6、汚嬢様、備えの一計を案じる!

 ミアの恋心が爆死した翌日、同じ伯爵家の友人フィネア・アーストが来訪した。


 引きこもっていた間は彼女の面会を断っていたので、久しぶりの再会だ。彼女は穏やかな性格の美少女だが、ちょっぴり変わったご令嬢であった。


 賓客室で出迎えたミアにフィネアはハグを求めて両手を広げた。ミアは笑って歓迎の抱擁をする。


「あら~? 腰回りが痩せていますわぁ。けれど、婚約を反故にされて落ち込んでいるのかと思えば、ミィったらなにか良いことがあったみたようですわねぇ」


 一目見ただけで何事か見抜き、おっとりと微笑む友人にミアは苦笑で肯定する。そして室内に招きながら、椅子に腰を下ろすと、侍女が用意してくれたポットからカップに紅茶を注いで彼女の前に差し出した。


「相変わらず鋭いわね。フィネアには隠しごとなんて出来ないわ」


「うふふ。すこ~し目がいいだけですわぁ。でも、落ち込んでいなくてよかった。心配してましたのよぉ?」


「えぇ。今までごめんなさいね。せっかく訪ねてきてくれたのに、追い返すような真似をして」


「わたくし気にしていませんわぁ。ミィが元気ならいいのです。そんなことより、どんな良いことがあったんですの~?」


「誰にも内緒よ? 実はね、ジョルが駆落ちした相手がオスカーの元奥さんだったの。それで、自分自身でリベンジするために、彼と手を結ぶことにしたのよ」


「オスカー様? 聞き覚えのあるお名前ねぇ。ええと、たしかぁ、ミィが子供の頃に慕っていた幼馴染の方だったかしら?」


「私の中の二大黒歴史のね……」


 もちろん最大の黒歴史はジョルを選んだことである。それを思えばもう一つの黒歴史は羞恥心に顔を隠したくなるが、だいぶマシかもしれない。


 ミアは自分の名前をミィとしか呼べなかった頃、オスカーのことをお兄ちゃまと呼んで慕っていたのだ。ところが、ある日突然、彼は軍に入団することを決めてしまう。そのうえ、見送りたいと願ったミアの純粋な気持ちを裏切るように、別れの挨拶もなく薄情にもさっさと去ってくれやがったのである。


 幼いミアはお兄ちゃまが突然消えてしまったことにショックを受けて泣いた。三日間、朝も夜もなく泣いて周囲を困らせると、それはもう盛大に拗ねた。


 半年後、オスカーが長期休暇で戻ってきた時には、彼の名を呼び捨てにしたし、小生意気な態度も取った。二人が口喧嘩したのは、その時が初めてだったはずだ。今思えば、子供らしい拗ね方だと思う。……我ながら恥ずかしいほど慕っていたのね。


「それはいいじゃないの。話を戻すわよ? あなたには最悪の事態に備えて、一つお願いしたいことがあるの」


「いいわよぉ。なんでもおっしゃって? わたくし、ミィのお願いなら喜んで協力しますわぁ」


「ありがとう。実は、ジョルのご両親のことが気になっているの。おじ様達はジョルに一切援助しないと約束してくれたから、お父様にはこれ以上お責めにならないようにお願いしたわ。けれど、もし親子の情に絆されてジョルに支援してしまったら、その時は私も容赦しないと決めているの。だから、フィネアにはおじ様達の見張りをお願いしたいの。そしてもし機会があれば、近くで直接お顔を見て・・はくれないかしら?」


「お顔を見るにはお互いが不自然ではない場所で居合わせなければいけないけれど、見張りの件はすぐにでも出来るわぁ。任せてちょうだい。許した手前、ミィのお屋敷からその手の者を出すわけにはいかないものねぇ。うふふ、他に協力出来ることはなぁい?」


「アンディのご両親にはオスカーがすでに手を打っているはずよ。だから、今回はこちらだけをお願いするわ。面倒をかけてごめんなさい」


「いいえ~頼ってもらえて嬉しいわぁ。社交界デビューした日に、わたくしのことを気味悪がらなかったのはあなただけですものぉ。ミィの為にこの目が役に立つのならいくらでも使ってちょうだい」


 おっとり微笑むフィネアは薄紅色の瞳と銀色の髪の美少女だ。しかしその目はとても特殊で、相手の目を見れば、相手に隠し事があることも、嘘をついていることも、良いことがあったことも、一目で簡単に見抜いてしまうのだ。その的中率は高く、彼女の家が恐れられる原因であった。


 フィネアの家系は特殊な目を持つ者が稀に生まれるそうで、彼女の父もまた同じ目の持ち主であり、これまで様々な人物の数々の悪行を暴いて国に密告しているという噂まである。フィネアのお屋敷に遊びに行った時に、一度だけお会いしたことがあるが、とても物静かな方で怖いとは感じなかった。


 ただ一言「娘と仲良くしてくれてありがたい」とお言葉を頂いた。ミアの父、エドモンドとも良好な関係を築いているようだった。もしかしたら、父が亡くなった母を一途に思い続けている愛妻家であることも関係しているのかもしれない。


「フィネア、今度オスカーに会ってくれるかしら? あなたを私の大事な友人よって、彼に紹介したいの」


「ぜひ紹介してちょうだい。嬉しくて羽が生えちゃいそうだわぁ! うふふ、お友達がいるって素敵ねぇ」


 頬を赤く染めて喜んでいるフィネアは文句なしに可愛い。オスカーなら他の男性のように彼女を恐れはしないだろう。自分は特殊な目を持ってはいないけれど、ミアにはそんな自信があった。


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