第61話 二人目
「いや、美味いなコレ」
俺の手元にあるのはこんがりと焼き上がった茸。茸の笠に当たる部分が大胆に割かれ、一口大の大きさにカットされている。一口頬張れば外はカリカリ中はジューシー、じゅわりと旨味成分が染み出し口内を支配する。程よい弾力と歯ごたえ、噛み切った後に訪れる幸せを噛み締めながら、俺はエリンブナの素焼きを味わっていた。
ちなみにそのエリンブナ、実物を一言で表すなら大きな椎茸だった。
体長で言うと五、六十センチにもなろうデカい椎茸ってのは中々のインパクトではあったが、戦闘能力を持たず、足が生えた石づき以外はほぼ全て可食部ということもあって今では竜王国の貴重な食料となっている。
フィエリが柔らかい鶏肉と評したのも納得の味だ。
「もぐ……おいひーれふー……もぐ」
「フィエリ、食ってから喋ろうな」
俺の隣でエリンブナを頬張っているフィエリからも感想がまろび出る。
おかしいな、この子確かいいところの出のはずなんだけどな? ブルカ山脈に来てから野生に目覚めでもしたのかな?
まあ別にとやかくは言うまい、この場は王国の晩餐会でもないのだ。決して汚くはないが、あまりお行儀が良いとも言えない仕草で彼女は頬を緩め、美味しそうに食事を楽しんでいた。
「……うん、これはキレがあっていいね。さて次は……」
「まだ飲むのかお前」
対してヴァンは人間体のまま、ナーガから納められた幾つかの酒を順繰り順繰りに飲み比べしていた。木製のコップに酒を満たしてはちびちびと味わい、一口ずつ利き酒の紛い事をしながら楽しんでいるような感じだ。
ラインナップとしてはミードや、ワインのような果実酒が中心となっている。森林という立地上、米や麦が無いから些か偏ってしまうのは仕方がない。俺としてはビールをぐいっと行きたいところだが、無いものはないからな。麦がどこかで手に入ればエールくらいは作ってみたいものである。
「ははは、酒というのは面白いな。様々な種類と味わいがある」
「気に入ったようで何より。あんまり飲み過ぎるなよ」
「それは心得ているさ」
しかし古代龍種がまさか酒にハマるとはいったい誰が予想出来ただろうか。
上機嫌に身体を揺らしながら酒を嗜む外見年齢女子中学生ってのは絵面が中々にヤバい。実態で言えば未成年飲酒禁止法に引っ掛かるわけはないし、ここは日本ではないから問題は何もないはずだけども。
そういえば竜って酒に酔うんだろうか。日本神話なんかではヤマタノオロチが酒で酔っ払って寝ちゃった話もあったような気がする。
ちびちびとは言え、見る限り結構な時間飲み続けているヴァンの体内には少なくないアルコールが入っているはずだが、彼女の様子から酔った素振りはまったく見られない。そもそも魔法がある世界だしな、アルコールも彼女の体内でどうにかして分解されているのかもしれん。
酒に酔って変な言動さえしなければ嗜む程度問題はないか。こんな細かいことでわざわざ諫言を行ってヴァンの機嫌を損ねるのもなんだかなあという感じなので、本人が分かっているならそれ以上の言及は避けておこう。
「全体的に上手く回ってるし、とりあえず一段落ってところかな」
エリンブナの素焼きに舌鼓を打ちながら、俺は言葉を零す。
現在俺たち三人は第二回となる円卓会議を終え、こうして細やかな宴を催しているところだ。前回の会議が終了した後にお祝いでもするか、と提案してみたはいいものの、今この居城には碌な食い物がない。
まさかキュロッツの切干で食卓を埋める訳にもいかず、じゃあそれは各種族から色々と上納を頂き、ある程度余裕が出来てから行おう、となったわけだ。
で、先程まで行っていた第二回円卓会議に関してだが、参加者は前回と変わらない。ヴァン、俺、フィエリに加えてラナーナ、ホガフ、リラ、プラヴェス、ブラチット、ピニーと、早くもお馴染みになりつつある面子である。
議題としては前回も挙がった話題に関する進捗確認が主を占めた。
エリンブナ、ジャルバルの養殖進捗。
魔鉱石の加工状況と配備状況。
各種族の食材事情の確認などである。
その中でまず喫緊の課題でもあった越冬のための魔鉱石。これについてはドワーフたちの協力もあって必要最低限は何とか行き渡った形となる。
フィエリにも頑張ってもらっている加工だが、話を聞いてみるとどうやら本当に初歩の加工を途中で止める類のものらしい。フィエリほどの知識と経験があれば、道具さえ整えば難なく作れるレベルだったようで何よりだ。
こぶし大の魔鉱石をチクチクと彫り進めているフィエリの姿は内職に勤しむ少女にも見えた。いや確かに少女という年齢ではあるんだが。
魔鉱石を加工する道具、というのはホガフから一式を拝借しているのだが、錐やカッターのようなものが数種類、革製のポーチにぶら下がっているといったものだった。どうやら道具の先端もまた同様に魔鉱石で作られているらしく、もし王国に持ち込めばそこそこの値段で売り捌けそう、というのはフィエリの言だ。
この加工道具、別に普通の鉄や銀と言った鉱石でも問題はないらしい。
ただ魔鉱石を使った方が加工難度が下がり、品質も良いものが出来易いそうだ。そこら辺はまーた早口オタクになりかけたフィエリが懇切丁寧かつ迅速に説明をしてくれたのだが、俺自身がそういう技術一つひとつにまで精通する必要性はないと考えているので適当に流していた。
なので具体的な製法や作用については残念ながらほとんど記憶に残っておりません。フィエリごめんね。
魔鉱石を暖房器具代わりにする加工一つとってもその出来栄えというか調整は様々で、手に持つとじんわり温かい程度のものから素手で触ると火傷しかねないものまで幅広い。固定型の暖房からカイロ代わりまで、何でもこなせる魔鉱石というアイテムにはほとほと舌を巻くばかりだ。
今回は温めるために使っているが、逆に魔力を冷気に転換するような加工もあれば今度は夏を凌ぐ冷房代わりにもなりそうだな、と零したところ、どうやらそれも可能らしい。王国ではそれこそ冷房から冷凍庫の動力まで利用しているそうで、早速食材の保存にも一役買って貰っている次第である。
これはまた考えることが増えたなと感じるものの、主に魔鉱石の利用用途が果てしなく広くてどうやって活用してやろうという前向きな悩みなのでまだ有難い。本当にこれ一つで日用品から戦略物資まで賄えるってんだから恐れ入る。
最初は魔鉱石を貿易の品にしようと思っていたが、そんなことしたら相手国が潤いまくるだけだ。やはりこいつは国内で貯蔵、消費するに限る。
経済の構築にあたって金は確かに欲しい。しかしそれ以上に、この戦略物資が諸外国へ流出するリスクの方が遥かにデカいと感じた。
で、その魔鉱石が最低限各種族に行き渡ったため、同時進行でエリンブナの栽培にも手を出した。
五棟の小屋をホガフらドワーフに用意してもらい、そこにラナーナ率いるナーガたちに群生しているエリンブナの幼体を原木ごと持ち込んでもらった。
結果だけを先に述べれば、五棟の小屋のうち三つは全滅。環境が適切でなかったためか、成体になることなくエリンブナが死んでしまった。
まあこれは予想の範疇ではある。俺も全ての環境下でエリンブナが育つとは思っていなかったし、ベストな環境を探るためにそれぞれ温度と湿度を変えたところもあるからな。
無事なうちの一棟では自然栽培と同様の成果が見られ、もう一つの一棟では自然栽培よりも遥かに早く、そして大きく育ったエリンブナを栽培することに成功した。やはり暑すぎてもダメらしく、どちらかと言えば人間でも過ごせる程度の気温で、かつ湿度が高く維持されていると生育が捗る様子だった。
そうして残りの四棟に関しても大成功した環境と同じように揃え、エリンブナの養殖環境がようやく整った形だ。今はその成果物をありがたく頂戴しているところである。
また、エリンブナを調理する手段として、ジャルバルから作られた木炭を利用している。バーベキューと表現するには些か自然味が強すぎるかもしれないが、炭火で焙った茸というのもまた味わい深い。
「後はまた来月の会議待ちだな」
今回の会議ではそれぞれの進捗報告の他、次回の会議までの宿題というか、一つ提案を行っている。
と言うのは、それぞれの種族毎に不文律や掟などが存在しているのなら、それらを纏めてきて欲しいというものだ。
再三のことだが、このヴィニスヴィニク竜王国では人間の方が少ない。プラヴェス卿やその部下たちが配下に加わったとはいえ、総数で言えば異種族の方が遥かに多い現状である。
そんな中で、人間の常識だけを基準とした国の決まり――いわゆる法律を作り上げるわけにもいかなかった。
今後交通網や種族間の交流も広げていかなきゃならない中、互いに罪の意識が何処にあるのかというのを調査しなきゃならない。
極端な話、人間が普段狩っている動物や食している作物が他種族のタブーだったりしたら目も当てられないのである。
凡そ栽培、収穫されている動植物は調査出来たから今のところその心配はないが、今後種族が増えない保証もない。そういった事項も軽視は出来ないのだ。
とはいえ、それら全てを口頭で受け取って覚えていくというにも無理がある。だから課題として与え、文書で残したいと考えたわけだな。
それらが出揃えばようやく、社労士っぽいことが何とか出来そうである。いや本来社労士ってのは法律を作る側では決してないんだけど。少なくとも立国したりジャルバルやエリンブナを養殖したりは社労士の仕事じゃあない。それに比べれば法律という単語が出てくる分まだ全然近しいのである。
「ハルバー! ……あーえーっと……さいしょーかっかー!」
「ピニーか、どうした?」
俺とヴァン、フィエリの三人で仲睦まじくささやかな食事を行っているところ、フェアリーであるピニーが飛び込んできた。
「あのね! プルーから連絡きた!」
プルーというと、プラヴェス卿のところに派遣しているフェアリーだ。
何だろう、会議は先程終えたばかりだから改めて連絡を寄越す、というのはちょっと考えにくい。何か伝えることがあるのならあの場、もしくは会議が終わった後に俺を呼び留めれば済むはず。
となると、何かが起こったと考えるのが妥当か。
「プルーは何て言ってる?」
「えっとね、ヴィニスヴィニク様宛の来客が来てるって!」
「んー?」
ヴァン宛の来訪とはまた珍しい。
というか、外部にヴァンのことを知っている者が居るというのが意外だ。彼女は基本的にブルカ山脈で篭っているから知り合いが少ない。古代龍種と友好を築いている人物ってのも物珍しさに拍車をかけている。いや人のことは言えないかもしれないが。
「ヴァン、心当たりある?」
「さてね……少なくとも人間の知己は外には居ないはずだが」
当人もどうやら心当たりは無さそうだ。
ヴァン宛に来るということは少なくとも、ヴァンのフルネームを知っていることになる。このブルカ山脈まで足しげく通い、ヴァンと友好を結べる者がそう居るとは思えない。
とはいえ、じゃあそれが騙りか、と問われればそれもまた難しいように思う。そもそも彼女の存在と名を知っている者が外部に居るのかが疑問だ。ゲルドイル卿とのやり取りで俺が紹介はしたが、その間柄ならこうやって訪ねて来る、というのも腑に落ちない。
「まあとりあえず……来てるってんなら追い返すのはよくないか」
人物も用件もまったく不明だが、逆に言うとそれが分からないうちに追い返すってのもあまりよろしくない。
だが、こちとら一応国家なのだ。
素性も得体も知れない人が『陛下に会いたい』と突然アポなしで現れたとして、じゃあ会いましょうとは頷けないのである。
「ピニー。その来訪者の名前とか特徴とか聞いてみてくれ」
「はーい!」
こちらの対応を伝えるとピニーは頭に手をやり、うんうんと頷いている。きっとプルーと交信しているのだろう。
こういう時、フェアリーは絶妙に使い勝手が悪い。
多分、ヴァン宛の来訪ということで対応しているのはプラヴェス卿だと思うのだが、そのプラヴェス卿と直接話が出来るわけではないから、どうしても双方でワンクッションが入る。
フェアリーの知力と性格上あまり込み入った話も出来ないから、情報の伝達に小さくないタイムラグが出来てしまうのも痛い。
まあ、とは言っても代替手段がない以上どうしようもないんだが。
それに、連絡できない状態よりは当然できる方がいいからな。
「うーんと……アーシェンドラウ? って言えば伝わるって!」
果たしてピニーから齎された第二報は、いまいち俺には理解出来ない文字列であった。
「やつか。分かった、行こう」
「待て待て待て」
「うん?」
とか思っていたらヴァンが勝手に納得して向かおうとしていた。
説明をしろ。お前だけ納得してお前だけ動こうとするんじゃない。
「どこの誰か知ってるなら説明してくれ」
慌ててヴァンをその場に留める。
そのアーシェンドラウさんが一体何者か、こっちはさっぱり分かっていないのである。ヴァンはその来訪者が誰か察しが付いたようだが、だからと言って説明もなしに国王がいきなり動こうとするんじゃない。
人のことを言えたもんじゃないがフットワークが軽すぎる。もうちょっと自分が国王だという認識を持ってほしい。
と言うか外に知己は居ないはずじゃなかったんかい。
そんな俺の抗議の声と視線を受け止めてか、ヴァンはふと思い出したように顔を上げ、その声を発した。
「ああ、名前は伝えてなかったか。このブルカ山脈には古代龍種が我の他にもう一体居ると最初に言っただろう? アーシェンドラウがそれだ」
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