17、汚嬢様、裏切り者を成敗する!
ミアとオスカーはジョルの両親が住まう屋敷に馬車で向かうと、使用人から丁寧な対応を受けて室内に通された。
「旦那様をお呼びいたしますので、ゆるりとお待ち下さいませ」
身嗜みが整えられた家令が頭を下げて、侍女に飲み物を入れるように指示して部屋を出ていく。彼が手紙にあった使用人なのかもしれない。ミアはさりげなく観察しながら差し出された紅茶にゆっくりと口をつけた。
ミアの住む伯爵家より一回り小さな屋敷は、それでも歴史を感じさせる立派なつくりで、屋敷内の調度品のどれもが、大事にされていることがわかるほど綺麗な色艶を保っていた。磨き込まれた窓ガラスには一点の曇りも見当たらない。しかし使用人にも主達の内面の汚れまではさすがに拭くことは出来なかったようだ。
ノックもなく屋敷の主が現れる。一見すると質素な装いに見えるが上等な布地を使った洋服を身につけた痩身の男、ファーレ子爵は、隣に同じような装いの奥方を連れて、対面したミアに深く頭を下げる。
「ミアお嬢様、本来ならばこちらからお訪ねして、愚息の失礼を平身低頭お詫びせねばならない立場でありました。本日まで無作法いたしましたことを、平にご容赦頂きたく存じます」
「わたくし共といたしましては、昔から親しくさせて頂いたお嬢様に合わせる顔もなく、また伯爵様のお怒りをなんとか納めて頂こうと、ジョルの行方を探しているところだったのです。せめて本人を捕まえて、ミア様に直接謝罪に向かわせようと思ったのでございます」
「しかし愚かな息子でございますが、それでも私共にとっては可愛い息子に代わりございません。馬鹿な親と思われるでしょうが、どうかこの親心をご理解い下さいますように、ミア様には重ねてお願い申し上げます」
ミアは自分の見る目のなさに呆れた。この殊勝な態度ならば、自分達の息子が仕出かしたことを心から申し訳ないと思っているように見えるだろう。しかし、実際はこの顔の裏でミアとの約束を、ひいては伯爵家との取り決めを破り、厚顔にも問題を起こしたジョルを捕まえるどころかその逃亡の手助けをしていたのだ。
一通り謝罪の言葉を述べてミアが満足したとでも思ったのか、ファーレ子爵は許しもなく頭を上げてミアの隣を陣取る男を怪訝そうに見やる。
「それでその、お隣の方は……?」
「この顔をお忘れか? まぁ、無理もない。幼い頃に比べればオレも随分と育ったからな。オスカー・ウォンクルだ。まさか、ジョルのご両親とこのような再会の仕方をしようとは、運命の皮肉を感じずにはいられんな」
皮肉がふんだんに塗まぶされた言葉にファーレ子爵が気色ばむ。眉をひそめてオスカーの言動を訝るように目を向けている。
「君がウォンクル男爵家のオスカーであることはわかったが、その物言いはなんだ? こちらは子爵家、方や君は男爵家だ。身の程をわきまえたらどうだ?」
「やれやれ、そらちは未だにご存じないようだな。ジョルが駆け落ちした人妻はオレの奥方だ。当事者としても、大事な幼馴染を案じる意味でも、本日はミアと共にこちらにお話しを伺いに来た次第」
「そんなはずはないっ、お相手は伯爵家の奥方と聞いているぞ! なぜ男爵家の君が出てくるんだ!」
「オレは最初から相応しい振る舞いをしている。こう言ってもまだわからないか? 今のオレの役職は将軍、地位は伯爵だ。婚姻当時は伯爵になったばかりで情報が上手く伝わっていなかったのだろうが、まさかここまで相手のことを何も掴んでいないとは呆れるしかないな」
「なんですって……っ」
「……伯爵とはつゆ知らずとんだご無礼を申し上げた。幼き時より見知った顔に免じ、どうかお許し頂きたい」
さすがに絶句した二人が態度を改めるも、オスカーの厳しい追撃は緩まない。
「そちらの情報網が杜撰なのはいいとして、問題はジョルのことだ。本当に行方は掴めていないのか?」
「わ、私共も探し回っているのですが、本当にまだ見つけてはいないのです」
軍人らしい厳しい言動で迫るオスカーに、子爵は気圧されたように痩身を強張らせる。それでも口を割らないかつての婚約者の父に、ミアはため息をつくように言葉を落とした。
「……残念ね」
「え? あ、えぇ、本当にジョルとお嬢さまが婚姻されればこれほど嬉しいことはないと思っていましたから、とても残念でなりません。しかし我が子爵家には他に息子が二人ございます。幸いにもどちらも未婚でありますので、もしお嬢様さえよろしければそちらをご紹介したく……」
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