21、汚嬢様、珍客の来訪に目を疑う! 

 肩をすくめて極めて軽い口調で家を切り捨てたクルスは、そこで兄に顔を向ける。


「ただ、兄上だけは別です。この人だけは私を見捨てずに助けようとしてくれましたから。店の半分は兄上のものだと思っていますし、私としては共同経営してくれるとありがたいのですけどね。しかしながら、この人は父上より優秀です。経営者としては欲しい人材ではありますが、兄上が子爵として腕を振るうというのなら、私はこれまで築いた伝手を使って領地を確実に栄えさせることをお約束しますよ」


 クルスの言い分にミアは冷ややかな眼差しを向ける。


「わたくしにファーレ子爵家をもう一度許せと言うの?」


「そうではありません。聡明なお嬢様は子爵家以外の者に累が及ぶことを避けておられるご様子。ファーレ子爵家を断罪なさりたいのならば、子爵の顔を代える以外にもいい手があるとお伝えしたいのです」


「随分と冷静ね。ご自分の身内を断罪されてもいいと?」


「仕出かしたことの責任は本人達が取るべきだと考えているだけですよ。お嬢様がもし兄上に次期子爵となることをお許し下さるのならば、貴方様は個人的にファーレ家を手中にすることが出来るでしょう。おまけに東の国との貿易に強い私もついてくる。私は両親を切ることに躊躇いがありませんし、ジョルを仕置く立場にも最適ですよ。あれを船に放り込み使用人の立場で働かせることも出来ます。つまり、お嬢様は普通のご令嬢が持たない力を手にされる。おそらく兄上以外の者が子爵を継いでもこれほど大きなものは手に入りますまい」


 余裕の見える交渉術にミアは舌を巻いた。貿易商を営んでいるだけあり上手い手だ。クルスは双方に大きなメリットがあることを示してみせたのである。ミアは彼等という人力を手に入れ、彼等はミアに付くことで伯爵家の後ろ盾を得られる。


「クルス、お嬢様に不遜な振る舞いをするな。私が子爵にならずとも、お前ならばお嬢様のお力になれるだろう? 共同経営者として私が役に立つのなら喜んで手伝うが、私はどんな形でもファーレの不実を償わせて頂きたいのだ」


「兄上……」


 俯く招き猫にクルスの余裕が消える。困った表情で仕方なさそうに肩で溜息をつくと、彼は兄に柔らかな苦笑を向ける。せっかく始めた交渉を無に返すような言動は、ディオンの潔癖な性格がよくわかるものだった。ジョルと兄弟であることが嘘のような生真面目さだ。おそらく彼は情に厚い反面、身内の罪も決して見逃さない人間なのだ。だからこそ、ミアが許すと言わない限り、クルスがどんなに交渉で次期子爵の座を取り戻して差し出そうとも、けして受け取りはしないだろう。


 ミアは両肘を手で抱えて厳しく問う。


「償い償いとおっしゃるけれど、わたくしが償いの証として貴方に無理難題を言いつけたらどうなさるおつもりなの?」


「お望みとあらばこの身を奴隷にも堕としましょう」


「なにを言うのです、兄上!そのようなことを口になさっては……っ」


「いいのだ。それがお嬢様のご意志であるのなら、私は従いたいと思う」


 慌てて止めようとする弟に大きな頭を小さく振って招き猫はミアを真っ直ぐに見つめる。


「ですからお嬢様、どうかファーレの人間としてではなく、少しでいいので私個人を信用しては下さいませんか?」


 被り物越しに届くはっきりした声に曇りのない意志を感じた。突き抜けた真面目さに根負けして両腕を解くと、ミアはお嬢様の顔を脱いで素直に微笑む。


「貴方の本気はよくわかったわ。けれど、ファーレの人間が二度もわたくしを裏切った事実はその言葉だけで拭えるものではないでしょう。ましてや、お互い初対面に等しい関係ですもの。だから、お二人を試させていただくわ。どうぞ、わたくしを信じさせて?」


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