第57話 円卓会議 1

「それでは皆さんこちらへ」


 集まった皆をヴァンとの謁見に使った間から隣のスペースへと誘導する。やはり扉だとか部屋だとかの仕切りがないのはこういう時非常に不便だ。恰好が付かなさ過ぎる。マジで改築を考えた方がいいなこれは。


「なんだ、まだ何かあるのか」

「ええ、むしろこれからが本題ですよラナーナ卿」


 俺の誘導にラナーナが応じる。これから国内ではともかくとして、外部と接する時は呼び方にも気を付けなきゃいけないからな。折角の爵位だ、異種族の皆に慣れてもらうという意味も含めて積極的に使っていきたい。


 叙任式を終えて一段落、となればどんなに楽だったか。

 俺も流石に緊張したしちょっと休みたい気持ちは持ちつつも、生憎ながらまだまだやらなきゃいけないことは山積みなのである。

 ラナーナに伝えた通り、俺の考えとしては叙任式は謂わばついで。確かに重要な儀式であることに違いはないが、どちらかと言えば形式的な色合いが強い。正しく国の運営に関わるイベントに今から歩を進めようとしているところだ。いやイベントって言い方もどうかと思うけど。


「まったく、今日は忙しないね」

「そういう日もあるさ、国王なんだから」


 ヴァンも叙任式を終えてからは本来の姿から少女の姿へと変わっている。竜王陛下としての仕事は一先ず終わり。ここからは国王としてもそうだが、それ以上にただの一個人として対応してもらうことになるからな。


 皆を引き連れて洞窟内を移動することしばらく。

 ただの通路と呼ぶにはあまりにも広い空間を横切り着いた先。以前にヴァンがリシュテン王国から攫ってきた人間を置いていた行き止まりへと辿り着く。

 当時との違いはただ一つ。石を切り出して作られた無骨かつ粗雑なテーブルと椅子が拵えてあることだった。


「なんじゃ、急ぎで作らされたと思ったらこんなとこにあったんか」


 その様子を見てホガフの呟きが漏れる。

 彼らドワーフには道の舗装、魔鉱石の採取に加えてプラヴェス卿らの家屋の建築やこういった日曜大工まで、本当に幅広く動いてもらっている。現在竜王国の傘下に居る種族の中でもぶっちぎりで負荷が掛かっている現状だ。申し訳なく思っているし何かしら報いたいのは山々なんだが、彼らの適性が滅茶苦茶に便利なものだからつい頼ってしまう。

 まあ道の舗装に関しては陸路を使う種族が少ないのと、現在各拠点を超えた交流の必要性があまり高くないため後回しにはしているんだが。


「皆さん、お好きな席へ。上下はありませんのでお気遣いなく」


 各々に着座を促し、俺も適当な椅子に腰を掛ける。

 不格好ながらこのテーブルは丸型に作られており、上座下座が存在しない。誰がどの席に着こうとも立場は同じ。

 つまりこれは、円卓だ。


 ヴァンを頂点とした絶対君主制、その直下に入る執政組織。それをどうするかというのは結構悩んだ。

 筆頭で言えば宰相である俺、次点で筆頭政務官の地位を賜ったフィエリになるのだが、当然ながら今後全ての事柄をこの二人で回すのは不可能だ。そして両者とも人間であるが故に、他種族への理解度も低い。

 そうなると自然、他の者も呼んで会議を行う必要性が出てくるわけだが、階級社会ってのはこれがまた面倒くさい。社内ミーティングなんかでもそうなるように、やれ誰が上だの下だのと、議題の本質から離れた部分にばかり注力する。

 更には明確な上下関係がある中だと意見を通しにくくなるってのも問題だ。如何に無礼講、あるいは遠慮をするなと言われても一般の社員が役員に意見出来ることはそうない。まあこれは日本社会独特かもしれないが。

 確かに形式上の上下関係、指揮命令系統というものは大事ではある。しかしそれは持ち出すべき時に持ち出されて初めて正しい効力を発揮するものであって、平時から縛られていてはパフォーマンスが落ちるってのが俺の考え方だ。


 だからこその円卓。爵位や職位に関係なく、皆が忌憚ない意見を出し合う場所。

 折角実権を握る立場になったんだ、実務における無理や無駄は積極的に排除してやる所存である。目指すはホワイト国家ってな。当たり前のように俺の左右をヴァンとフィエリが陣取っているのはこの際気にしないことにした。


「早速ですが、第一回円卓会議を行います。進行は私、春場が担当します」


 全員が席に着いたタイミングを見計らい、一声。

 今集まってもらっている者たちには叙任式のことは伝えてはいたものの、この円卓会議について詳しく話していない。叙任式の後にも用事がある、程度の言伝に留めている。事前に伝えたからとて何かが変わるものでもないしな。

 それに、世の中にはぶっつけ本番の方が良いこともある。今回は議題に対する解決も勿論そうだが、互いに交わりの無かった異種族間での意見交換も同時に重視しているからだ。


 ハルピュイアやドワーフ等、竜王国の下で他種族と親交を深めている種族もあるにはある。だがそれはどちらかと言えば個人単位のもので、種族単位での友好ではない。無理に仲良くする必要まではないが、同じ国民として最低限の相互理解は重要だ。そして国民全員の自由意志もある程度担保されなければならない。

 それに、通常の場ではどうしても種族毎の立ち位置というか、有り体に言ってしまえば種の強さで序列が付きやすい。その理屈で言えば多分ナーガがトップに立ってしまう。力が及ばない者はやはり意見しにくい空気になるだろう。そういう事態も避けたかったが故の円卓である。


 代表者同士がまず同列で話し合い、そこで決まった話を各種族に下ろしてもらう。言ってしまえば、種族単位の小さな地方自治の始まりを狙ってのことでもあった。


「先程もお伝えしましたが、今この場において立場、役位の上下は一切関係ありません。それは宰相の地位を賜った私も、国王でさえもです。各々が思う通りの自由な発言をお願いします」

「それは構わんが、何の話をするつもりだ」


 俺の再度の説明に、ラナーナが先を急く。

 この人割とせっかちというか、結論を急ぎたがるイメージがあるんだよな。別にそれは悪いことじゃないし、俺も長引かせるつもりはないからいいんだけど。ヴァンがかなりのんびりなタイプだから印象的だ。


「議題は越冬について、です。プラヴェス卿からの聴取でこれは全体で共有すべき問題と捉えました。伺いたいのですが、各種族、冬を越す上で脱落者……死者は出てますか?」


 言いながら、俺は円卓をぐるりと見渡す。

 プラヴェス卿から齎された冬による死者。これが人間固有の問題なのか、この世界の常識なのかは最初にはっきりさせておかないといけない。叙任式を優先したため後回しになってしまっていたが、本来話をしたかった部分はこれだ。


「……ゼロ、とは言えんな。戦士階級の者が死ぬこともある。冬に限った話ではないが」


 まずはラナーナが。


「アタシら基本的には大丈夫っすけど、老体や子供はちょいちょいやられるっすね」


 次にブラチットが。


「あぅ……えっと、私たちは……たまに、身体の弱い子とかが……」

「私たちだいじょうぶ! 寒くないもん!」

「儂らも問題ないな。寒いもんは寒いがの」


 そしてリラ、ピニー、ホガフが続いた。


 まとめるに、越冬に問題がない種族はドワーフとフェアリー、ハルピュイアか。意外なことに半分くらいの種族は大丈夫そうだった。他は程度の差はあれど死者をゼロで迎えるというのは難しい問題らしい。

 となると、プラヴェス卿たちだけをフォローして終わりの問題ではなさそうだな。何とか解決策を見出したいところだが、その前に訊いておこう。


「ちなみに、それぞれどうやって冬を過ごしてますか?」


 何も無策で野垂れ死んでいるわけでもあるまい。どの種族にしても、種族なりに考えて対策を練っているはずだ。それが共有出来るものであれば共有し、俺の知識で何とかなりそうなら現代知識で補強していく。


「我らは主に酒だな。あれを飲むと身体が温まる」

「酒、ですか」

「ああ、蜂蜜酒や果実酒だ」


 ラナーナの言葉に思わず反応が出る。

 蜂蜜酒っていうとミードかあ。なるほど森の中ならこの世界でも蜂くらい居るだろう。しかしそれを常用しているとなると、ナーガのところでは養蜂の技術が確立されていたりするのだろうか。酒じゃなくても蜂蜜ってだけで利用価値はそれなりにあるからな。今の竜王国は素寒貧に近い、物資として勘定できるものは何でも把握しておかなきゃならん。

 加えて果実酒となるとワインが思い浮かぶが、この時代だとどうやってんだろう。ぶどうの足踏みならぬナーガの尾踏みでもしてんのかな。ラナーナがその雄大な尻尾をぶどうの塊に叩き付けている様はちょっと見てみたい。


 しかし酒があるとは意外だったな、蒸留酒はともかくとして醸造酒ならこの世界にもあるということか。

 どうしよう、あると分かったらちょっと飲みたくなってきた。


「ふん、何なら上納してやろうか?」

「……有力候補として捉えておきます」


 まるで考えを見抜かれたかのような発言に一瞬胸が跳ねる。いやそんなお酒が飲みたい顔にはなってなかったはずだけど。

 でも飲んでみたいな、ミード。元居た世界では大体安酒で満足していたからそんな上等な舌は持っちゃいないが、アルコールは好きな方だ。弱いけどね。しかしやっぱりコンビニって凄かったんだな、130円で第三のビールが買えるんだから。


「なんじゃ、その酒っちゅうのは美味いんか」

「あれ? ホガフさんはご存じでない?」

「知らんな。酒ってもんを飲んだことがない」


 マジかよ。ドワーフって言ったら普通酒好きの種族じゃん。酒を知らないとは何たるカルチャーショック。いや俺のカルチャーは創作物から得たもんだけど。


「アタシらは別に。どっちかって言うと暑い方がきついっす」

「私たちもー!」


 ハルピュイアとフェアリーは特に対策らしい対策もせず過ごしているようだ。まあ冬に強い種族であれば別段何かが必要なわけでもないだろうしな。

 俺の知ってる常識だと鳥って暑さにも寒さにも弱いはずなんだが、どうもこの世界では違うらしい。いやまあ、ハルピュイアって種族とただの鳥を一緒にするのもどうかと思うが。


「私たちは……えっと……家の中に皆で集まったり……です」

「暖を取ったりなどは?」

「えぅ……えと……特にない、です……木はすぐ燃えちゃうし危ないので……」

「なるほど」


 プラヴェス卿のところと同じくらいラプカンも割と危ない状況のようだ。今も種が存続していることからそうパタパタ死んでいくわけでもなさそうだが、かと言って無策のままでは繁栄には程遠い。

 皆で集まるというのは単純に密着して熱を貯めるだけの行為だろう。この世界、そしてラプカンの文明レベルから見るに暖房器具などは流石に望むべくもないが、それ以外で寒さを凌げるアイテムとなれば――。


「プラヴェス卿、ジャルバルの進捗はどうですか」

「うむ。ハルバ殿……失礼、宰相閣下の指示通りに養殖した個体が通常よりも太く成長している。あのまま育てば建築資材としての利用にも耐えうるでしょうな」

「……それは重畳。ちなみに炭竃の方はどうです?」

「ああ、そりゃもう出来上がっとるぞ。あとは塞ぐ蓋があれば完成じゃ」

「では、そこはジャルバルを狩ったもので拵えましょう」


 よし、俺の案は今のところ上手く行っているようだ。ジャルバルの本質が樹木である以上、土壌を整えるのがやはり一番効果的みたいだな。出来上がり次第、ラプカン領にも配備出来るようになれば多少は状況も改善するだろう。

 勿論、ただ薪を譲り渡すだけでは効果は薄い。それでも裸で抱き合うよりは遥かにマシだろうが、より安全かつ長期的に扱えるものとなるとやはり木炭が手頃ではある。炭竃も完成間近のようだし、木炭の供給は安定させたいところだ。

 しかしそうなると、絶対的な数が足りなくなる可能性が出てくる。養殖ジャルバルのサイズにもよるが、これは養殖規模を少し大きくした方がいいかもしれん。


 というか宰相閣下という呼ばれ方、当たり前だが違和感が物凄い。いや慣れていかんとダメなんだけどさ。これはちょっと慣れるまで時間がかかりそうだ。


「……人間はジャルバルを飼っているのか?」


 俺とプラヴェス卿、そしてホガフとの会話を聞いていたラナーナが幾らかの驚愕を露わにして言の葉を発する。


「ああ、奴らは根を抑えると動けなくなるようで。討伐するとよい燃料になるんです」

「ほう……初耳だな」


 その声に興味の色を乗せてナーガの長が反応する。

 確かに俺もプラヴェス卿から聞くまでは、あんなもん育ててどうするんだと思っていたが、養殖方法、そして利用用途を聞けば納得出来るというもの。ナーガたちの場合は薪としての利用というよりは単純に外敵扱いだろうから、動きを止められる手段ってのは何にせよ有益な情報だろう。


「我々はジャルバルと生息圏が完全に被っているのでな、邪魔にはなっている。今までは駆除するだけだったが、使い道があるのなら引き渡してもいい」

「おお、それは助かります。我らとしても薪が不足しておりましてな」

「邪魔なごみをくれてやるだけだ。これ以上森を傷つけられずに済むしな」

「ははは、そこを突かれると弱いですな」

「ふん」


 あっぶねえな、今ちょっとヒヤッとしたぞ。

 遠回しな嫌味だったのかもしれないが、プラヴェス卿にそれを気にする素振りはない。内心どう思っているかまでは分からんが、これは腹芸も相当出来るタイプと見たね。フィエリや俺には難しい分野だ。

 やはり当初の予定通り、彼には外交の要職に就いてもらうのが安定かもしれない。今後どのような流れになろうとも、隣国である王国や共和国を無視し続けるわけにはいかなくなる。貴族社会で揉まれた手腕をうちの国で発揮してもらうとしよう。


「しかし宰相閣下。一点心配事がありましてな」

「……どうされました?」


 一転、プラヴェス卿は様子を変える。

 いかん、その呼ばれ方をされると反応が遅れる。早く慣れないと。


「ジャルバルがこれ以上に大きくなるとすれば、重石の確保にちと手間取りそうでしてな……万一暴れられると厄介だ」

「ふむ……」


 それは確かに問題だな。

 ジャルバルの根を封じると一言で表してはいるが、実際のところ細身で体長も一メートル弱である相手だからこそ何とかなっているだけである。相手が大きくなるにつれ、当然ながら重石も大きく重くしていかなければならない。人間の力では運搬にも限界があるだろう。


「なら、我々からトレントを出してやろうか」


 ここでラナーナからの思わぬ援護射撃が飛ぶ。

 ナーガ便利すぎ問題。森の恵みって最強だな。


「トレント……大型の樹木生物ですな」

「万一の監視や抑止力にも使えるだろう。人語を解すことは出来んがね」

「むう……有り難いが、連携が取れぬとなると……」

「はいはーい! 私トレントとお話出来るよ!」

「おお、それは我らと共に居てくれているプルー殿でも出来ることかな?」

「もちろん!」

「死体は森の端に置いてやる、回収は好きにしろ」

「畏まった。となると、対応して人員を回さねばな……」

「あ、運ぶならアタシらやるっすよ。ジャルバルはまだ軽いんで」

「ブラチット殿……何から何まで有難い限りだ、痛み入る」

「まあその代わり、実はちょこっと貰っちゃうかもっすけど」

「構わない。人間の口には合わないのでな」

「えぇー、結構シブくて美味しいじゃないっすかー」

「そう言えばラナーナさん。果実酒も造っているとのことですが、ジャルバルの実で試したことはあるので?」

「む……それは盲点だったな。試す価値はあるかもしれん」

「ははは、それは出来上がったら是非我々もご相伴に与りたいものですな」

「ふん、不味ければくれてやるぞ」


 ラナーナ、プラヴェス卿の会話にピニーやブラチットが割って入り、議論に新たな実が成っていく。その様相は正しく俺の思い描いた円卓会議そのもので、誰もが自由に思いを語り、意見を出し合っていた。


 そうだよ、これだよ。これが正しい会議というものなんだ。

 やっぱり考える脳みそが増えるってのはそれだけで正義だ、回転効率が違う。それに種族毎で強みも特色も全く異なるから、それらが噛み合えばどんどん新しいアイデアや連携が生まれていく。

 船頭多くして、という言葉こそあるが、そこは俺が締めどころさえ間違わなければ問題ない。


「……ちょいといいか。ちと聞いてて思ったんじゃがな」

「ホガフさん、どうしました?」


 議論が熱を帯び、それぞれの特色が活かされ状況が整理されていく中、ドワーフのホガフが声を上げる。その声色は緊迫したものとは言い難く、どちらかと言えばのんびりとした、そして純粋な疑問を持ち上げるもののように思えた。


「お主ら、魔鉱石は使っとらんのか? あれが一番楽じゃろ」

「えっ」


 えっあれ暖房に使えるんですか。

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