13、汚嬢様、黒い微笑を浮かべる!

 その連絡が届いたのは、ミアがハリセンのハリーを振りまわすようになって、二週間後のことであった。バルコニーに設置したテーブルと椅子で午後のティータイムを楽しんでいると、ばあやが届けられた手紙を持って来てくれたのである。差し出し人は友人のフィネアだ。


 さっそく開いて見ると、中にはあらあらまぁまぁという内容が書かれていた。ミアは黒い微笑みと共に手紙を封筒に納めると、椅子に腰がけたままばあやに顔を向ける。


「これからオスカーの元に行くわ。馬車の用意をしてちょうだい」


「えぇ、お嬢様。すぐにご用意いたしますね」


「紅茶を飲みながら待っているから、ゆっくりでいいわよ」


 どこまでも穏やかな口調でそういいながら、怒りに煮立つ気持ちと共に紅茶を飲み込む。裏切り者にはきつ~いお仕置きが必要よねぇ。




 * * * * * * 




 オスカーが在籍する在住兵団とは、ミアの父が所有する領地内にあり、領地が攻め込まれた際や王都が有事の際に召集され戦うために存在する。オスカーは将軍となると同時に赴任したため、現在、在住兵団の実質的なトップとなっていた。ミアはこれまで兵団に出向いたことがない為、オスカーがどのように働いているのかまったく知らず、また、興味を持ったこともなかった。


 しかし、今や偽装恋仲となる関係だ。多少は興味も出てこようというものである。いや、正直に言うと興味津々であった。だってあのオスカーよ? どんな顔をして部下に命令しているのか全然想像がつかないわ。ミアに接する様な態度で部下に接しているのか、それとも紳士な感じなのか。


 先程の怒りを一瞬忘れるほど心が浮き立つのを止められない。ミアは馬車の中で小さく笑う。あわよくば、オスカーで大笑いしたい。


 ミアの邪な願望を乗せた馬車が止まる。外側からかけられた声に応えると扉が開かれた。ミアはドレスの裾を軽く持ち上げながら馬車を降りる。目の前の白に僅かに茶色が混じり始めた簡素な建物が兵団なのだろう。出入りは厳しくないのか、出入り口からは自由に妙齢の女性や男性も出入りしているようだ。ミアは初めての場所なので通りかかった兵士に話しかけてみた。


「ちょっといいかしら? わたくし、知り合いを訪ねて来たのだけれど、ここのルールを存じ上げなくて。周囲の様子を見ると随分と自由に出入りしているようだけれど、わたくしも中に入ってもいいのかしら?」


「身分ある方のようでね。いやぁ、こんな男臭いところによくぞお越しで。お知り合いはどなたですか? ここには男が大量にいますから探すのも大変ですよ。オレがお手伝いしましょうか?」


「あら、ご親切な方ね。ではオスカーを一緒に探していただけるかしら?」


「オスカー? どっかで聞いたことがあるような……」


「そうでしょうね。将軍としてここに赴任したと聞いたもの」


「オ、オスカーって、オスカー将軍のことですか!?」


 とんでもない音量で叫ばれた。ミアは思わず耳を押さえて顔を顰める。びっくりしたわ。どうしてこんなに驚かれているのかしら? あまりにも騒がしかったのか、入口を守る兵士が不審な顔をして近づいてくる。


「おいっ、なにを騒いでいる」


「すみません! 実はこの方が将軍を訪ねてこられたようでして……」


「将軍を、か? 失礼ですが、どちらのお嬢様でしょうか?」


「わたくしアオラマス伯爵の娘、ミアと申しますわ」


「伯爵のご令嬢でしたか! これはとんだ失礼を。すぐにご案内いたします」


「お気になさらないでくださいな。突然訪ねて来たわたくしが悪いのですもの」


 ミアの身分を知ると門番は顔色を変えてすぐに対応をしてくれる。案内してくれるというので、その後ろをついてく。入ってすぐの鍛錬場では兵士達が汗をかきながら鍛錬に精を出していた。それに見物人の女性達が熱い眼差しを向けている。


 なるほど、これを目当てに女性は来ているのね。ミアもちらりと視線を向けて驚くことになる。指導側にオスカーが居たのだ。彼は軍服姿で二人の兵士を相手に鍛錬しているようだった。二人の攻撃を剣でいなし、あっという間に相手の剣を飛ばしてしまった。


 やるじゃないの! わっと兵士と女性たちが拍手するのに合わせて、ミアも一緒に拍手していると、女性達に軽く頭を下げていたオスカーが振り返る。視線が合うと目を疑うような顔をされたので、本物よ、と手をひらひら振ってみた。すると、オスカーが怖い顔で近づいてくる。数人の女性が悲鳴のような声で呼んでいるけど、いいのかしら?


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