20、汚嬢様、珍客の来訪に目を疑う!

 招き猫は固く神妙な声で深く頭を下げてくる。無意識なのか胃に据えられた大きな手にわずかばかり同情を誘われかけた。が、相手は招き猫、なんともシュールだ。ミアは口角が上がりそうになるのを堪えた。いけないわ、真面目なお話をしているのに。でも見れば見るほど笑いを誘われてしまう。胃を痛めるほど考えた結果がこれとは、ジョルの兄は愉快な人物のようだ。


「わたくしの心情を思いやってくださったことは理解しました。けれど、それならなおのこと、一度お顔を拝見したいわ。その被り物を取ってくださらないかしら?」


「お嬢様のお言葉とあらば」


 ディオンが招き猫の頭に両手をかけて上に引っ張る。スポッと音が聞こえそうな仕草の下から二十代後半だろうか、髪を乱した貴公子が現れた。本人の申告通りにジョルとよく似た顔立ちをしている。しかし、長兄の方が真面目な顔をしている分、婚約者にあった女性を絆させる甘さがない。清浄な空気を纏う人だ。


「おっしゃる通り、お顔立ちはよく似ていらっしゃるわね。中身はまるで違うようだけれど」


「そうでしょうな。次男の私からすればあれは甘やかされて育った世間知らずな子供でしかない。兄と私は帝王学や経済学など相応の教育を受けましたが、末っ子のジョルは最低限の教育しか受けていません。本人が学ぶことを嫌がったためそれで終わらせたのです。以前、兄が母上に苦言を呈したこともあったのですがね」


「せっかくの忠告を子爵夫人は聞き入れなかったのね?」


「えぇ。我が家の恥を上塗りするようですが、あの時、母上が耳を傾けていれば、まだジョルも軌道修正が出来たでしょうな」


「母上達ばかりを責められん。私がもっと強く言えばよかったのです。……失礼を」


 苦い表情がそっと招き猫の中に隠された。別に隠さなくてもいいのよ? と、ミアは思いはしたが、胃を押さえるディオンに、そうした方が本人の心が落ち着くのだろうと察する。身内の悪行はよほど彼の胃を痛めつけているようだ。


「それで、わたくしをなぜ訪ねていらしたのかをお聞きしても? 子爵の答えをお持ち下さったのかしら?」


「いいえ。私とクルスはお嬢様のお言葉を受け入れる所存でおりますが、父は今も頭を抱えていることでしょう。私たちがミアお嬢様の元をお訪ねしたのは、我が子爵家が犯した二つの過ちの償いをさせて頂ければと思ったからです」


「随分と謙虚なことをおっしゃるのね。あなたは本来なら子爵になれたはずなのに、わたくしの一存で未来を絶たれた。そのことを恨めしくは思わないの?」


「私は父の後を継ぐべく育てられました。故に、何も感じていないわけではございません。ですが、ファーレ子爵家嫡男としても、また人としても、身内が犯した恥ずべき行いを償う責任がございます。ですから、お嬢様をお恨みすることはございません。むしろお嬢様が二度も我が子爵家をお守りくださったことに感謝しております」


 惜しいわね。彼女が与えた二つの温情を正しく理解している男に、ミアはそう思った。子爵も夫人も与えられた選択肢に取り乱すばかりで、ミアが厳しく罰しながらも子爵家を取り潰そうとしなかった事実に気づかなかった。もし、父がこの裏切りを知ればこの程度では済ませなかったはずだ。


 頭を下げたまま上げようとしない招き猫に、ミアは思案しながら、男の隣に佇む背の高い弟に視線を流す。


「クルスとおっしゃったわね。あなたはどのようにお考えなのかしら? 素直な気持ちをお聞かせくださる?」


「お嬢様、私は兄上と違い、もとより子爵を継ぐ立場ではございません。今は家からも独立してございますから、件のことは、兄の連絡を受けて知りました。私は父と反りが合わず、ほとんど家を追い出されたようなものでしてね。兄上がこっそり援助してくれたおかげで一年ほど前に、貿易関係の店を開くに至りました。だからと言ってはなんですが、正直に申し上げまして家がどうなろうと知ったことではないし、ジョルのことも関心がないのです」


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