25、汚嬢様、唯一無二の人を選ぶ!

 ミアが神殿に提出した婚約破棄の書面はオスカーという第三者が立ち会いの元、正式に受理された。これで、晴れて自由の身となったわけである。二人は馬車でミアの屋敷に向かいながら、ゆっくりと話しをすることにした。窓から明るい町並みを眺めていたミアは、膝に置いた武器、ハリーをゆっくりと撫でて微笑む。


「引きこもるほど悲しんでいたのに、今はすっきりした気分よ。なんだか変ね……」


「長い間付き合ってきた相手だ。なにも感じない方がおかしいさ。それにしても、よく一撃で許したな。オレはてっきり、お前がジョルをぼこぼこにするだろうと思って、死なせる前に止めるつもりでいたんだぜ」


「私も最初はそのつもりでハリーの練習をしていたわ。けれど良く考えたら、伯爵令嬢が公衆の面前で裏切り者とはいえ、男性を滅多打ちにするのはまずいでしょう? だから、代わりに全力を込めた一撃で済ませたのよ。その代わりとっても痛ぁい一撃にしたわ」


「強烈過ぎだ。見物人の男共の中には、ジョルが打たれた場所と同じとこを押さえて痛そうな顔をしてる奴もいたぞ。その気持ちはオレにもよくわかるがな」


「うふふ。ジョルもこれで二度と女性を軽率に扱おうとは思わないでしょう。それにこれから厳しい人生が待っているわ。これまでのような裕福な暮らしは出来ないもの」


「ジョルの今後はあいつの兄弟に任せたんだったな。それで本当によかったのか? オレなら、治安の悪い遠い町に放り込んでやることも、裏から手を回して地獄のような末路を報告させることも出来たんだぞ」


「より苦しむ方を考えただけよ。後のことはすべて彼等に任せたわ。私の指示通りに動いてくれたし、逐一ジョルの行動を報告してくれたから一応信用することにしたの。それでも、しばらくは彼等にも見張りはつけたままにするつもりよ」


 今頃、ジョルは自らの兄弟に連行されて船に放り込まれている頃だろう。ミアはクルスの案を飲み、元婚約者を二度とこの地に戻さないことを約束させた。そして、アンディにはあえて手を出さずに放置の形を取ったのである。二人の裏切りの醜聞は、今頃恐ろしい勢いで広がりを見せていることだろう。それを聞けば、アンディに救いの手を差し出す者は現れない。何故なら、伯爵家が目を光らせていることを人々は知っているからだ。


「婚約破棄が叶ったところでもう一つ大きな問題があるわ」


「あぁ、わかっている。新たな婚約者、そして婚姻相手が必要なんだろう? 紹介する相手を探す前に、お前の好みを聞いておくか。どんな男が好みなんだ?」


「今まで考えたこともなかったわ。……そうねぇ、あまりこだわりはないのだけれど、年が上にも下にも大きく離れていなくて、誠実な人がいいの。家柄はお父様が男爵以上であることを望まれると思うわ。私のような女性でも受け入れてくれる方がいるといいけれど」


「顔立ちの好みはどうだ? お前は顔立ちの綺麗な優男が好きだろう?」


「好きか嫌いかで言うなら好きだけど、普通ならいいわ。私だってそれほど美人ではないもの。私のような性格でも受け入れてくれる気のいい方なら、きっと好きになれるわよ。私自身も相手のいいところを見つけられるように努力するわ」


「……わかった。五日後の昼に、候補の男をお前の屋敷に連れて行く」


「えぇ、お願い! 精一杯おもてなしさせていただくわ」


 ミアはオスカーに力強くお願いをすると、一週間後に向けて気合を入れるようにハリーを握りしめた。




 約束の五日後、ミアは侍女の手を借りてウエストの細いドレスを大変な思いで着込み、顔に明るめの化粧を施して着飾っていた。伯爵令嬢に相応しい宝石を細かに使ったドレスは、柔らかな黄色の混じるクリーム色をしており、胸元できゅっと絞りが入れられ滑らかな布地が足元まで隠す作りのものだった。


 楚々としながらも愛らしさを感じさせる形は、父エドモンドがミアの誕生日に特注で作らせた一品である。ミアも気にいっているため、ここぞという時に大事に着ることにしていた。そのここぞという時間がそろそろやってくる。落ち着かない気持ちで、ミアは応接室のソファに腰をおろしていた。


「ばあや、相手の方がどうなさるかわからないけれど、一応、お昼もご用意出来ているわよね?」


「まぁまぁ、そんなにご心配なさらずとも大丈夫ですよ。もちろん。ございますとも。今日のお嬢様は一段とお綺麗ですから、きっとお相手の方の心を掴みましょう。このばあやが付いてございます。なにも心配はいりませんよ」


「ごめんなさいね。なんだか緊張してしまって……落ち着かないの。こんな調子ではオスカーに笑われそうよ」


 まだ見てもいない相手のことを考えている自分に苦笑して、ミアは深くソファに腰をかけ直す。あまり落ち着きがないのは伯爵令嬢らしくはないだろう。しかし、素の自分を全て隠すことも得策ではない。かつての婚約者はそれで失敗したのだから、今度は作らずに自然な自分で出会いたい。



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