10、汚嬢様、自分流の淑女スタイルを作る!

 ミアが賓客室の扉を開くと、二人の男がソファから立ち上がった。縦に引っ張られたように高い背丈に特徴的な狐顔に髭を生やしているのが叔父だ。若い頃はさぞ世の淑女から熱い視線を浴びて来たのだろうが、その人気は現在は息子に引き継がれている。似た顔立ちの2人に向けて、ミアは優雅にドレスの両裾を僅かに上げて淑女の礼を取る。


「ご機嫌よう、ブレンダン叔父様、スタン。叔父様がわたくしにご用とお聞きしましたわ。今日はどのようなご訪問かしら?」


「会えてうれしいよ、ミア。実は、良くない噂を耳にしてまさかと思い君の元を訪れたのだよ。大事な大事なわたしの姪っ子が婚約者に駆け落ちされただなんてね。私はそんなことないだろうと言ったんだが、優しいスタンは君をとても心配してね、ぜひミアの口から真実を聞きたいというんだよ」


「ミアが傷ついていると聞いては、この僕が放っておけるわけがないだろう。どこにいても誰よりも早く駆けつけるとも!」


「スタン、そう興奮せずに落ち着いて。ソファにかけてお話しましょう?」


 ミアは二人にソファに座るように言うと、自分も向かい側に腰を鎮めた。大人しく従う二人は、さもこちらを気にかけていると言いたげな口調だが、卑しい目がミアの粗を探すようにじっくりと見ている。


 この二人が欲しいのは伯爵令嬢という立場にある女性で、ミア自身はそのおまけに過ぎないのだ。昔から、叔父はミアを自分の息子の相手に望んでいたが、目的は伯爵家の財産と地位に他ならない。父から漏れ聞いたところによれば、手がけた事業が芳しくないようだ。


「それで、どこでそのようなことを聞かれたのかしら? ジョルとは今も婚約状態ですわ。わたくしがしばらく床に伏していたせいでそのような噂が?」


 頬に手を当てて眉をしんなりと寄せる。渾身の困惑顔を作り、いかにも世間知らずなお嬢様を装う。わたくしはなにも知りませんわと言わんばかりの態度だ。嘘ではない。実際に婚約破棄はしていない。ただ、これからするつもりであるだけだ。


 その返答が求めていたものではなかった為か、ブレンダンは閉口した様子ですでに用意されていた紅茶を飲む。父の様子に息子のスタンも勢いが殺がれたようだ。浮かしかけていた腰を落ち着けると瞬時に甘い表情を貼り付けて、ミアに探りを入れてくる。


「床に伏せていたらしいが、どんな病にかかっていたのかな? ミアは前から美しいけれど、痩せて細くなった君には儚い花の風情があり、このまま散ってしまわないか不安になるよ。それほどに、ミアの心を苦しめるものがあったのではないかい?」


「心苦しいのはお二人にそのような心配をかけてしまったことに他なりませんわ。病と呼ぶほど大層なものではなかったのですよ。最近、春から夏に季節が変わりつつあるでしょう? それで体調を崩し、微熱が続いて食欲がなかっただけですもの。わたくし自身、お医者様に診ていただく必要はないと断ったくらいです」


「医者にも診せていなかったのか?」


「えぇ。わたくし恥ずかしながらお医者様は苦手ですの。今の世に女性のお医者様はあまりいらっしゃらないでしょう? いくらお医者様でも男の方に診ていただくのは緊張してしまうわ。なにはともあれ、今回は自力で元気になりましたから、ご心配なく」


 ミアが医者に診せていないと言ったのは、叔父が真実を嗅ぎまわり、病に侵された者を医師に見せていないのは不自然だと言い出されないためだ。切り出し口を封じられた叔父は話の矛先を変えてくる。


「そうか……ところで、兄上は元気かな?」


「えぇ、もちろん。今日も領地のお仕事に精を出しているご様子ですわ。わたくしが伏せっている間はお父様にもご心配をおかけしましたから、早く元の体力を取り戻さねばと思っていますの」


「それなら、スタンと散歩でもしてきてはどうかな?」


「本日は午前中にフィネアと行きましたから、また今度お誘いくださいませ」


「アースト伯爵家のご令嬢とまだ付き合いがあるのかい? あの家はいい噂を聞かないよ?」


「噂なんて当てにはなりませんわ。わたくしのことも噂でお聞きになられたのでしょう? フィネアはとても優しい子で、わたくしの大事なお友達です。そろそろお時間よろしいかしら? これから、お客様が来られますので」


 ミアはにっこりと微笑んでトドメを刺す。はんっ、人様のお友達を悪く言うなんて、本当に品のない男ね! 鼻で笑って内心毒を吐き散らす。のらりくらりと反論を封じていけば、婚姻の字も出せないまま苦い顔で叔父が話を切り上げる。


「……残念だが、今回はこの辺でお暇させてもらおう。ミア、なにかあればいつでも頼ってくれたまえ」


「父上と僕には君の力になる準備が出来ているよ」


「心強い叔父様と従兄がいることを嬉しく思いますわ」


 あくまでも穏やかに返しながら、ミアは心の中で盛大に舌を出した。


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