5、汚嬢様、男心を知る!

 散策という名目で広い庭に出た二人は、微笑み合っている振りをしながら、小さな声で不穏な言葉を交わしていた。


「上手くいったな。やはり、可愛い一人娘のお願いには伯爵も弱くていらっしゃる」


「お父様を騙しているようで心苦しいけれど、今は許してもらいましょう。それで、これからどうするつもりなの?」


「オレの叔父が商人なのは知っているだろう? その伝手を使ってあの二人を見つけ出す。その間に、お前はそのみすぼらしい身体を元に戻すように努力しろ」


「誰がみすぼらしい身体よっ!」


 笑顔を消滅させて、ミアは声を押さえながら怒る。しかし、すぐに息が上がってしまう。いつもならこのくらい全然平気なのに。ため息を吐いたオスカーが宥めるように両肩を掴んでくる。男らしい片眉を上げて、呆れたように見下ろされるのが悔しい。


「そら見ろ。これだけで息が上がる状態なんだぞ? そんな瘦せぎすな身体で、みすぼらしくないとでも言い張るつもりか? だいたいな、お前はやつれたのを痩せたなんて歓迎しているようだが、世の男の好みってのは、女が考える理想の体型とは落差があるものだぞ」


「……痩せすぎなのは男性の好みではないってこと?」


「そうだとも。男が女に求めるのは、触れた手に弾力を感じられるような、ほどよく肉付きのいい身体だ。痩せっぽっちの身体では抱きしめた時にぽっきり折れそうで不安になる。それにな、重要なのは顔より中身だ。美人なんて長く一緒に居れば見飽きるぜ。お前の大好きな恋愛小説にあるようなドキドキする程度のトキメキは、お子様の恋だ」


「いちいち引き合いに出さなくていいわよ! ……でも、男性は美人に弱いじゃない。アンディだってよく大勢の男性に囲まれていたもの」


「ありゃあ遊び相手に選ばれていただけだ。本気で妻に据えるなら、賢明な男はあの手の女は避けるものだぞ」


「ふぅん、じゃあ貴方も遊び相手にアンディを見ていたわけ?」


 胡乱な眼差しをたっぷり乗せてオスカーを見上げると、大きな口元がニヤリと引き上がる。いやらしい笑みだこと!


「なんだ、気になるのか?」


「えぇ、とっても気になるわ。そこまで冷静なオスカーが、どうしてよりにもよって頭もお尻も軽いアンディを選んだのかしらね? 容姿がいいという理由なら、他にもいたはずよ」


「それだけじゃ説得力がなかったか? おおよそ正解だ。オレの出した条件に、あの女が同意したのが大きな理由だな。家のことに口を出さず、必要な時だけ妻という役を演じ、金さえ与えておけば満足出来る女。それがオレが妻という椅子に座る相手に求めたことだ」


「まぁ、呆れた! まったく、とんでもない条件をつけたものね。傍から聞くとあんたも十分外道に聞こえるわよ。しかも、この条件をアンディは飲んだんでしょ? 最初はお金が目的だったけど、結局愛も欲しくなったってことなの? なんて業突く張りな女なのかしら」


 その上、人の婚約者までかっさらうとは呆れるほどの欲深さだ。その頭はあまりよろしくないようだけれど。心の中で呟いて、ミアはくるりとオスカーに背を向ける。


「おい、どこに行くんだ?」


「散歩よ。あの二人と戦うのだから、体力を取り戻さないと。敵を前に息切れなんてみっともない姿は晒せないわ」


「いい心がけだ。オレも付き合ってやるよ。待て待て、ふらふらしてるぞ。オレの腕に掴まるといい」


「このくらい一人で歩けるわ」


「恋仲の振りの練習も兼ねてるんだ。素直に掴まっておけよ」


 そう言われては従わないわけにはいかない。ミアはしぶしぶ差し出された腕に手で触れる。そっと掴まると、驚くほど筋肉質な腕であることがわかる。実力で将軍という地位を手に入れたという言葉は嘘ではないのだろう。


 売り言葉に買い言葉で思わず成金将軍なんて言っちゃったけど、オスカーに悪かったかしら? ちらりとそんなことが頭を掠めて、支えるように歩く屈強な身体に成長した幼馴染を見上げる。煌く緑の瞳と目と視線がぶつかる。


「なんだ?」


「その、成金将軍なんて言って……」


「そう言えば、そのお仕置きをしてなかったな。そぉらっ!」


「きゃあ!! ちょっとっ、オスカーってばなにするのよ!」


 オスカーが口端を大きくつり上げると、かけ声と一緒にミアを空に翳すように大きく抱え上げてしまう。まるで、小さな子供を両腕で抱き上げるような仕草にミアが悲鳴を上げると、オスカーは意地悪な顔で笑ってあやすように上下に動かし出す。


「小さな頃のミアはこれをすると喜んでいたのに、今は怒るのか? だが、これでオレが軍人として鍛えてることはわかっただろう?」


「わかったから、もう下ろしてちょうだい!」


「んー? なんだ? 聞こえないぞ?」


「オスカー!!」


 からかうように笑う年上の幼なじみに、ミアは真っ赤な顔で怒りの声を上げた。


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