16、汚嬢様、黒い微笑を浮かべる!

「……これを知らせてきたのは信頼出来る相手なのか?」


「えぇ。私の友人のフィネア・アースト嬢よ。彼女の噂はオスカーも耳にしたことがあるのではなくて? 私が一目見てほしいと頼んだだけで、ここまで詳しく調べてくれたのよ。きっと私の近況を心配してわざわざ知らせてくれたのでしょうね」


「アーネスト伯爵家のお嬢様か。いつの間に知り合ったんだ?」


「社交界にデビューした時よ。たまたま顔を合わせたから話してみたの。そうしたら、趣味が同じだったからすっかり意気投合しちゃったのよ。それ以来、屋敷の行き来や手紙のやり取りをよくしているの」


「ハンッ、当ててやろうか? その趣味ってのは、お前の大好きな恋愛小説だろう?」


 大きな口にからかうような笑みを浮かべて上向きに人指し指を向けてくるオスカーに、ミアはつんと澄まし顔で答える。


「悪いかしら? 世の女性の愛読書よ。貴方も熟読して女性に対する態度を勉強したらいかが?」


「オレがこれ以上魅力的になっちまえば、常に女を侍らすことになるぜ。お前にも教えてやろうか? 本の中の男より、生身の男の良さってものをな」


 オスカーはローテーブルに片手をついて身を乗り出す。男らしい顔がぐっと近づいてくる。鍛錬中も女性達が黄色い声を上げていただけあり、実際にこの幼馴染は端正な顔立ちをしているのだ。本当に顔だけはいい男ね! けれど、断じて私の好みではなくってよ! ミアはそれでも気恥ずかしくなって顔を背ける。


「近いわよ! オスカーはすぐにそういう話に持っていくのね。恋仲の振りをするとは言ってもあんまり極端なことは止めてちょうだい。こういうことに慣れていないのはあなたが一番知っているじゃないの」


「このくらいで根を上げるなんて早すぎるぞ。愛しい人に口説かれたら、女は恥ずかしげに微笑むもんだぜ」


「今日の笑顔は売り切れよ!!」


「ふっはははっ、お前はいったい何屋のつもりだ!」


 妖しい雰囲気を霧散させてオスカーが大笑いする。なんなら、笑顔屋とでも名乗って高値で売りつけてあげましょうか!? と返したくなるのを胸に押し込み、ミアはオスカーの左手から手紙を抜きとって逸れた話を戻す。


「私がおじ様達を調べるのは外聞が悪いから、彼女に協力をお願いしたのよ。まさか、こんなに早く見つけてしまうとは思いもしなかったけれど」


 ちらりと手紙に視線を落としてミアは内容を思い出す。そこに書かれていたのは、ファーレ子爵家が約束を破り、駆け落ちしたジョルへの援助をしている可能生が高いということだった。その証拠としてファーレ家の家令が人目につかぬ夜に屋敷を抜け出して、裏市場でお金を宝石物に変えている様子があるとも記されていた。おそらく、それを記し合わせた場所に隠し、ジョルが取りに来る計らいになっているのだろうとも。さらに、ジョルの父親であるファーレ子爵の隠された事実も書き記されていた。


「まさか、おじ様におば様もご存じない隠し子がいらしたとは、驚きだわ。しかも相手はおば様がよく通っている宝石店の女店主。これが明るみに出れば、さぞや大ごとになるでしょうね」


「女癖の悪さは血筋が似たようだな」


「あら、最近屋敷に来た親戚にも当てはまりそうだわ」


 ミアの頭には狐顔のしつこい親子の姿が浮かんでいた。なるほど、血筋ならば納得だ。それにしても、女癖の悪さでこれから親子揃って醜態を晒すことになるとは、本人達は夢にも思っていないだろう。ミアの一言に、オスカーの眉が不快そうに顰められた。


「待て、その話は聞いてないぞ。あいつ等はまだ性懲りもなくお前に粉をかけているのか?」


「私もよく続くものだと感心しているわ。ジョルが逃げたことを聞きつけて、あの二人は笑顔で駆けつけてきたわよ」


「それでどう対応したんだ?」


「決まっているでしょう。いつも通り適当に話を聞き流して、そこそこで追い出したわ。まともに聞くだけ愚かだもの」


「そういう時こそ、オレ達の関係が生かされる。今度わざと鉢合わせを仕組むか。そこで、このオレがアプローチしていると示せば下手な手は打てないだろう」


「別にそこまでしてくれなくてもいいわよ。親戚といえども、あの家と婚姻なんて天地がひっくり返ってもあり得ないもの」


「実力行使に出ないとも限らんだろう」


「まさか! 彼等にそれだけの度胸はないわよ」


「いいからオレの言う通りにしておけ。いくらひょろい男でも、力づくで来られたらお前が負ける。それに、恋仲の振りを示すにはもってこいの機会だろう?」


「抜け目ないわねぇ。いいわよ。じゃあ、機会があればお願いすることにしましょう。それよりもこちらの話が優先よ?」


「わかってる。ジョルの家に向かうからオレの元に来たんだろう? いいぜ、付き合うさ」


「ありがとう。外に馬車を待機させているの」


 二人が立ち上がった時、コンコンと扉がノックされた。


「僕だけど、入ってもいいかな? 美味しい紅茶をお届けに来たよ」


 楽しげな口調でブリードが入室の許可を求めてくる。二人は顔を見合せて苦笑すると浮かしかけていた腰をソファーに戻す。


「せっかくだから、紅茶を頂いてからにしましょう」


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