3、汚嬢様、恋心を爆死させる!

「当然だろう?」


「なぁんであんただけぇ!!」


「うるさい、叫ぶな。こっちはアンディが手紙を残していったからだ。あの女が出ていくのは、オレの愛を感じられないからで、自分だけが一方的に愛する状況が苦しく、ジョルと逃げることにしたらしいぞ。オレを今でも愛しているが、ジョルには寂しさを癒してもらったから切り捨てられない。少し距離を置いて考えたい、だと。簡単に移ろう安い愛なんぞいらんわ。その手紙を証拠として提出してとっとと離縁しただけだ。もっとも、あの女はまだオレの奥方のつもりでいるだろうがな」


 鼻で笑うオスカーと、元奥方─アンディの自分に酔いしれた手紙の内容に、ミアははしたなくも舌打ちをしたくなった。


「あんたの元奥様、頭が悪すぎるわね。要するに、私の為に争わないでってやつでしょ? 王道の恋愛小説によくあるやつね」


「お前、まだそんな小説を読んでるのか?」


「べ、別にいいでしょ! 恋愛小説は乙女の必須アイテムなのよ! あんたこそ結婚したばかりなのに家に帰らないなんてどういうことよ? 新婚なら飛んで帰るものなんじゃないの? どうしても帰れないならその理由とか、気持ちは伝えていたの?」


「そんなこと伝えるか。そもそも、お前は前提の認識を間違えているんだ。オレはあの女を愛していない」


「はぁ!? それならなんでアンディと結婚したのよ!?」


「オレは本命と絶対に結婚出来なかったからだ。だが、親父にはまだ結婚せんのかとせっつかれていたし、纏わりつく女共の相手も面倒でな。軍人と言えども社交界で渡り合うにはパートナーの存在は必要不可欠だ。だから仕方なくあの女を奥方の椅子に座らせただけにすぎん。本命じゃないなら誰が座ろうと一緒だろう?」


 オスカーの言葉に開いた口が塞がらない。まさか彼に本命の女性がいたうえに、すでに振られていたなんてちっとも知らなかったのだ。


「……相手は誰なの? 私の知り合いなら協力出来るかもしれないわよ?」


「必要ない。お前は自分の婚約破棄を優先させろ。オレの事情はこれで理解したな? すり寄ってきた女の中から頭が悪そうで容姿がいい女を適当に選んだだけで、そこにオレの気持ちはない。あいつもそれは承知の上で結婚に応じたんだがな」


 つまりは、政略結婚のようなものだったのだろう。けれど、アンディは女として愛される自信があったのかもしれない。あるいは、途中で本気で好きになった可能性だってある。


 どちらにしてもオスカーに気持ちを向けてもらうという望みは叶わず、最後の手段としてオスカーの気を引くためにこんなことをしたのかもしれない。けれど、よりによってその相手が自分の婚約者というのはどんな嫌がらせだろうか。


「まぁ、だいたい事情はわかったわ。あんたは男だし年も若いから離縁してもさほど問題にはならないでしょうけど、私は違うのよね……」


 婚姻関係ではなかったが、婚約破棄となれば女性側に傷がつく。オスカーより三つ年下のミアは今年で二十二歳だ。結婚適齢期になっているのに悪い噂が立てば、新たな男性と婚約を結ぶのも難しくなりそうだ。考えるだけで頭が痛い。


 ため息をついて先行きを憂いていると、オスカーがテーブル越しに手を伸ばしてきた。顎を指で撫でるように取られて、目を覗き込まれた。距離が近過ぎて、幼馴染なのに見知らぬ男を相手にしている気分になる。輝く緑の瞳にじっくりと見つめられて、堪らずミアはきっと睨み返す。


「な、なによ?」


「オレの話に乗る気はないか? お前の婚約破棄もオレの問題も一気に解決する上に、馬鹿共に楽しい意趣返しが出来るいい方法があるぞ」


「え? そんな方法があるの?」


「あぁ。聞くのなら乗ってもらうぞ。どうする?」


 企みを含んだ声に囁かれて、ミアは迷った。聞かずに了承していいものかと思うのは、彼が身内に甘い半面、敵に周った者には苛烈な対応をすることを知っているからだ。度が過ぎれば、責められるのはミア達になるだろう。だが、このまま終わらせるのは、我慢ならなかった。


「…………乗るわ。このまま向こうばかりが愛の逃避行を楽しんでいるなんて、とっても癪に障るもの!」


「よし。それならミア、オレと恋仲の振りをしろ」


「はっ? 恋仲って、どういうことよ?」


「傍から見れば、オレ達は愛する人に捨てられた立場なわけだ。それを利用するんだよ。傷心のオレ達がお互いを慰め合うことで、真実の愛を見つけた。そういう筋書きを作ってあの二人に見せつけてやればいい。悪いのがどちらかを公衆の面前でさらけ出してやれば、今回の醜聞は、オレ達に対する同情に流れを変えるだろう」


「待ってちょうだい。その時はいいとしても、後はどうするのよ? お互いにずっと恋仲の振りをしているわけにはいかないわ」


「なにも全ての人間に見せつける必要はない。裏切り者達が信じ、街で噂に上がるくらいでちょうどいいのさ。オレ達が認めなければ噂は所詮噂で終わる」


「つまり、普段はいつも通りでいいってこと?」


「恋仲の振りの練習はしてもらうがな。基本はそれで構わない。お前の婚約破棄が叶えば、ミアの好みに合いそうな年の近い男を紹介してやるぞ。その頃には同情の方が勝っているはずだからな。醜聞のある身で新たな婚約者を探すよりよほどいいだろう。今のままでは、次の相手はだいぶ条件が悪くなるはずだ。年の離れたエロジジイになる可能性だって十分ある。それなら、馬で駆けるようなお転婆にも引かない男の方がいいだろう? どうだ? 悪い条件じゃないはずだぜ」


 悔しいがオスカーの言うことは的を射ていた。もう婚約なんてしたくないといくら思っても、ミアの立場的にそれは出来ない。なにしろ伯爵家の一人娘なのだ。後継ぎはミアしかいないのだから、婚約どころか婚姻して子供を残さねばこのまま家を絶えさせることになる。


 それに考えてみると、オスカーなら顔は広いはずだ。大商人の二男である父親が婿入りをして貴族の仲間入りを果たしていることから、商人としての伝手と、彼自身が手柄を立てて将軍まで登りつめているので軍人の知り合いも多い。


「確かに悪くない条件ね……いいわ! その話を受けましょう」


「お前なら必ずそう答えると思っていた。それなら、今日からオレ達は協力者だな。まぁ、見ていろ。すぐにあの馬鹿共を見つけ出して、お前の目の前に引きづり出してやるよ。今頃幸せの中にいるだろう二人を完膚なきまで叩き潰す。それに振りとはいえ恋仲になるんだ。お前が本気になりそうなほど惚れさせてやるさ」


「お手柔らかにお願いするわ」


 自信を見せつけるように大きな口元に笑みを浮かべるオスカーに、ミアも皮肉な笑みを返す。私達を裏切った二人に、必ずリベンジしてやるわ!


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