4、汚嬢様、眼力で押し通す!
こうして密談を交わしたミアとオスカーは、まずミアの父に顔を出して、傷ついた心を慰め合っている様子をさりげなく伝えておくことにした。これからしばらくは頻繁に会うことになるのだから、そうする方が自然に見えるだろうとオスカーに言われたのだ。
「オスカー、よくぞミアを部屋から連れ出してくれた! 私達は心配するばかりで、どうしても無理に連れ出せなかったのだよ。辛い思いをしているのに更に鞭打つ真似になりはしないかと思ってしまってなぁ。ミアに恥をかかせたジョルには報復措置を取るつもりだ。当主である父親のバーズには家督を長男に譲って隠居するように伝える」
久しぶりに娘の姿を見た父、エドモンドは髭の濃い強面を緩め、向かい側のソファーに腰かけたミアを嬉しそうに見ている。その温かな灰色の眼差しが胸に刺さる。ごめんなさい、お父様。私騙そうとしてるのよ。漏れそうになる本心にきつく蓋をして、ミアはそんな父に向かって悲しく微笑む。
「お父様、おじ様を咎めないで差し上げて。ただでさえ、ジョルのせいで頭を痛めているのですから。何があっても今後彼等には援助をしないと約束してくれただけで十分です。お義父様とお呼び出来なくなったことが残念ですが、今までよくして頂いたのですから、配慮してさしあげてください」
「だが、あやつの息子は人妻に手を出すような恥知らずだ。お前とジョルが想い合っているからと許した婚約なのに、あちらが一方的な理由でお前を裏切ったのだ。お前の将来にも影響する可能性のある事態を引き起こし、我が家に泥を塗った行為は許し難い」
娘のことを優先しているが、貴族としての矜持も父は忘れてはいないのだ。私だって本当なら、掘った穴にジョルを埋めて、その上でダンスパーティーでも開いてやりたいくらいくらいだわ! けれど、彼自身のことと彼の両親のことは別だ。けして一緒に考えてはいけない。
父をどう止めようか上手い言葉を探していると、そんなミアの気持ちを察したのか、オスカーが助け船を出してくれた。
「エドモンド伯爵、お気持ちはよくわかりますが、誰の目にも見える報復措置は周囲の貴族からあなたが狭量な人物だと見られてしまうかもしれませんよ。今回は一番傷ついているミアの気持ちに免じて、彼女の意志を優先してあげてはどうですか?」
「うーむ……ミアは本当にそれで良いのか? 母を亡くし大事に育ててきた可愛い一人娘だ。お前のためを思えばこそ、家柄が下の相手でも許したのだぞ。それはひとえに、お前の幸せを願ったが故にだ。だがこうなっては、お前に良き縁談を探すことは非常に難しくなるだろう。噂がすでに広がっているのだ」
「ジョルとの婚約破棄には本人の署名が必要です。まずは本人を探さねばなりません。それをオスカーが手伝ってくれると言いました。ですから、次の婚約者を探すのは少しお待ち頂けませんか? 私もまだ心の整理がついていないのです」
「もちろん、すぐに次の相手をお前の前に連れてくるつもりはない。だが、相手の目星はつけておかねばなるまい」
「我が家に世継ぎが必要だからですね? 私もそれは承知しています。お父様がわたしのために心を砕いて下さったことも知っております。今回のことは本当に腸(はらわた)の煮え……コホンッ、胸の痛むことでしたけれど、未来に悲観はしていません。お相手くらい、自力で見つけて見せますわ!」
「そ、そうか……?」
娘のかつてない眼力に気圧されたように、父が声を小さくする。ミアは今回飲まされた煮え湯の熱さを忘れてはいない。そう、100倍にしてジョルにお返しするつもりだ。
「ミアの気持ちが落ち着くまで、オレが傍で見守りますから、今しばらくは彼女の好きにさせてやってはくださいませんか?」
「いや、しかしなぁ……」
「神に誓って不誠実なことはいたしませんよ。ただ、彼女が傷ついた原因がオレの元妻、しいては、オレの不徳にあるのならば、傷つけてしまった償いをさせてほしいのです」
「……ミアはどう思っているのだ?」
「この胸の痛みを誰よりも理解出来るのは、同じ傷を負うオスカーに他なりません。裏切られて傷ついたのは彼も一緒ですもの。きっと、今の私は周囲に笑い物にされているのでしょうね。ですから外に出たくありませんでした。けれど、同じ立場のオスカーならばわたしは受け入れますわ」
「わかった。オスカー、君のことは子供の頃からよく知っている仲だ。やんちゃ坊主とおてんば娘だと君のお父上であるアルフレッドとはよく笑い合ったものだが、今や立派な青年だ。将軍という地位にふさわしい振る舞いをしてくれると信じよう」
「お約束しますよ、伯爵」
うわぁ、誰よこの爽やかな笑顔の男は。胡散臭いわね。父はオスカーの返答に満足そうにうんうんと頷いているが、ミアは口端が引きつりそうになるのを必死に誤魔化していた。
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