18、汚嬢様、裏切り者を成敗する!

「わたくしに、ジョルの兄弟と婚姻しろと言うの?」


 とんでもない言い分にミアはにこやかに微笑みながら、内心怒りで湯が沸かせそうになっていた。こちらが大人しく聞いていれば、小娘程度ならば丸め込めると見くびられたのだろう。夫婦揃って口を滑らかにぺらぺらとよくしゃべる。


「まぁ、そんな! わたくし共はそこまで性急なものではなく、ただ、どちらも優秀な息子でございますから、せめて一目だけでもお会いして頂ければと思いまして。ジョルのことはどうかお忘れくださいませ。若さ故の過ちでございます。それに男の浮気は甲斐性とも申しますし、今回のことはあの子だけのせいではございません」


「それはなにか? オレの奥方のせいとでも?」


 どこまでも我が子可愛さに庇う子爵夫人の言葉にオスカーが凄む。もちろんお芝居だ。しかし、軍人仕込みの本物の凄みは、迫力があった。夫人は震えながらも反論を止めない。必死にジョルを守ろうとしているのはわかるが、その様はあまりにも見苦しい。


「あの子はまだ若いのです。誘惑されては心動いても仕方ございません」


「随分と甘やかした教育をされたようだ。誘われたくらいで揺れる程度の気持ちで、ミアと婚姻しようとは伯爵家を馬鹿にした物言いだろう。あなたの言葉はそのご自覚あっての発言か?」


「揚げ足取りはお止めください! わたくしはそんなつもりで言ったのでは……っ」


「もう結構」


 言い訳を言い募ろうとする夫人をばっさりと切り捨て、ミアはにこりと微笑む。その時、ようやくいつものミアと雰囲気が違うことを察したのか、子爵と夫人がぎょっとした顔をした。これまで、身分の差はあれど、年上であり義理の両親となるだろう相手と思い、礼を尽くしてきた。けれど、それももう終わりだわ。


「──最後にわたくしから一つ、おば様にお聞きしたいことがございます。男の浮気は甲斐性だと先程おっしゃいましたわね? わたくしにはとても受け入れることが出来ませんけれど、おっしゃったからには、おば様には当然、その覚悟がおありですわよね?」


「え、えぇ、もちろんでございます。我が子の過ちくらい受け入れてみせましょう。貴族の奥方ともなれば、それ相応の覚悟がございますから」


 ──かかった。ミアは口端だけを上げて笑みを浮かべると、逆襲ワードとなる単語を切り出した。


「では寛大なおば様はお許しになられるのねぇ? 貴方の夫は宝石商の女店主と長年の浮気関係にあり、ジョルと同じ年の子供までいることを」


「……え?」


 切り出した瞬間、夫人の顔から表情が消えた。ミアはにこにこと微笑みながら、泡を食って否定しようとする子爵を宥める。


「な、なにをおっしゃっているのです、ミア様! 私は外で子供など……っ」


「まぁ、隠さなくてもよろしいではないの。わたくし全て知っていますのよ? それにほら、おば様は立派な覚悟がおありだから男の浮気にも寛大な対応をなさるそうですし、心配いりませんわ」


 わたくしにはとても真似出来ませんわぁと、わざと純粋な目で尊敬の眼差しを向けてやると、夫人は引きつけでも起こしたようにブルブル震えていた。真っ青な顔の中で血走った目が夫に向けられる。


「まさか、あなた、本当なの?」


「ちが、違う! 浮気なんて、外に子供なんて、いない! ミア様はなにかを勘違いしておられるだけだ!」


「あぁ、そうそう。それから、ジョルを手助けしたことも知っていますのよ。ですから、わたくし本当に残念・・でなりませんの。昔からお世話になっていたおじ様とおば様が相手と思えばこそ、かけた温情でしたのに、全て無駄になったのねぇ。とっても悲しいわ。悲しくてつい、お父様にお知らせしたくなってしまうわね」


「それだけは!! ミア様、申し訳ございませんでした! す、全て認めますから、どうかお父上であられる伯爵様にお知らせすることだけは、お許しを!!」


「あなた!!」


 父がこれを知れば怒り狂うこと間違いない。恐らく子爵は切られる。代わりなどいくらでも用意出来てしまうのだから。それを、長年親しくしていた相手だからと、甘くみたのがそもそも間違いであったのだ。足元に縋りついて土下座する子爵に、夫人がヒステリーな声で叫ぶ。使用人達は茫然と佇み、主の醜態を目の当たりにして絶句している。


「一度は許したのに裏切ったのはそちらよ? それでも私に許せと言うのなら、そちらも誠意を見せなさい」


「ど、どのようなことをお望みですかっ? どんなことでもおっしゃってください!」


「子爵、貴方はもう信頼出来ません。子爵の地位を守りたいのならば、夫人と一緒に隠居なさい。そして、次の子爵は浮気相手の子供か、こちらが与える人物を養子とするか、どちらかを貴方が選びなさい」


「そんな、わたくしの息子は! 長男も次男もジョルの件とは関係ございません! それなのに子爵を継げないなんてあんまりです!」


「信用出来ないと言ったでしょう? それはあなたの息子であるならなおのことよ。ご自分でおっしゃったことをもうお忘れなのかしら? 男の浮気は甲斐性などと言うのなら、血の繋がらない息子も受け入れてはいかが? その二択以外に選択肢は認めません。期限は三日よ。夫婦仲良くどうぞ話し合って下さいな」


「そんな……お願いします、ミア様! お許しください! あなた、ミア様をお止めしてちょうだい、あなたぁ! こんなことってないわ! 次の子爵は、わたくしの可愛い息子が、息子が……っ」


「……誰よりも、ミア様を怒らせてはいけなかったのか……」


 茫然と座り込む子爵の肩を泣きながら揺する夫人を前に、ミアはソファからゆっくりと立ち上がる。オスカーが自然と腕を差し出すので、そっと掴まりながら、止めの一言を付け加えた。


「今後一度でもジョルに接触したら、今度こそ我が伯爵家を敵に回すと思いなさい。伯爵家の目が届くところではけして生きられないわよ。──用は済んだからお暇させていただきましょう、オスカー。それでは、お二人ともご機嫌よう?」


「可愛い幼馴染が世話になった礼に、オレからも一つ忠告を残してやろう。この屋敷には当分監視が付くからそのつもりで動くんだな。では、失礼」


 ソファから立ち上がった二人は優雅な礼を取ると、泣き叫ぶ夫人と頭を抱える子爵の姿に、扉で丁寧に蓋をした。


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