第60話 円卓会議 4
「養殖……ですか」
俺の言葉に最初に反応を返したのはプラヴェス卿であった。あくまで言葉が出ただけっぽく、その様子は他の面々と変わりはなかったが。
「そうです。現状持ち得る情報と手段から恐らく可能かと」
プラヴェス卿の一言から、全体へ周知するように言の葉を響かせる。
当然だが俺はエリンブナという生物? の生態は詳しく知らない。あくまで持っているのは現代日本で培った菌糸類の知識だ。身の丈が数十センチにも上る茸を俺は知らないし、歩き回る茸なんて聞いたこともない。
だが、この世界は地球の日本と似通った気候であり、四季も存在している。魔力という不確定要素こそ混じっているものの、生態系自体は俺の知る常識と然程差が無いと見たね。ジャルバルが腐葉土で大きく育ったという結果も良い後押しになっている。
魔鉱石の理屈といい、俺の居た世界とこの異世界では世界の常識こそ異なるものの、走っている根本の理はほぼ同じだ。であれば、エリンブナの養殖も俺の知る菌糸類の生態知識で通じるはず。
「確かに実現すれば非常に大きいでしょうな。しかしどのように……?」
「それは今から説明させて頂きます。ラナーナさんやホガフさんらにも協力はお願いする形となりますが」
菌糸類の養殖となれば適切な温度と湿度の維持が決め手だ。
前者に関しては魔鉱石で、後者に関しては森という立地、そして豊富にある水と木材で担保出来る。言う通り多少手間はかかってしまうが、エリンブナの養殖が実現出来るとなれば労働の対価として食料の融通を行うことも可能だ。必要経費として働かせられる範囲だろう。
「我らは構わぬ。エリンブナが数多く手に入る手段が確立されるのであれば悪くない」
「儂らもじゃな。出来れば酒っちゅうやつも飲んでみたいが」
ナーガ、ドワーフからの感触は悪くない。
酒については今のところナーガしか作れていないので、品目として納税項目に挙げるかどうかは要検討だ。数に余りがあるようなら少し融通をお願いしてもいいかもしれない。
何にせよ、この会議が終われば各エリアで栽培、生育、作成されている農作物や食料、嗜好品に至るまで一通り集める予定ではある。俺の常識で知れるものもあれば全く分からんものも出てくるだろうが、とにかく今は全ての品を確認したいからな。
まあそれは会議が終わる頃に指示を出せばいい。今はエリンブナについての話を詰めておこう。
「先ずラナーナさんたちにはトレントに根付いた、あるいは移設が可能なエリンブナの幼体を見つけて欲しいんです。それらを養殖場に移動させる必要があるので」
「承った。その程度であればすぐ見つかるだろう」
「それとホガフさん、小さいもので構いません。気密性を重視した小屋を五棟ほど立てて欲しいです。場所は……そうですね、森林の浅いところ、出来れば水源の近くでお願いできればと」
「ふむ、了解じゃ。木材は現地で調達するが構わんかの」
「問題ない。好きにするがいい」
俺の要求に恙なく答えてくれるラナーナとホガフ。地位と役職を考えれば命令も出来るのかもしれないが、俺はあくまでお願いする態度を崩さない。俺の性格というものもあるが、物腰は柔らかいに越したことはない。無駄な衝突や不和を避けられるからな。
「しかし、何故小屋を五つも?」
「実験のためですよ、プラヴェス卿」
小屋を一つではなく、五棟要求したのは言った通り実験のためだ。ジャルバルの時もそうだったが、比較検証は実験の基礎である。どのような環境を整えればエリンブナがよく育つのか、その基準を知っておきたい。
「それで、その五棟の小屋についてですが――」
こちらの手持ちには温度計や湿度計といったものが無いので、小屋内の環境調整は体感になるだろう。そこら辺は周囲の空気に敏感なハルピュイア辺りに協力してもらえればな、程度に考えている。
まず五棟の小屋だが、出来次第、発熱効果のある魔鉱石を配備する。
ただし均一に配置するわけではなく、数や密度で気温自体を上下させて様子を探る。体感的に暖かいな、程度から蒸し暑い日本の酷暑レベルまでだ。現在の環境でも自然と繁殖はしているようだから、そこまで極端な対応は必要ないかもしれないが、実験の分母は多ければ多い方がいい。
また温度と同様に、湿度も変えて対応する。これは枯れ木や枯れ葉、藁などを集めて水を吹っ掛ければいいだろう。幸い水資源には困っていないのでここも幾つかパターンを用意するつもりだ。
多分、五つのうち幾つかは駄目になると思う。実験が全て上手くいくとは俺も思っていない。ただそのうちの一つでもいいから、自然栽培より質の良いエリンブナが育てばオッケーだ。今後はそれを基準に環境を整えて栽培すればいい。
「このようにしてエリンブナの理想環境を作り上げ、それが完了すれば本格的に養殖場の整備を進めたいと思っています。全ての棟でエリンブナが全滅でもしない限り、春先には間に合うでしょう」
エリンブナを養殖する環境が整えば、次は場の設定だ。
湿度が重要なのであれば水場に近いところを中心に作る。出来ればプラヴェス卿らが駐留しているエリアに近しい場所で栽培をしたい。ナーガに任せるなら大森林の中でもいいんだが、森深くに作ってしまうと今度は運搬が難しくなるからな。運び出す手間も考えれば、ある程度開かれた立地の方が都合はいいだろう。
合わせて、今回作るのは小規模なもので十分だが、本腰を入れて養殖に取り掛かる場合は建物にも一工夫必要だと考えている。俺たち人間が出入りする扉とは別にキャットドアのような、片開きの扉を拵えたい。無事幼体から成体へ成った個体が丁度潜れるサイズのだ。小屋自体を増設するか、最初から見越して大きな小屋にするかは悩みどころだが、まあ最初は出来合いで十分だろう。
小屋の中ではキャットドアを挟んで簡易的に仕切りを作り、幼体が群生する原木と、ドアを潜った成体とで別れるようにする。その方が収穫しやすいだろうからな。外で放牧させることも考えたものの、多分茸に放牧って必要ないと思う。あと屋外だと仕切りを作るのが難しくなるし、小屋内との気候差で下手に数が削れてしまうのも避けたい。
成体を小屋の中ですし詰め状態にしておくのでは繁殖の数に限界がある。なので、定期的に成体を狩っていく必要はあるだろう。逆を言えば定期的に狩って備蓄にしていけばいいということで、単純に仕留めるなら外で動く的より屋内で倒す方がはるかに楽である。
恐らく成体になれば菌糸を撒き散らすはずだから、環境を整えた小屋の中にある原木へ菌糸を植え付けた後に仕切りの外に出るように仕向ければ、数の把握もしやすい。そしてその一連の流れを半自動化したいが故のキャットドアだ。
エリンブナの個体が増えれば一度に群生する幼体の数も増えるだろう。それに合わせて小屋や原木を増設していけば軌道に乗るはず。
「――と、このような形で考えています」
「なるほど……王国では流通量も極僅か、生態も謎が多いものでしたが、ラナーナ殿の話から察するに養殖には向いていそうですな」
「私もそう判断しました。他にご意見などありましたら」
「私からは特にない。それでエリンブナが育てば御の字だな」
「儂からも特に意見なしじゃ」
プラヴェス卿からの反応を見るに、そう悪い案でもないようで何よりである。ついでにエリンブナに関して他の意見が無いか募ってはみたものの、どうやら俺の筋書きで凡その問題はなさそうだな。
ブラチットとリラは頷くのみに止まり、良い意味での沈黙を保った。というのも、ハルピュイアとラプカンはエリンブナを主食としていないからだ。ハルピュイアは食性からして食えなくはないのだろうが、そう食指が動くものでもないのだろう。ラプカンは元々草食だし完全に埒外って感じ。
ハルピュイアはエリンブナこそ食べないが、ジャルバルの実をおやつ程度に嗜むという情報をファルケラから得ている。ジャルバルの養殖が軌道に乗って実が余るようであれば、彼女たちへの福利厚生として配るのもありかもしれない。
それにあわせてナーガから酒の製法でも教わってみるか。醸造酒であればそう難しいことはないはずである。いやでも、宰相自ら酒を造るってどうなんだろう、何か違う気がする。プラヴェス卿の部下たちにでもやってもらおうかな、彼らも酒は嗜むはず。
「では、エリンブナに関してはその通りに。話題は変わりますが、皆さん。森をはじめ皆さんの居住地で採れるもの、または栽培しているものを少数で結構ですので、一通りお納め頂けますか」
エリンブナについては後は実行あるのみだ。特に反対も補足もないようなのでここで一旦話を切る。
ついでと言っては何だが、今このタイミングでお願いごとも伝えておこう。
酒は勿論のこと、品目として何を徴収して何を還元するのか、ここも早いうちに整えなきゃならない。
だって今決まってるのってラプカン領からのキュロッツだけだからね。ナーガに関してはさっきの叙任式で初めて正式に傘下に入ったから仕方ないにしても、エイングルフだけでも取れるものが多様に過ぎる。
ドワーフの芋やハルピュイアが普段狩っている獲物、フェアリーが食す果実系なども全部含めてこの機会にまとめて把握したい。
ドワーフたちには現状ぶっちぎりで沢山働いてもらっているが、碌な還元が出来ていない状況もある。ホガフが酒に興味を示しているのでそれはほぼ確定にしても、急がないとな。
「了解っす。でも冬なんで、狩れないやつもいるっすよ」
「そこはまた後日教えてくれればいい。当面は今狩れるやつでいいよ」
「ういっす」
「とは言っても儂らには芋といくつかの野菜くらいしかないぞ。それも家庭栽培程度のもんじゃがな」
「ふむ、我らは狩りで獲れる獲物を一通り、といったところか」
「そうです、エリンブナの実物も確認したいので。あとお酒とか作っているもの、育てているものもあればお願いしますね」
「ふっ、いいだろう。どうやら余程気になっていると見える」
「あ、いえ、私個人がという訳じゃなくてですね……ああいや、気にならないと言えば嘘になりますが……」
「はっははは、そう焦らずともいい。安心しろ、ちゃんと持ってこさせる」
「……よろしくお願いします」
くそう、何か恥ずかしい。俺は管理監督者として正しく物資の確認をしたいだけなのに。
俺の反応が何かのツボに入ったのか、普通と豪快の間くらいの笑い声とともにラナーナは言葉を返す。ただまあ、終始ごたつくことも険悪になることもなく、割といい空気でこの会議を進められたのは良いことだ。今のところは種族間のしがらみもなさそうで何よりではある。
「では、他の議題がなければ第一回円卓会議はここで終了としたいと思います」
きっと、そういうものが表に出てくるのはこれからだろう。
今この場に集まっている種族たちは良くも悪くも他種族との交流がほとんどない。今まで見えていなかっただけで、今後問題が表面化する可能性も否定出来ない。個人間の好き嫌いから種族間の不和まで、大小色んな事件も起きてくると思う。これだけの数が居る中、全員が全員と仲良くってのは土台無理な話だ。
そんな出来事の調停も今後仕事になってくる、と考えると少し気が重いが、まあそこはなるようにしかならんわな。その芽を早期に発見、対処するための円卓会議でもある。この場は定期的に設けていきたいところだ。
「この円卓会議は定期的に開催していきたいと考えていますので、また次月に行う予定です。詳しい日程は後日お伝えしますが、各種族毎に相談したいことや問題などがあれば積極的に提起してくださいね」
俺の宣言に、各種族の代表者が頷きを返す。
今回は越冬に関すること、また各種族の生活様式を多少知るという大目的こそあったが、次回以降は言った通り、各種族の代表にトピックスを持ち寄ってもらう形になっていくだろう。エリンブナの養殖などの国家運営に関する進捗以外は基本的に地方自治として任せていく方針だからな。
「それでは、以上をもって終了、解散と致します。皆様お疲れ様でした」
「うん、皆ご苦労だった」
ヴァンが最後に一言を添え、以上で第一回円卓会議は終了だ。
後はブラチットに帰りのハルピュイアタクシーを再度呼び出してもらえば、今日のお役目としては本当に終わりとなる。
いやー、疲れた。
洞窟全体にかかっている生命維持魔法、別に疲労感を拭えるわけじゃないから疲れるものは疲れるんだよな。精神的なストレスを発散する術ってのをいい加減どこかで目処を付けておかないといかん気がしてきた。別に現時点で多大な負荷が掛かっているとまでは言わないが、このまま仕事が増え続けるのはちょっとマズい。
前回試みた釣りも空振ったしなあ。魚が居ることには居たんだが、道具が悪いのか俺の腕が悪いのか結局一匹も釣れなかった。最終的にファルケラが捕まえてくれたから食えたっちゃ食えたんだけど。
「ところでハルバよ」
「ん? どした?」
解散を告げ、皆が洞窟の入り口方面へぞろぞろと歩いて行った頃合、俺の傍に残ったのはいつも通りヴァンとフィエリだった。そのうちの前者が、こてんと首を傾けながら俺へと言葉を発する。
「我は今回ほとんど何も喋っていないんだが、よかったのかな?」
「ああ、うん、全然大丈夫」
ヴァンの疑問ににべもなく返す。
これは別にヴァンに期待していないとかそういう意味ではなく、円卓会議の場で王が主導権を握るのは目的に即していないと考えているからだ。
無論、何か提案や言いたいことがあれば積極的に発言をすべきだという基本姿勢は変わらない。逆を言えば、提言がある者から順次発言をすべきであって、いたずらに会議に口を挟む必要性もまたないのである。
その点で言えば、今回のヴァンは正しく会議の成り行きを見守る最高権力者であった。議決を取ると言えども、最終決定権は竜王である彼女が持っている。そしてその全権を俺に委任している以上、彼女の静観は何も間違っちゃいない。
「ヴァンはヴァンで、どっしり構えてくれてればいいさ。必要があれば俺が振るし、何かあればその時は遠慮なく喋ってくれればいい」
「ん、分かった」
そう伝えれば、彼女は素直に頷きを返してくれる。
今後順調にことが運べば、いい意味でヴァンの出番はどんどん減っていくだろう。反比例して俺やフィエリの実務が増えていくんだが、まあそこは気合で何とかするしかない。外交面はプラヴェス卿に任せるつもりだが、今は内部を固めないと話にならんから、当面は頑張る外ないわけだ。
とりあえずは各種族から持ち込まれる物資の確認からだな。酒から動植物から果実から、きっと多種多様なアイテムが並ぶのだろう。
そう考えると保管庫というか、そういうスペースも必要になってくる。保存に関しても塩漬けなり干物にするなり考えていかなきゃならない。そういえばここって岩塩とか取れるんだろうか。海は遠いから仕方ないにしても、塩は欲しいな。
そんなことを徒然と考えながら、気付けばお気に入りスポットである大森林を覗く場所に来ていた。やはり考え事をするにはいい場所だ。先客が居るのも相変わらずだが、こいつはいつも静かで思考の邪魔にならないからいい。
「……まったく、羨ましいねこいつは」
すやすやと洞窟の端で寝転がる濡羽色のハルピュイアに一つ言葉を溢し、眼前に広がる大自然を捉えた。
叙任式から始まって円卓会議を終えるまで、何だかんだで結構な時間を取ってしまった。今や日は大きく傾き、間もなく暮れようかといった時分である。
「さてフィエリ。また忙しくなるぞ」
「はい! どんなものが持ち込まれるのか、ちょっと楽しみですね」
「あー……まあ、確かにね」
気合を入れなおすために声をかけてみたものの、返ってきた言葉は存外に楽しさを含んだものだった。
言われてみれば確かに楽しみではある。この世界で作られた酒や育てられた食物、自然に生きる動物等等を、安全かつ間近で見られるというのは心躍るイベントと勘定してもいいのかもしれない。
俺個人としても酒は飲んでみたいしエリンブナも食ってみたい。うん、ここまで頑張って来たんだ。ちょっとくらい贅沢をしてもバチは当たらないだろう。
「じゃあ、叙任式と円卓会議の成功を祝って後日ささやかなお祝いでもするか」
「えへへ、いいですね! エリンブナ、食べたいですねえ」
「うん、いいんじゃないか。我も酒、というものは少し気になるしね」
「お、ヴァンも気になる?」
他愛もない話に花を咲かせながら、大自然の営みに身を任せる。
舞台が確かに前へと進んだ実感と充実感。そして決して小さくはない、しかしどこか心地よい疲労感とともに、今日という日が過ぎて行く。
こうして俺たちは、激動の一日を終えることとなった。
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