第59話 円卓会議 3

「お伺いしたいが……宰相閣下はこの円卓会議をもって、冬の死者をゼロにしたい。そうお考えでよろしいのですかな」


 プラヴェス卿からの質問が、一度静まった議場に響く。


「その通りです。不慮の事故や戦闘、病気……そういった要因を除いて、日常生活を営む上で季節変動による死者はなくしたいと考えています」


 今更の確認にもなるが、まあその通りなのでここは肯定しておこう。

 俺の常識では冬を越す度に死者が出ることはない。それこそ事故や病気くらいで、現代日本に生きる限りそれは早々あり得ないことだ。

 俺としてはこの常識を竜王国に浸透させたい。だからこそ越冬の話をわざわざ議題に持ち上げたのだ。


「ふっ。自然の摂理に逆らうか」


 いっそ挑戦的ともいえる笑みとともに言葉を紡いだのは、ナーガの長。森に住まう種族だからして、自然というものはそれこそ身近で、かつ抗えないものなのだろう。ヴァンの居城から覗く大森林の営みを見れば、その認識にも納得するというもの。


「抗うわけではありません。ともに生きると捉えて頂ければ。酸いも甘いも無条件に受け入れるには、私は少々整い過ぎている環境で育ちましたので」


 跳躍者であることは漏らさず、俺の認識を述べる。

 国家として今後を見据える以上、ずっと野生のままではいずれ立ち行かなくなる。どこかで今以上の文明と文化を築き上げねばならない。国家は一つの集合体であるべきで、個が横のつながりを持っているだけでは国とは呼べないのだ。そしてそれは、当然ながら早い方がいい。

 理想としては、今この場で常識を塗り替える。その為の会議だ。


「はー。ハルバの旦那はまたでっかいことを考えるんっすねえ」

「何もでっかくはないさ。繁栄を見るなら当然とも言えるだろ」


 ブラチットが感嘆の声を挙げているが、まあ今まで自給自足、かつ狭い野生の社会で生きてきた者にとってはそれなりに衝撃なのだろう。


「ふん、面白い。その手腕に期待させてもらうぞ、宰相閣下殿よ」

「はは、お手柔らかに頼みますよ」


 ラナーナも驚愕こそいくらか表れていたが、その反応はどちらかと言えば好意的だ。

 この辺り、叙任式の時も思ったがある程度信用してもらえているってのは大きいな。ヴァン程の無条件でもないから誉め殺しを食らうわけでもない。丁度いい塩梅の距離感をラナーナとは築けているように思う。


「……宰相閣下の目的から言えば一つ、問題が」

「プラヴェス卿、どうぞ」


 控えめな挙手とともに声をあげたプラヴェス卿の表情は、あまり優れない。体調がというよりは、これからの発言内容に憂いと申し訳なさを多分に含むような、そんな内容を予感させる顔付きだった。


「単刀直入に申し上げるが……食料事情が恐らく厳しい」


 冬の気候を各種族からの力添えで乗り越えようというところ、更なる問題を持ち上げて再度助力を乞う、というのはやはり言いづらくはあるのだろう。

 しかしながら、そこで遠慮されても今度はこちら側が困る。問題の大小問わず、この場で協議出来る問題は全て出し切りたい。即解決に至るかどうかは置いといて、管理する側として今現在発生しているトラブルは全て把握しておかなきゃならないからな。

 その意味で言えば、プラヴェス卿にはよくぞ言ってくれたといった感じだ。痩せ我慢でもされて音もなく人間が減る方が困るのである。


「ふむ……現在の蓄えでどれ程持ちますか?」

「喫緊と言うほどではないですが……冬を終える頃には少なからず餓死者が出るでしょうな。我々には蓄えもない、切り詰めたとて限度はあります」


 うーむ、話し振りから察するに今すぐ足りないって訳じゃなさそうだが、それでも死者は免れないレベルか。

 間違っても楽観は出来ない状況ではあるものの、こと食事情に関してのみ述べれば、最悪の事態は容易に防げると考えている。


 何故ならこちらには必殺、生命維持魔法があるからだ。この魔法の影響下にある限り、食事が不要となるのは他ならぬ俺の身が証明している。ただ、ヴァンもこの魔法は魔鉱石を使っての維持がいっぱいいっぱいだと言っていた。あの開けた大地にこの魔法をかけっぱなしにするのは恐らく難しい。

 プラヴェス卿の手勢100余名を全員この洞窟内に住まわせる、というのも少し理が通らない。ここは王城であり、最高権力者であるヴァンと実質の腹心である俺やフィエリが居る場所でもある。一般的に考えて、王の住まう場所で平民が生活出来るかと問われれば答えは否だろう。


 となれば当然、現地でどうにかして解決するしかない。

 それに、仮にこの居城に全員を詰めたとしても恒久的にここで過ごしてもらうわけにもいかない。それでは国家の体が保てないからだ。どこかのタイミング、それも可及的速やかに自給自足以上の供給ラインを確保する必要がある。

 そしてこれは、今解決するに越したことはない事柄だ。俺個人としてもどこかで食糧事情は解決したいと考えていたから、何とかこの場で具体的な解決案の提示まで持っていきたい。何よりいくら腹が減らないとはいえ、キュロッツの切り干し以外をいい加減口にしたいのである。


 そしてこの問題を解決するのに一番簡単かつ確実な方法は、他種族から食料を融通してもらうことだ。だからそれを訊くのが早いんだが、その前にちょっと情報収集もしておこう。


「……そもそもの話で申し訳ないんですが、皆さんの主食って何が該当するんでしょうか」


 再びぐるりと円卓を見回し、一言。

 先だって納税の品目として挙がり、既に徴収を開始しているラプカン族のキュロッツのように、各種族で主に食している物があるはずである。まずはそこを確認し、余剰があるなら分けてもらおう。


「我らは肉食なのでな、狩りが主流だ」

「アタシらもっすねー。今までは翼竜とよく狩場が被ってたんすけど」

「儂らは芋を栽培しとる。狩りもやるがの」


 当たり前っちゃ当たり前だがほとんどの種族が肉食だった。各々の手段で狩りは行っているようだが、畜産のレベルには達していないようで、これでは余分が生まれるとは考えにくい。キュロッツの切り干しのように長期保存が可能な加工が出来ていればいいのだが。

 しかしドワーフは芋を栽培しているんだな。貴重な炭水化物でもあるし、融通してもらうか栽培の規模を拡大するかしたいところだ。


「なるほど。余剰量などは?」

「幾らかはあるが……今は冬だからな、そう余裕はない」

「同様じゃな。多少は融通出来るかもしれんが、数は知れとる」

「こっちもそんなにっす。あんま置いとくって発想自体がないっすから」

「ふむ……」


 正直期待はしていなかったから、この結論もやはりというところだ。干し肉にするくらいはナーガたちならやってそうだが、ブラチットが言う通りそもそも保存に対する意識があまりないのだろう。俺の知る異世界ってやつでも、基本人間側の文化文明が一番進んでいるものだったからな。


「ちなみに、主食となる対象はどのような生物でしょう」


 冬だから余裕はない、その言からして恐らく動物であることは間違いない。

 しかし、思えば俺は管理者の立場でありながら彼ら異種族の生態系をほとんど知らない。俺の知る動植物が生息している保証はないが、それでもどのような獲物が居て、どうやって狩っているのかは情報として押さえておきたいところだ。


 そしてもう一つ。

 ジャルバルで得た教訓をここでも活かせればと考えているが、どうだろうな。


「儂らは鹿や猪が多いな。奴らは山岳にもよう顔を出しとる」

「アタシらもたまにはそいつらも狩るっすけど、でかいのは面倒くさいんで……兎とか栗鼠とかが多いっすね」

「そうだな、鹿や猪は我らもよく狩っている。後はエリンブナか」


 とか思ってたら早速来たよ。


「すみませんラナーナさん。エリンブナ、について詳しくお願いできますか」


 すかさず話の先を促す。


 俺にかかっている自動翻訳魔法。こいつは素晴らしく出来が良い。

 日常会話は勿論のこと、俺が居た世界とこの世界で共通の概念があれば勝手にそれも似た単語に翻訳してくれる。

 例えばさっきの会話で行けば鹿や猪なんかがそうだ。実際この世界の鹿が俺の知る鹿である保証はないが、「鹿」として俺が認識しても大丈夫な生物が存在しているということである。


 一方、俺は知っているがこの世界に無い概念や単語、あるいはその逆に関しては翻訳されない。ただの音の羅列として表現される。前者で言えば地方自治や労務管理、後者で言えばジャルバルがそれに該当する。

 今回は後者のパターンだ。エリンブナ、と呼ばれた恐らくは生物。こいつは俺の認識にない。

 この世界独自のものは魔鉱石といいジャルバルといい、俺の世界では有り得ない特性と活用が成されている可能性が高いのである。俺個人の知識を深めていくという意味でも、知らない単語への理解は深めておきたいところだ。


「む。そうか、そうだったな。エリンブナというのは茸型の生物だ。ジャルバルよりも小さいが、幅はある。温厚で数が多いのでな、よく狩る獲物の一つだ」

「なるほど、茸型……」


 ラナーナは俺が跳躍者と言う事実を知っている。だからエリンブナについて知識がないことも察してくれた様子だ。

 しかし菌糸類かあ。森という立地上湿度は高いから、生育条件が整っているのだろうな。ファルケラも森に足を踏み入れた時はじめじめすると文句を垂れていたし、あの規模の森ならそこかしこで茸が群生してても不思議じゃない。


「王国でも稀に市場へ卸されておりましたな。どうやら大層美味だとか」

「エリンブナは貴重なんですか?」

「少なくとも王国内ではほとんど流通しておりません故に。領内ではそもそも見かけませんからな」

「そうですね、たまに食卓に並んでいた程度です。柔らかい鶏肉みたいな食感で美味しいですよ」

「ほー」


 ラナーナとの会話にプラヴェス卿とフィエリが注釈を入れてくれる。

 王国の領土は詳しく知らないが、アーガレスト地方の大森林を東に抜ければあとは平原が広がっているばかりだと聞いている。確かに人間が過ごすには適した気候なのだろう。しかしエリンブナのような生育の条件が限定されるものは流通していない、と。

 柔らかい鶏肉のような食感というと、椎茸みたいな感じかな。栄養価としてどうかまでは忘れたが、まあ食えるなら普通に食いたいアイテムだ。直火焼きとかしたら美味しそう。多分干せば長期保存にも向くだろう。水自体は河川が豊富に走っているから不足ない。


 ……あれ、待てよ。これワンチャンあるぞ。


「ラナーナさん。そのエリンブナですが、数は多いんですよね?」

「ああ、ジャルバルと同程度には見かける。だが幼体は食用に適さんぞ。ある程度育って脚部が発達し始めた頃が食い時だな」

「すみません、その幼体の生態をもう少し詳しくお願いできますか」

「まあ構わんが……。奴らは木の幹や根元に生息していることが多い。幼体は動かんからな。その時に食えれば楽なんだが、身が固すぎてとても食用に耐えんのだ。成体になると同時に身が柔らかくなる」

「なるほど。幼体から成体になるまでの期間はどれほどで?」

「さてな、詳しくは分からん。凡そ一か月もあれば成るとは思うが」


 なるほど、なるほど。

 俺の質問にラナーナは意図を掴めず少し疑問に思っているようだが、それでもちゃんと答えてくれるのは有難い。俺にとっちゃこれら全てが大事な情報だからな、取れる情報は取っておくに越したことはない。

 脚が生えて移動する茸などあまり想像したくはないが、食えるというならそれは食料だ。ナーガだけが食すのなら種族の差異で人間にとっては有毒な可能性もあったが、ラナーナとプラヴェス卿、フィエリと三人の証言が取れた以上、人間が食っても大丈夫な生物であるのは確定である。

 数は多いとのことだが、森林が主な生息地ということだから人間の国では容易に入手出来ないのだろう。結果、その美味も相まって貴重な品となっているということか。


 話を聞くに、エリンブナは恐らく一般的な菌糸類の生態とそう変わらない。一か月という期間はかなり短く感じるが、これはあくまで俺が居た世界での常識だ。ここではまた理が違うと言うことだろう。

 然るにエリンブナなる茸は木の幹や根と言った原木に成体が菌糸を撒き、そこから成長していると見るのが妥当ではある。そして一般的に茸の生育条件として重要なのは温度と湿度。


「温厚ということですが、攻撃性はないんですよね」

「ない。移動速度も速くはないし人間にとっても危険はないだろう。しかし幼体は群生しているが成体になると森全体を動くのでな、まとまった数を一気に狩るのは難しい。幼体をずっと見張り続けるわけにもいかないからな」


 ワンチャンスの思い付きを確固たるものにしようと俺は質問を重ねる。

 危険はなく、幼体は動かない。成体になれば移動こそするが、その速度は遅く狩りに適しているときた。

 後は最後の確認が取れれば、俺の構想はほぼ実現出来ると見て良い。


「もしかして、エリンブナってトレントやジャルバルにも根を張ったりします?」

「ジャルバルに根付いているものはあまり見かけないが……トレントに群生している幼体はよく見かける」

「分かりました。ありがとうございますラナーナさん」


 ビンゴだ。

 多少の準備は必要だろうが、これなら一か月という期間を加味したとしても、プラヴェス卿らが持ち込んだ糧食が底を突く前に何とかなる。

 場所も問題ない。ドワーフにはもう少し頑張ってもらうことになるが、この案が上手く運べば国にとっちゃ十二分にメリットが生まれる。



「そのエリンブナ、養殖しましょう」


 この提言に、面々は驚きと疑問の空気に包まれた。

 俺の中でプランはきっちりと出来上がっている。見てろよ、エリンブナの養殖を国内の一大産業に持ち上げてやるからな。

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