第58話 円卓会議 2

「魔鉱石で暖を取れる、と?」

「そうじゃ」


 ホガフの提言に、俺は思わずといった様相で言葉を返した。

 そんな便利グッズなのか、魔鉱石。とは言っても、俺はあの物体についてほとんど何も知らない。ドワーフからの納品で実際に触れたことこそあるものの、じゃあどういう原理でどういう扱い方をするべきなのかの知識がない。

 生命維持魔法や極大の炎、風を操れるというくらいの曖昧な知識、そして何となく凄いものといった認識しかないのだ。大は小を兼ねるとも言うが、果たして火炎放射器が暖房に使えるのかという疑問も同時に浮かぶ。

 さりとて、仮に魔法の素養があったとしてもその扱い方が分からない以上、俺には価値と利用用途を正しく計れない。なので。


「フィエリ、どうなの?」


 ここは竜王国きっての識者、フィエリ嬢に託すとしよう。


「……可能不可能で言えば可能です。ですが、それ相応の加工技術と道具、それに魔法の使い手が居ることが前提ですね。実際王国でも使われてはいました」

「ふむ……」


 満足のいく答えではないが、まあ可否の判定が出ただけでも良しとしよう。

 何せ俺には「それ相応」がさっぱり分からん。多分、単純な魔鉱石の量で言えばいけると思うのだが、技術と道具と魔法の使い手がどれくらいのレベルで必要なのか皆目見当が付かない。ホガフが一番楽だと言っている以上、木炭を準備したり火を熾すよりは手頃な手段だとしても、それを全種族に配備できる程に量産出来るかはまた別だ。


「人間なら出来るじゃろうな。他は知らんが」

「簡単に言いますけど、道具がないと私も無理ですよ」


 まあそれが出来るのであれば、いの一番に解決策として魔鉱石の案は挙がっていたはずだしなあ。それがフィエリの力で難しいからこそ、こういう会議の場での議題にしたわけだし。

 ただ、これを機にと言うとちょっとあれかもしれんが、俺もそろそろ魔鉱石についてある程度知っておくべきなのかもな。現在の竜王国で一番在庫過多なのが魔鉱石だから使い道を考えたいのは山々だが、肝心の俺が使い方を分かっていなければその案も出てこない。


「私自身、魔鉱石に明るくなく恥ずかしい限りではありますが……実際のところ、種族毎で魔鉱石への認識はどのようなものですか?」


 ついでだ、人間とドワーフ以外が魔鉱石のことをどこまで知っているのかもここではっきりさせておこう。


「魔力を貯蔵出来る鉱物、の認識だな。我らも使うことはない」

「そんなのもあるんっすねーって感じっす」

「たまーにちっちゃいの使うよ! 光らせたりする!」

「は、はじめて聞きました……」


 ラナーナ、ブラチット、ピニー、リラが順に発言を行う。

 どうやらフェアリー種はたまに使うようだが、それ以外の種族に関しては認識こそしているものの、といった具合だ。ラプカンに至っては認識すらしていないレベルである。知性を持った種族と言えども、全体的にあまりメジャーな扱いではないのかもしれない。


「儂らは肝心の魔力がほとんどないでな、だからこそヴィニスヴィニク殿……あいや、陛下に献上しとったんじゃが……勿体ないのう。ナーガの連中なんか結構魔力は豊富じゃろ?」


 そんな各種族の反応を見て、ホガフが口惜しそうに呟く。

 うーん、その魔力というものの多寡について俺にはサッパリ分からないから何とも言えない。少なくとも俺にそれが無いのは確定だろうが、他が不明だ。フィエリは生活魔法を使っていたし魔力自体は持っているとしても、その総量が多いのか少ないのかも分からない。


「ちなみに、皆さんの魔力というものはどれ程で?」


 だから、聞くしかないわけだ。まあ円卓会議と銘は打ったがその実、こういう相互理解も目的の一つではあるからな、積極的に疑問は解消していく所存である。


「多分、我が一番多いと思うぞ」


 それは知ってる。


「定量化出来るものでもあるまい。種族としての平均値、というなら我らはまだ持ち得ている方だろうな」

「アタシらも量はよく分かんないっすけど、まあ魔法自体は使うんでそれなりじゃないっすか。使い過ぎると、『あっ魔力切れた』って分かるんすけど」

「私たちはね、ちょっとだけ! でも増えるのも早いの!」

「ラナーナさんの言う通り、定量化出来るものでもないですね。人間だけで見てもかなり大小の差が激しいですから」

「なるほど……」


 なるほどとは言ったが、正直感覚としてはさっぱりだ。

 かろうじて分かったのはブラチットの使い切ったら感覚として理解出来る点と、ピニーたち森妖精は魔力の貯蔵量こそ小さいが回復も早いというくらいである。

 人間で言うところのスタミナとか肺活量とか、そういう感じだろうか。想像で補うしかないのでそれが正解かどうかも分からないんだけど。


 ただし、それに対して理解は出来なかったとしても。

 この会話から導き出される推論はある。


「ホガフさんは先程言いましたね。ドワーフ族は魔力をほとんど持っていないと」

「そうじゃな。多分生まれつきというか、種族としてそうなんじゃろ」

「んでフィエリ、魔鉱石を扱うにはそれ相応に魔法を扱える人が居ないといけない。そうだな?」

「えっと、そうです。……あっ」


 おっと、どうやらフィエリも気付いたらしい。

 フィエリの理屈で行けば、ホガフたちドワーフが魔鉱石を扱える理由がない。魔力がほとんどない種族に魔鉱石を扱うことが出来るはずがないのだ。

 なので、多分だがフィエリ側……人間の認識に恐らく間違いがある。そうじゃなければ魔力に乏しいドワーフが魔鉱石を扱えている事実に説明が付かない。


「……ホガフさん。魔鉱石の扱い方、いや……性質について、今この場でご説明頂くことは可能ですか」


 魔鉱石の加工を専門に扱っていたフィエリですらこの認識だ。この場に居る者の中で魔鉱石に一番詳しいのは、間違いなくドワーフ族である。

 そして俺たちは国の特産物足り得る魔鉱石について、余りにも知識がない。貯めるにしろ使うにしろ配るにしろ、その特質と扱い方を正しく分かっておかなければ正に宝の持ち腐れだ。


「まあ構わんが……ちょいと長くなるぞ」

「構いません。お願いします」


 言葉を交えつつ周囲の顔を確認するが、少なくとも否定的に捉えている種族は居なさそうだ。フィエリやプラヴェス卿、ラナーナなんかは興味の色が表情に出ているし、認識の薄いブラチットやリラたちも我関せず、という程ではないらしい。

 多少時間がかかろうが、ここはヴァンの生命維持魔法の範囲内だ、問題はない。会議の場が講義の場になりつつあるが、それもまた一興というものだろう。


「うぉっほん。まずはそうじゃな……魔鉱石には儂らの知る限りでは三つの性質がある。魔力を貯蔵する性質、魔力を放出する性質、そんでもって魔力を変換する性質、この三つじゃな」


 場の整いを確認したホガフは一つ咳払いを入れると、一つ一つ指を折りながら三つの性質について説明する。


「貯蔵できる魔力の総量や、一度に放出出来る魔力量は魔鉱石の大きさがそのまま作用しとる。まあ、ただ大きいだけでも純度が低いと碌に使えんがの。変換については加工の方向性次第じゃな。ここは人間の方が詳しかろう」

「ええ、まあ」


 言いながらホガフはフィエリへと目線を配る。

 確かフィエリの家は元々魔鉱石を加工して装飾品や魔道具に仕上げるのが得意だったはずだ。となると魔鉱石の加工については一家言あるはずで、そうなると自然、魔力の変換についての知識は持ち合わせていることになる。


「すみません。出来れば変換の部分をもう少し詳しく」


 魔力の貯蔵と放出に関しては、なんとなく理解出来る。まあ言ってしまえば電池みたいなもんだろう。で、重要なのは魔鉱石の体積ってことだな。

 ただ、変換だけはいまいちピンとこない。電池は電力を貯めることも出来るし電力を放出しているが、電気以外を出せるわけではないのだ。


「なんじゃ、宰相閣下殿は本当に知らんのじゃな」

「浅学なもので、申し訳ないです」


 ホガフには俺が跳躍者だということは話していない。それを知っているのはヴァン、フィエリ、ラナーナ、あとついでにファルケラだけだ。

 今のところはこの秘密の輪を広げる理由も必要性もないために、皆にはただの人間であると通している。別に不便もないし、何か特別な能力を持ち合わせているわけでもないからな。


「魔力っちゅうのはそのままだと空気と同じようなもんでな、周囲にほとんど影響がない。滅茶苦茶な濃度で圧縮すれば話も違ってはこようが……基本的には魔力そのものを何らかの力に変換して行使する。魔法がまさにそれじゃな」


 ホガフの説明を耳に入れながら、脳内で話を組み立てていく。


 聞いた限りだと、そのまんま電池って感じがするなあ。

 魔力を電力に置き換えるとしっくりくる。高圧電流は確かに危険だが、微弱な電気自体は日常生活でそこら中に溢れているものだ。それらを発電、あるいは蓄電して何か別の機械なり何なりを動かす。魔力を魔法に変換するロジックは謎のままだが、凡そこの認識で間違いはないように思えた。


 で、プラヴェス卿らが大森林に攻めてきた時にヴァンが行使した技。あれがいわゆる圧縮魔力ってやつなんだろう。ヴァン自身も魔力をぶつけただけだと言っていたし、広範囲に電気ショックをばら撒いたようなもんか。ホント凶悪だな。


「加工によって魔法と同様、魔力の変換に方向性を持たせたりするわけじゃな。儂らも全部の仕組みを網羅しとるわけじゃないが、概ねこんなもんじゃ」

「ふむ……」


 何となくではあるが魔鉱石の性質が読めてきたぞ。

 単純な話、魔力を暖気に変換する加工を仕込めば暖房器具に早変わりだ。そういうものがあるのかは分からんが、仕組みの理解としてはそういうことなんだろう。


「つまり、出来るだけ大きく純度の高い魔鉱石に、魔力を暖気に変換する加工を施せば使えるようになる……そういうことですね」

「いや、違うぞ」

「えっ」


 えっ違うの。ちょっとドヤったのに。おじさん恥ずかしい。


「宰相閣下の案でも出来んことはないが、デカくて純度も高い魔鉱石など早々採掘出来るもんでもない。それにそんな加工の技術を儂らは持っとらん」


 何だと。じゃあ一体どうするというのだろう。

 俺には魔鉱石の質なんて分からないが、ホガフの言う通りなら高純度の魔鉱石は中々手に入らないことになる。サイズだって納められている現物を見る限り、こぶし大から精々がボーリング玉くらいの大きさだ。

 大きさも足りず、純度も足りない。更には魔力を暖気に変換する方法でもないときた。では一体どのようにして冬を凌ぐのか。


「加工自体は魔力を炎に換える、単純なもんじゃ。初歩と言ってもいい」


 初歩と言われてもなあ。俺にはその基準が分からない。これを機に魔鉱石についての知見も得たいとは思っているが、今のところ完全に蚊帳の外だぞ。まとめ役を買って出ちゃいるものの、何ともいたたまれない気持ちになる。


「……えっと、フィエリ。魔鉱石の加工の初歩ってどんなもん?」


 なので、今俺に出来ることは知ってそうな人に話を振るくらいであった。


「えーっと……炎や風を生み出すような、魔力を媒体に自然現象に近いことを起こすのが基本的な加工に当たりますね。その精度をどこまで高められるかが、そのまま加工技術の精度に繋がります」


 となると、基本的には魔力をそういう方向に変換させるのが一般的な加工と見ていいのだろう。

 しかしもしそうであれば、ヴァンがこの洞窟中に巡らせている生命維持魔法に対しての説明が付かない。あれは炎や風と言った自然現象ではなく、明らかに人体そのものに直接影響を与えている。間違いなく人間のみならず、ドワーフですらも辿り着けていない境地だ。


「勿論、一口に加工と言っても魔鉱石の大きさ、純度によって手順や工程は変わってきます。厳密に言えばまったく同じ大きさ、同じ純度でないと同一の加工をしても効果を十全に発揮出来ません。先程ホガフさんが仰っていた発火についても、魔力を炎に変換するまでの過程をどこまで正確に、無駄なく刻めるかがかなり大きな焦点になりますね。魔鉱石の持つ魔力を無条件に全て変換出来るわけじゃないですから、そこで加工師の腕が問われるわけです。加工の腕は勿論のこと、魔鉱石の品質を正確に見極めるための眼も必要です。私も最初は――」


「待って。フィエリ、ストップ。一旦止まろう」


 まーたフィエリが早口オタクみたいになってしまったぞ。

 どんどん熱を帯びてトークが加速していく銀髪の少女。そのまま喋らせていては自分語りにまで突入してしまいそうだったので申し訳ないが一旦ストップだ。このままだと話の本質がずれる。


 しかし、フィエリのおかげで加工については少し分かった。

 要は電子回路の埋め込みみたいなもんだな。んで、それには相応の技術や知見が要る、と。そうなると、魔鉱石の加工ってのは単純なカットというよりはもっと複雑な、それこそ専門職としての積み重ねが重要なのだろう。精錬とはまたイメージが違うだろうが、何にせよ職人技みたいな感じだな。


「話を戻しましょう。つまり、魔力を炎に変換することで薪の代わりにする、みたいな感じでしょうか」

「いや、実際に発火はせんようにする」


 うん? うーん? どういうことだ?


「さっき話に出とったがの。魔力を炎に変換する過程で加工を止めるんじゃ」

「……あー、なるほど」


 漸くしっくりきた。

 これ、物理の話だ。


 発火に至るまでには幾つかのプロセスがある。燃やす対象によって多少異なるが、個体の場合なら基本的には摩擦熱から発熱に至り、発火点に到達すると自然発火する。液体や気体の場合は引火点や燃焼点も出てくるが、まあ今回は関係ないだろう。魔力が気体と同じ扱いならそこも大事だが。


 で、魔力を炎に換えるには、魔力という媒体を発火点まで持ち上げる必要がある。それを加工で補うわけだが、要は発火点まで到達させなければいいわけだ。そうすれば魔鉱石は火を熾さず発熱の段階で止まり、便利な暖石になるって寸法だな。

 この世界で物理や科学といった類のものがどこまで発展しているかは疑問でもある。ただ、そういう名前が付いていないだけで研究自体はされているのだろうな。魔力というファクターが入っている分、俺の知る物理とはまた違うだろうが、この世界でもそういう法則はやはりあるらしい。


「フィエリにはそういう加工って出来る?」


 これは是非竜王国に死蔵されている魔鉱石を使って全体に普及させたいところだが、またしてもドワーフに負荷をかけることになってしまう。ドワーフ以外で魔鉱石の加工に関する知見があるのはフィエリだけなので、彼女にも手伝ってもらいたいところだ。


「ええまあ、それくらいなら基本的な道具があれば出来ますよ。単純な加工なのでそこまで時間もかかりませんし」

「分かった。ホガフさん、魔鉱石の加工道具を一人分融通して頂くことは」

「それくらいなら構わんぞ。後で用意しといてやる」

「助かります。魔鉱石は国の備蓄を使う予定ですが、フィエリと協力して量産体制を取ることは出来ますか」

「宰相閣下殿は人遣いが荒いの。何人か寄越せばいいか?」

「ありがとうございます」


 よし、これで越冬に関する問題は片付きそうだ。魔鉱石の準備が整うまでは薪で凌いでもらって、準備が出来次第配布していこう。

 後で魔鉱石の性能と必要数の試算もしなきゃいけないな。どれくらいの数を用意すれば今の竜王国民を冬から守れるのか、正確に、とまでは言わずともある程度は把握しておかなきゃならない。そのための人別改帳でもあるからな。


 魔鉱石で暖を取れるようになれば、ジャルバルの消費が抑えられる。つまり木炭の生産に目処が付くということで、そうなれば燃料の確保にも目を移すことが出来る。まだまだ先の話だが、国として輸出や外交も視野に入れたいからな、魔鉱石は戦略物資足り得るので一旦はナシとしても、いくつか国の特産品も整えたいところだ。


「輸送に関してはハルピュイアにお願いしたいけど、ブラチットもそれでいいか?」

「ん、いっすよー。アタシらも気になるんでちょっと欲しいっすけど」

「それは勿論。国の福利厚生として全種族に配備する予定だ」

「フクリコウセイ? はよく分かんないっすけど、貰えるならありがたいっすね」


 さて、後協議すべき問題は――


「すまぬ。一つ、いいだろうか」


 俺やホガフ、フィエリとの会話の行く末を静かに見守っていた円卓会議の参加者一同。話に一区切り付くや否や、その中の一人、男爵位を授与された初老の男性が、その面持ちを神妙なものに変えて新たな問題提起を行おうとしていた。


「勿論構いません。聞きましょう」


 異種族が一堂に会する円卓の調は、まだ続く。

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