14、汚嬢様、黒い微笑を浮かべる!

「突然来てどうした。なにかあったか?」


「いいえ。ただ貴方に話したいことが出来たので訪問させて頂いたの。お仕事中にごめんなさいね。ここに来るのは初めてでしたけど、この方がここまで案内してくれたので、とても助かりましたわ」


「そうか。ミアの話は中で聞かせてもらおう。──ご苦労だったな、戻っていいぞ」


「はっ、失礼します」


 オスカーに言われた兵士は、緊張した面持ちで敬礼をすると踵を返した。ミアはその様子を物珍しく眺めると、兵舎に足を進める幼なじみに砕けた口調で音量を押さえながら話を振る。


「彼、随分と緊張した様子だったけれど、あんた兵士に怖がられているの?」


「オレが将軍に昇級した理由を知っているだろう? 少しでも口ごたえしたら切られるとでも思ってるんじゃないか?」


「まぁ! 野蛮ですこと。わたくし気絶しちゃいますわ」


「ハリセン振り回すような汚嬢様がか?」


「あら、なにかおっしゃって?」


 ニュアンスに汚れを感じて、ミアはにっこり微笑んだ。もちろん目は笑っていない。こんな他人の目があるところで何を言うつもりよ! という意味を込めた。オスカーに声を上げていた女性達の視線も背中に突き刺さっているのだ。あれは絶対に深い関係に誤解されたわよ。あぁ、でも恋仲の振りをしているんだからある意味正解なのかしらね? 


オスカーは全開に開かれた宿舎の中に入りながら、面白がるように目を眇める。


「お嬢様それで通すつもりか。随分と良く出来た被り物だな」


「長年愛用していたから慣れたものですわ」


「そんなとこでなにをしてるんだい、オスカー?」


 ミアは開き直ってそう返していると、通りかかった兵士が親しげにオスカーを呼び止めた。さらさらの茶色の髪に整った顔立ち、その瞳は黄土色をしていて目尻にほくろが一つある。視線を向けられるだけでどきりとするような色気がある男性だ。


 オスカーよりも男臭くないので、ミアが愛読する恋愛小説の主人公にぴったりな外見だ。思わず感嘆のため息をついたミアに、その人は甘やかに微笑んでオスカーに問いかける。


「随分と愛らしいお嬢さんを連れているじゃないか、もしかして君の愛しい人かな」


「またやっかいな奴に見つかったぜ」


「良き友人に酷い言い草だね。その魅力的なお嬢さんを紹介してはくれないのかい?」


「……こいつはオレの副官を務めているブリード・アブカだ。甘い顔に騙されるなよ、女泣かせで有名な男だからな」


「失礼だなぁ。君に言われたくないよ。──僕はブリード・アブカ。伯爵家の五男坊で、自由気ままな恋愛が信条の男さ。お嬢さんのように美しい人はとても心惹かれるよ。明るい青い瞳と情熱的な赤い髪なんて神様は君を熱愛したようだね。どうだろう、僕と過ちを犯してみないかい?」


 自然な仕草で手の甲に口づけを落とされて、ミアはときめいた。きゃああああっ! これって、今巷で大人気の【青の調べ】の主人公、ステファーがジュリオンにされていたのと同じシュチュエーションだわ! 顔が熱くなるのがわかる。はぁ……ジュリオン格好いいわぁ。


 ミアは小説のヒーローにブリードを被せてうっとりする。しかし、その手は強引な仕草でオスカーに横からかっさらわれた。何故か不機嫌そうにブリードを睨んでいる。


「勝手に触るんじゃない。こいつを他の女と同じようには扱うな」


「おや? もしかして、彼女は君が言っていた──?」


「ミアだ」


「やっぱりそうだったのかい!」


「なんの話をしているのかしら? そもそもブリード様はわたくしをご存じのようですけれど、オスカーにはどのように説明されましたの?」


「なんでも、ハリセンを振りまわして乗馬を嗜む面白いご令嬢だと聞いているよ」


「オスカ~っ!! あんた、こんな素敵な方にどういう紹介をしているのよ!」


「どこに嘘がある。全部事実だろうが」


 ミアはお嬢様の被り物をぶん投げて激怒する。よりによって理想のジュリオン像に、本性を知られてしまうとは。せめてもう少しステファー気分を味わいたかった! ミアはぎりぎりと歯噛みしながらオスカーを睨む。しかし、オスカーは腕を組んでぶすっと顔を逸らすばかりだ。なんであんたが不機嫌なのよ! 不機嫌になりたいのはこっちの方だわ!


「ご令嬢らしい君も素敵だけれど、素のミア嬢はもっと魅力的だと思うよ。僕は今の君の方が好ましいから、オスカーと同じように接してほしいな」


 ミアの態度を見ても引くどころかそんな優しい言葉をかけてくれた。女性の扱いに手慣れた感じはするけれど、紳士的だわ。ミアは好感を持った。しかし、逆にオスカーの不機嫌さは増しているようだ。


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