11、汚嬢様、褒美をねだられる!

 ミアは乗馬が趣味の為、手持ちの衣装の中にズボンとシャツを所有していた。ドレスを身に纏うのは伯爵令嬢としては当然のマナーであるが、やはり動きやすさでいうのなら男装と言われようともズボンの恰好が一番である。


 叔父を撃退した翌日にオスカーが再び訪問してきた。ばあやからそれを聞いたミアは、意気揚々とドレスからズボンに着替えて庭に向かった。


「オスカー! 準備は出来てるわ。さっそく始めましょう!」


「あぁ……ってちょっと待て。その手に持っているものはなんだ!?」


「え? 言われた通りにフライパン以外のものを用意したんじゃないの」


「あのな、確かにオレはミアの体力作りを手伝ってやると言った。だから、フライパン以外の常識内で振り回せそうなものを探しておけとも言った。なのに、それか!?」


 びしっと指差されたのはミアが両手で抱えていたハリセンであった。先日、倉庫で見つけたので、父のエドモンドに許可を貰い、このハリセンとついでに手紙の入っていた箱にあったドレスと靴を頂いたのである。


「どこが悪いのかしら? ハリーは殺傷能力がなくて、好きなだけ叩ける良い武器じゃないの」


「お前が一発ですませる気がないことはよくわかった。一応聞くが、ハリーってのはそのハリセンのことか?」


「えぇ。ハリセンのハリーよ。いい名前でしょ?」


 ベシベシと手の中でハリーを軽く打ちつけて、感触を確かめる。手に馴染むし、癖になりそうな音ね。これでジョルを叩き回せば傷ついた胸もすくわ。それなのに、オスカーってばなにがそんなに不満なのかしら?


 オスカーは地面に穴の空きそうな深いため息をつくと呆れたように首を振る。なによ、その態度は。絶賛しろとは言わないけど、酷いわね!


「相変わらず、お前のネーミングセンスは絶望的だな。昔オレとノラ猫を見つけた時はニャーと勝手に付けるし、犬を飼いたいと言った時はワンダッシュと付けようとしてたもんな。いや、名前はもういい。なんでそれを選んだ? 他になかったのか?」


「探せばあるでしょうけど、これで殴られた方が痛そうだもの。特にこの先端が狙い目ね、叩いた時に削れるような動きになると激痛は避けられないって寸法よ!」


「打撃力が理由か! 恐ろしい女だな。……どうしてもそれがいいのか?」


 誰も私とハリーは引き離せないわよ! と腕に相棒になるかもしれない武器を抱きしめながら大きく頷く。横目でミアを見ていたオスカーは、ぐしゃぐしゃと自分の金髪を搔き上げる。


「お前は言い出したら聞かないからな。わかった。じゃあそれを使って教えてやる。もう一つ。オレが言った人型の丸太は用意してあるか?」


「もちろんよ。こっちに来てちょうだい!」


「お、おい……っ」


 ミアはなぜか焦っているオスカーの手を引いて、屋敷から十分な距離を取る位置に設置された人型の丸太の元に案内する。フライパンで屋敷の壁に穴を空けたため、使用人に二度目の大穴を懸念されて十分な距離を取られたようだ。……さすがにそんなボコボコ開けたりしないわよ? 


 オスカーの大きく乾いた手は温かい。そう言えば、こうして誰かと手を繋ぐのは随分と久しぶりのことね。身体が大きくなったように、彼の手も大人の男性のものになっている。無言で付いてくるオスカーを視線で振り返ると、頬が僅かに赤い。女性の扱いには慣れているだろう彼も、気心知れてる幼馴染が相手だと逆に照れ臭くなるようだ。悪戯心に唆かされて、ミアはクスリと笑う。


「顔が赤いわよ? 貴方も意外と可愛い部分が残って──」


「オレをからかおうってのか? 男経験が少ないお前がオレに勝てると思ってるのか?」


「ひゃっ!」


 ぐっと手を引かれて腰を腕に抱かれる。緑の瞳がぐっと迫りミアは思わず目をきつく閉じた。すると、耳元でチュッとリップ音がした。しかし唇が触れた感触はない。恐る恐る目を開くと、オスカーが意地悪く笑っていた。


「本当にするかよ。ミアこそ可愛い部分が残ってたみたいだな」


「~馬鹿っ」


「色ごとに慣れてないのが丸わかりだぜ。……そうだな、オレが武器の扱い方を教えてやるかわりにミアには褒美をもらおうか」


「褒美? 何が欲しいのよ?」


「一回教えるごとに、お前にはオレを抱きしめてもらおうか」


「な、なんでそんなことしなきゃいけないのよ!?」


「恋人の振りの練習をすると言っただろう。いざ、ジョルとアンディが見つかった時にこんなことで赤くなっているようじゃ、恋仲が嘘だとすぐにバレるぞ。そうならないように、そのくらいは自然に出来るようになってもらわないとな。ミア、返事は?」


「……うぅっ、わかった、わ」


 オスカーは余裕を取り戻した顔でミアの腰から手を離す。なんなのかしら、この負けた気分は! 男慣れしてないのは当然である。幼い日からジョルだけを想ってきたのだから。その相手とさえ口づけもしていないほど清い関係だったのだ。ジョルに求められはしたが、ミアが伯爵令嬢として婚前にそのようなはしたない真似は出来ないと断っていたのだ。


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