15、汚嬢様、黒い微笑を浮かべる!

「いい度胸だな。このオレの目の前で口説くとは」


「おっと、誓ってやましい気持ちはないよ。もちろん、友人としてだとも」


 軽く両手を上げて自分の潔白を示すブリードに、オスカーの胡乱な眼差しが向けられる。端っから信用してないみたいね。こうやってどれだけの女性に甘い言葉をささやいて来たのかしら。ミアはむくむくとわき上がる好奇心を隠して、笑顔と不機嫌顔の対決に言葉を挟む。


「オスカーが不機嫌になる必要はないでしょう? バレてしまったからこのまま話させてもらうけれど、ブリード様もオスカーとはご友人なのよね? 軍に入ってから知り合われたのかしら?」


「僕のことはブリードと呼んでくれ。そうだね、彼とは初めて戦場に出た時に同じチームになってからの付き合いだよ。オスカーはなかなかの男前だろう? その上、剣の腕もあるんだから、新兵の中で飛び抜けて目立っていたんだよ。それで、初対面の時に君に興味があるって口説いたのさ」


「男にいきなりそんなこと言われてみろ。なんだこの不審者は、とオレが思うのも当たり前だよな」


「酷い言い草だなぁ。あの時の君の凍てついた眼差しは今でも忘れられないよ」


 そう言いながらも、ブリードは楽しそうに笑っている。冷たい対応をされたことは気にしていないようだ。気心知れたやり取りは友人だからこそ出来るというところか。


「私、オスカーがそう言われるほど強いなんてちっとも知らなかったわ。昔から身体を動かすことが好きだったことは知っているけれど。さきほど兵士の方に稽古をつけている様子を少し見ていたのだけれど、あっと言う間に相手の剣を飛ばしてしまうのだもの。本当に驚いたのよ」


「オレが上に上がる為には必要だったからな」


 口にはしないが、オスカーが相応の努力をしたことは間違いないだろう。それにしても、どうしてそこまでして上に行きたかったのだろう。男爵という地位から上に行く為? 将軍という肩書? それとも大きな目的があったのだろうか? ミアはそれを聞こうと口を開きかけた。しかし、オスカーが切り出す方が速かった。


「ブリード、オレはミアと賓客室で話がある。しばらく執務を離れるが構わないな?」


「もちろん、いいとも。君は先の先まで仕事をしてくれているからね。人払いも任せてくれ。後で美味しい紅茶を持って行ってあげよう。ではミア嬢、ごゆっくり」


「えぇ、ありがとう」


「やれやれ。思わぬ足止めを食らったな。今度こそ賓客室に案内する。まぁ、すぐそこなんだがな」


 ブリードがおかしなほど上機嫌な様子で離れていくと、オスカーは疲れたように頭を振ってミアを促す。地位についての疑問を飲み込むと、ミアは素直に彼に付いて行くことにする。そんなに重要なことでもないから、また今度機会があれば聞くことにしましょう。


 案内されたのは立ち話をしていた場所から少し歩いた部屋だった。扉を開いたオスカーに招かれてミアが先に入室する。壁には兵団のシンボルである楯と剣に蔦が絡んだ紋章の旗が飾られており、低いガラスの棚はがらんどうでのおまけのように空っぽの花瓶が置かれていた。殺風景で物の少ない賓客室には、残るはソファーとテーブルがあるだけだ。


「随分と物がないのね?」


「駐在兵団ここの前のトップは華美なものを好まなかったようだ。だが、お前の言うように、これでは賓客室というよりもソファーとテーブルがあるだけの物置だな。その内、オレの好みに変えてやるさ」


 ソファを指差すオスカーの意図を汲み、素直に腰を下ろすと向かい側に大きな身体がどっしりとソファに腰がける。鍛えられた大きな身体を受け止めたソファーが僅かに軋んだ音を立てた。オスカーは長い足を組むと不敵に笑う。


「そろそろ話を聞こうか。お前がわざわざオレに会いに来た理由はなんだ?」


「実はね、友人からとっても興味深い手紙が送られて来たの。その手紙をあんたにも読んでもらおうと思ったわけ。これがその手紙よ」


 ミアはドレスの胸元を飾るレースと布地の間から折りたたんでいた手紙を取り出す。とんでもないところから取り出されたものを見て、オスカーが目を剥く。


「ちょっと待て、どこから出してるんだ!?」


「他に入れる場所なかったのよ。そんなことよりほら、中を見てちょうだい」


「この汚嬢様は……っ、淑女としての自覚を持て!」


 ミアはオスカーの文句を聞き流して手紙を差し出した。受け取った彼は中を検める。目が左右に動くにつれて眉間にぐっと力が入っていく。内容を知る側からすれば、その反応は当然のものに思えた。


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