仲が悪くなることを懸念したのだろうからな。その気持ちを考慮してしまうやもしれん」
「お父様は情け深いだけですわ。ですが、私はおじい様の判断が間違いだとも思いません。貴族にとって醜聞は天敵ですもの。それこそ害虫となりそうな者は先に駆除しておくべき、という判断に至ったことは理解出来ますから」
「ミアには領主として才覚が備わっている。残念なことに、私はもともと領主として父には及ばぬ男だ。だからこそ、ミアやオスカー将軍と共に力を合わせてこの領地を盛り上げていければと思っているのだ。力を貸してもらえるかね?」
「ええ、もちろん私も出来る限りお手伝いいたしますわ!」
「オレも微力ながらお力になりましょう」
父の穏やかな言葉とオスカーに慰められて、ミアは奮起する。そうよね、おじい様に怯えてなんていられないわ!
「そのためにも、おじい様にお認めいただかなければいけませんわね。近々、オスカーと共におじい様の元へご挨拶に伺います。お伺いの手紙を私からお送りしてもよろしいでしょうか?」
「構わないとも。しかし、その……心配でな。ミアとオスカーに対してあの方がどのように出るつもりなのか、まったく見当がつかないのだ。息子の私でも父上を前にすると未だに緊張するくらいだ。ミアが孫だからといって甘い顔をする人でもないし、お前も幼い頃から顔を見るだけで泣くほど苦手だっただろう? 私から母上へ同席をお願いする手紙を書いておくが……父上に退席を促されれば従わないわけにはいかないだろうしなぁ、うーむ」
鬚に手を当てて悩む父に、オスカーの緑の瞳が好戦的に細められる。まるでその向こうにおじい様の姿を思い浮かべているようだった。しかし、ミアと視線が合うと、途端にその瞳が甘く綻ろぶ。まるで、安心しろと言われているようだった。あまりにも優しいまなざしにどぎまぎしていると、オスカーは男らしい顔に好感のもてる青年の笑顔を浮かべみせる。
「オレの職をお忘れですか、エドモンド伯爵? オレは男爵家から軍に入った男ですよ。嫌味も罵倒もそよ風のように聞き流せますし、なんなら武力行使も望むところです。ですから、ご心配には及びません。どんな状況になろうと、ミアはオレが守りますから」
「ふふっ、頼もしい婚約者で嬉しいわ。お父様、私も成長いたしましたのよ。オスカーが一緒なら、ご挨拶の間くらいは涙を堪えてみせますわ」
ミアはオスカーに笑いかけると、父に茶目っ気たっぷりにそう言ったのである。
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