9、汚嬢様、自分流の淑女スタイルを作る!

 伯爵家の室内にある倉庫は使用人の管理が行き届いていたおかげか、整理整頓がきっちりとなされていた。


「見やすいのはいいけど、この中に使えるものってあるのかしら? どれもこれも派手なばかりで使い勝手が悪そうよ」


 ミアは広い室内を見回して目を半眼にした。山となって積まれているのは、古いけれどどこか高級感の漂う棚や、どこの王様が座るんだという金の椅子、宝石の施された杖や、どう見ても人間用ではない巨大な剣、値打ちのありそうな陶器の人形、くびれた腰を見せつけてくる壺、どこが素晴らしいのかさっぱりわからない色彩で描かれた絵など、あるわあるわ、無駄に高そうな品の数々。おそらく代々の伯爵が趣味か衝動買いで集めてきたものなのだろうが、ミアの求めているものは見当たらない。


「この箱は、女性用の靴が入ってるわね。まさか、どなたか女装趣味でもあったのかしら……?」


 古びた木箱をぱかっと開けたら、女性用の靴が入っていた。その下には更に漆黒の平らな箱が入っている。ミアは靴を丁寧に取り出すと、その下に収められていた箱の蓋をそっと開いて見た。するとそこから煌びやかな水色のドレスが現れる。サイズは女性用だ。どうやら女装趣味ではなく、ただ単に女性用の衣装だったようだ。


 けれど、それにふと疑問が生まれる。この屋敷には女性用の倉庫が別にあるのよね。だから、ここは男性用のものだけを納めているはずなのに、なんでドレスが入っているのかしら? 


 ミアはそれが気になり、他になにか入っていないか、ドレスの箱を取り出して中を覗いて見た。すると、箱の底に隠すように封筒が一枚置かれていた。意味ありげな場所にあることが気になる。ミアは好奇心からその封筒を手に取り、開封された切り口から中身を取り出してみる。内容をさくっと読む。…………んんっ、ふふふっ。書かれていたのは太陽も恥ずかしがって溶けるほど熱烈な恋文だった。


 でも、臭すぎるわね。誰に送ったものかしら? 上に視線を辿っていくと、なんとミアの母の名前を見つける。となると、だいたい贈り主は推測出来る。今度は下に読み進めていくと、贈った相手のサインを見つけた。……ふぅん。なるほど。


「お母さまからの贈りものということで、この手紙は私が大事に貰っておきましょう。懐かしい思い出に噎び泣く機会って大人になると貴重ですものね」


 ミアは上機嫌で懐に手紙を納めると、箱を綺麗に片づけて次を漁っていく。手頃なブツがないかしらね。出てきた甲冑セットを戻しながら、今度は棚の上に置かれていた細長い箱に手をかける。パカリと蓋を明けたミアは、そこでお嬢様らしからぬ、にぃっと悪い笑顔を浮かべる。


「良いものみ~つけたぁ。これって、以前お父様が東の国との貿易で入手したものよね」


 ミアは青い瞳を輝かせてそれを倉庫の中で掲げる。手に馴染む重さだ。満足なため息をついていると、倉庫の中にばあやの声が響き渡った。


「お嬢様! ブレンダン様がご子息のスタン様と一緒にお嬢様にお会いしたいとお越しでございます。ばあやは、『お嬢さまはまだ病み上がりですから』と、お断りしようとしたのですが、どうしてもお会いしたいとおっしゃっいまして……いかがなさいましょう?」


「ありがとう、ばあや。お父様の弟だから無理に追い返すわけにもいかないわよね。困った叔父様だこと。どうせ私の噂を聞いてまた同じ話をしに来たのでしょう。私が直接お話しするわ」


 ばあやの心配そうな顔に笑って返しながらミアは倉庫を出るとドレスの裾を整えた。賓客室に向かいながら、すっと背筋を伸ばして意識して滑るように足を動かす。


 さて、淑女の被りものをしましょうか。それも、今までとは違うものを。もう壁に控えるだけの淑女でいる必要はないもの。一歩進むごとに、マナーの教師に厳しく言いつけられた言葉を思い出す。お淑やかに、たおやかに、微笑みは絶やさず、常に背筋を伸ばし、心揺るぐことなく、媚も嘲りも受け流す。それが出来る女性こそが、真の淑女レディの呼び名に相応しい。でも、私はそこに一つ加えましょう。──心に毒を隠すこと。これが出来ないと、ね?


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